第二章 4人目の救世主

[第二十三話]そうだ、帝都に住もう!

 闘技大会を無事に……とは言えないけど終わらせた私たちは、お城での打ち上げパーティを終えて日が沈む前にペリドットさんの宿に戻ってきていた。ペリドットさんも試合を見ててくれたみたいで、戻ってすぐに「すごい戦いぶりでしたね」と褒めてくれた。


 打ち上げパーティの間に雫ちゃんが「宿を出たら帝都に家でも買いましょ。どうせ有り余るお金だもの、活動拠点を作るのに使ったらいいのよ」と提案してくれたからペリドットさんにもそう伝える。


「寂しくなりますね……もう少しスイートルーム貸し切りのままでもいいんですよ?」


「有り余るほどの賞金があるとはいえ、流石にずっと貸し切りじゃ営業妨害でしょ」


 雫ちゃんがきっぱり断って、結局明日の朝チェックアウトするというので話がまとまった。流石にスイートルームは豪華過ぎて落ち着かないしね。


「それで、身分証ってどこで作れるんですか?」


 ペリドットさんに雫ちゃんが訊ねる。そういえば、私たちにはこの世界で使える身分証なんてないし、身分証が無かったら家みたいな高い買い物出来ないじゃん! 近所のカラオケとかじゃないから流石に生徒証も役に立たないし。


「一番手軽で早いのは冒険者として登録することでしょうか……役所で国籍を取得するのは遅かれ早かれしておいた方がいいですが、その手続きを簡略化する意味でも冒険者登録を先に済ませておいた方が効率がいいですので」


「冒険者登録をすると身分証が貰えるんですか?」


「冒険者カードという物が身分証代わりになるんです。冒険者協会は国際機関ですからアーズランド以外の国でも一部を除いて身分証として使えますし」


 凄く便利! じゃあ冒険者として登録さえしてしまえば他の国に行っても身分証がちゃんと機能するんだ! 私達の世界でも1枚あればどこでも使える身分証のカードとかあれば良いのに!


「じゃあ明日は朝から冒険者協会に行きましょうか。地図にもちゃんと場所が書いてあるわ」


「冒険者カードを貰ってそのまま家を買いに行くんだね! うーん、どんな家が良いかなぁ?」


 住みたい家を想像してみる。広いバルコニーと芝生の庭があったら最高かも! お風呂が大きいともっと良い! 寝室は別に1部屋で良いかな。


 そんな話をして、私たちはペリドットさんの宿で最後の1泊を過ごす。スイートルームがあんまり落ち着かないのは本当だけど、いざ出ていくって思ったら名残り惜しい気もしてくるんだよね。


「雫ちゃん、夕飯もお願いね!」


「――もう、仕方ないわね」


 ギプスに覆われた右手を見せて食べさせてもらう約束をしておく。髪を洗ったりするのも後でお願いしておこう!



 * * *



 翌朝、目覚めた瞬間に雫ちゃんの顔を見て昨夜のお風呂を思い出した。私が抵抗出来ないの知っててめちゃくちゃするんだから、ホント困っちゃう! 右手が治ったら絶対にやり返してやるんだから!


「……先に着替えておこ」


 朝に弱いらしい雫ちゃんが起きてくるのはいっつも私の30分くらい後だし、楓ちゃんはもっと遅い。3人一緒に寝てたら雫ちゃんが一番早いんだけどね。


 同じような感じで丸くなって寝る楓ちゃんと猫を見て、ちょっと癒される。いっつも一緒だし仲良いよねぇ。


「うーん、不便だなぁ……」


 右手が動かせないから着替えも一苦労。ホントは雫ちゃんを起こしてでも手伝って貰いたいんだけど、気持ち良さそうに寝てるところを邪魔するのも気が引けるし頑張って着替える。まあ、ボタン留めたりとかないから着替えられないこともないし。


「おはよう、灯」


「あ、おはよう雫ちゃん!」


 試行錯誤しながら着替えを進めてるうちに、思ったより早く雫ちゃんが起きてくる。くっそー、もうちょっと早く起きてくれてたら着替え手伝って貰えたのにもう終わるじゃん!


