第2話 娘に強要される

 家では、フードを深くかぶり、手袋をして体全体を隠して暮らしている。

 だけど、この姿でいつも通りの生活をするのは正直大変だ。結衣がいない間は、動きにくい大きめの服を脱ぎ、全裸でいることも多い。全身が毛で覆われているので、恥ずかしいと言う感情が湧かない。


 いちばん大変なのはお風呂だ。毛が濡れると乾かすのが一苦労で、そんな生活を一週間ほど続けている。食事中もフードが脱げないよううつむいているせいか、さすがに結衣から不審がられ始めていた。


 そんなある日、結衣がいつものように自室へ戻ったと思っていた僕は、ソファでくつろいでいた。

 だが、突然階段を下りてくる足音が聞こえ、慌てて振り向くと、そこには結衣が立っていた。食事や入浴時以外は部屋から出てこないはずなのに――僕は思わず固まった。


「……ねえ、なんで手袋とかフードをかぶって、肌を出さないようにしてるの?」

「あ、いや、これは……」


 顔を覗き込もうとする結衣から逃げるように、フードを深く引っ張る。


「なんで顔を隠すの!」

「……まあ」


 言えない事情があるとはいえ、口をつぐむしかない。


「パパ、最近マジで挙動おかしいんだけど。何隠してんの? はっきり言ってよ!」


 苛立ちと疑念を混ぜた声で詰め寄る結衣。言い訳をしようとするたびに、距離を詰めてくる。


「あ、そうだ。お風呂入らないと」

「は? 今、話の途中なんだけど!」


 立ち上がって離れようとした瞬間、フードを掴まれ、隠していた顔が露わになった。


「猫耳……?」

「あ……」


 隠し通せないとは思っていたが、まさかこんなに早くバレるとは。数秒間沈黙。互いに視線を逸らすが、結衣の目だけは鋭く僕を射抜いていた。


「ねえ、これ、どーゆーこと?」

「こ、これは……つけ耳……だニャン?」

「は?もう隠すこととか無理だから。で、本当は?」


 誤魔化そうと、猫っぽい語尾までつけてみたが、もう通用しそうにない。

 意を決して正座し、どうしてこんなことになったのか、そしてなぜ隠していたのか――そのすべてを結衣に話した。そして、隠していたことを、素直に謝った。


「——ってことで、ごめんなさい……」

「へえ、それで私に隠してたわけ」

「う、うん」


 どうやら、軽蔑とかのように嫌われている感じではないようすだ。


「ふーん。じゃあ、転職は絶望ってわけね」

「ま、まあ、そんな感じ……です」

「じゃあ、これからどうすんの? まさか私にバイトでもさせるき?」


鋭い目線が突き刺さる。


「う……でも、まだ貯金は……」

「貯金とか言ってるけど、何年も持つわけないでしょ。現実的に……」


真っ当すぎて、何も言い返せない。


「で? これからどうすんの?」

「この1週間ずっと悩んでたんだけど……全く解決策が見つからなくて……」


情けなさにうつむく僕。


「じゃ、私と配信しよ」

「え?」

「実はさ、こっそり配信してるんだ」

「そうなの?」


 確かに、家に遅く帰ってくる時や、部屋で独り言を言っている時があった。あれが配信だったのか。彼氏とかじゃなくてよかった、と内心ホッとした。


「でも、配信とか稼げないし、こんな見た目の僕が出ても……需要ないんじゃない?」

「は? あるに決まってんじゃん。それに私のチャンネル、登録者1万人超えてるし収益化もしてるから。はい、これで就職決定だね。じゃあ、明日から配信デビューね」


 こうして、娘の結衣に配信を強要される形で、僕は明日から配信者デビューすることになった。


 同時に、こうして配信に誘ってくれるくらいには、結衣の反抗期も少しは和らいだ……のかもしれないと、僕は嬉しくなった。

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