 着替え終わって水を飲みながらボーッとする。この世界がわりと過ごしやすい理由の1つは水が綺麗なことなんだよね。ちゃんと水道が整備されてて蛇口を捻ればそのまま飲める水が出てくるし、日本と変わらないくらい便利なんだよねぇ。むしろ水の美味しさは勝ってるかもしれない。


「灯、そろそろ楓を起こしてちょうだい。今日は朝から色々と行かなきゃいけないのよ」


「うん、わかった!」


 気持ち良さそうに寝ている楓ちゃんの肩を揺らす。起こさなかったらいつまででも寝てるからね、楓ちゃん。目を開けて、猫のように伸びをする。


「おはよう楓ちゃん!」


「ぉはよー……」


 目をこすりながら楓ちゃんが起きてくる。楓ちゃんは放っておいたら着替える前に二度寝し始めるから、そのまま手を引いて雫ちゃんの所まで連れていく。朝は私たちで着替えさせないとボーッとしたままパジャマで外に出ようとしたりするからね……。


「楓、バンザイして」


「ん」


 パジャマを脱がせて、いつものワンピースを着せていく。お腹の痣がちょっと気になったりするんだけど、あんまり見ないように。……やっぱりやりにくい。


「灯は怪我が治るまで手伝わなくてもいいわよ。怪我人の灯に着替えを手伝わせるくらいなら無理矢理にでも楓に自分で着替えさせるわ」


「うん、ごめんね」


 仕方ないから雫ちゃんが楓ちゃんに服を着せる様子を眺めとこう。なんか手慣れてるんだけど、妹とかいたんだっけ? なんか昨日の晩のお風呂の時も私の身体とか洗うの上手だったし。あ、でもベラドンナちゃんと一緒にお風呂入ってた時もベラドンナちゃんの身体洗ってあげたり着替え手伝ったりしてたっけ。


「はい、完璧よ」


 楓ちゃんの着替えが済んで、私も片手で時間が掛かったけど髪の寝癖を直し終わった。宿での最後の朝食を済ませたら、チェックアウトして冒険者協会にGO!



 * * *



「お世話になりました!」


「またいつでも、気が向いたら泊まりに来てくださいね」


 ペリドットさんに挨拶して、宿を出ていく。実際、泊まって心地良いと感じたしまた泊まりに来るのは良いかも。でもとりあえずは家探しだよね!


 雫ちゃんが地図を広げて、冒険者協会までの道を調べている。そんなに遠くはないのかな。


「ここから10分くらいの場所みたいね。朝早くから手続き出来るみたいだし、さっさと行きましょ」


「よし、早速出発!」


「おー」


 一緒に手を挙げて気合を入れる私と楓ちゃんを見て「灯は元気ね」と雫ちゃんに鼻で笑われる。だって初めて行く場所だし、冒険者協会なんていかにも歴戦の厳つい冒険者みたいな人とかいそうだし!


 改めて歩いてみても、やっぱり大きい街だなぁって思う。人も多いし、ちょっと広い通りを歩けば美味しそうな匂いがあちこちから。雫ちゃんと楓ちゃんが一緒だから街を歩いてるだけでも楽しいよねぇ!


「灯、怪我してる右手をぶつけたりしないように気を付けなさいよ」


「分かってるよぉ……」


 心配性だなぁもう。左手はしっかり楓ちゃんの手を掴んでるから、そもそも何にも出来ないし。


 しばらく歩いていると、一際大きな建物が見えてくる。今まで見た建物の中じゃお城とか闘技場の次くらいに大きいかもしれない。アレが冒険者協会の建物ってことか!


「……ええ、ここが冒険者協会のアーズランド支部で間違いないようね」


「じゃあ早速手続きだ!」


 私たちは3人仲良く手を繋いだまま冒険者協会アーズランド支部に入る。いや長いな、冒険者協会でいいや。


 中はすっごく広い、映画とかで海賊がお酒飲んでるような感じの場所。いや、実際ちょっと厳つい感じの人たちがお酒飲んだりしてるんだけど。私たちはジロジロと見られながら奥にあるカウンターまで歩いていく。なんか場違いだなぁ。


「ここで冒険者登録って出来ますか?」


 雫ちゃんがカウンターに立ってる優しそうなお姉さんに声を掛ける。お姉さんは私たちの顔をジーッと見て、ふと思い出したって感じで手を叩く。


「あー! 昨日の闘技大会を盛り上げてくれた可愛い子たち!」


 お姉さんの声で周りにいた人たちも一斉に立ち上がって声を上げる。ここに来るまでなんかずっと視線感じるなーって思ってたけど、そっか、そういうことか! 闘技大会で活躍しちゃって一気に有名人だ私たち!


「そ、それで、冒険者登録って出来るんですか?」


「ああごめんなさい! ちゃんと出来ますよ、ご安心くださいね」


 お姉さんはバタバタと書類を集める。なんか結構な枚数あるなぁ。動きながらお姉さんは「でもあんなに強いのにまだ冒険者じゃなかったのねー!」と気さくに話しかけてくれる。なんか良い人そうだな。


「この規約を読んでもらって、こっちの書類を書いたら登録出来ますよ! あ、冒険者カードは作成に1時間弱くらい掛かるからしばらく待ってもらうけど大丈夫ですよね?」


「はい、大丈夫です」


 雫ちゃんが規約を読む。冒険者の身分を使ってやっちゃだめな禁止事項とかが書いてあるらしい。特にリアクションとかもしてないし問題無いのかな。


「では書類に名前と年齢、それから性別をご記入ください! あ、偽名とかニックネームじゃダメですからね!」


 言われるままに、私も右手のギプスにペンを固定して覚えたての文字で名前を書く。名前の書き方だけ先に教えてもらって練習してたんだよね! まあ、右手骨折してるせいでグチャグチャだけど……読めたら良いよね、読めたら。


「テンドウ・アカリさん、ウナバラ・シズクさん、モリノ・カエデさんですねー。じゃあカード作成の担当者に渡してくるので待っててくださいねー」


 受付のお姉さんは軽やかにカウンターの裏に引っ込む。1時間、何して待とうかな? と思っていたらお姉さんは戻って来る。あ、書類を渡しに行っただけだもんね。


「冒険者って多いんですか?」


 気になっちゃったから訊いてみる。結構な規模の組織みたいだし、かなりいっぱいいそうだよね。


「そうですねー。まあ余程の貴族とか農家さんとかみたいな人たち以外は大抵冒険者登録してますね。冒険者カードがあると便利ですし、協会に来て依頼を受けたりも出来ますし」


「へー、やっぱり便利なんですね!」


 冒険者やってるだけでも良いことしか無いし、登録しといた方がお得だよね。なんか年会費みたいなのも無いみたいだし。


「それにしても、貴女たち強いのに冒険者じゃなかったんですねー。遠方で名のある冒険者とかかと思いましたよー」


「私たち異世界から来たんですよ! つい1か月くらい前、かな?」


 来たんですよというか来ちゃったんだけど。そういえばもう1か月ちょっと経つのか……なんか毎日色々とあって短く感じる。意外と楽しいし。


「異世界人だったんですねー。まあ結構いらっしゃいますよ、異世界人で身分証目当てに冒険者を始める人。依頼をこなせば報酬も得られますし」


 やっぱり結構いるんだなぁ異世界人。これから旅とかしてたら出会うかな、日本出身の人とか。向こうの話題で盛り上がれたらいいなぁ。


 そうして喋ってるうちにカードが完成した。出来上がったカードに自分の魔力を込めたら身分証として機能するんだって。


「じゃ、さっさと不動産屋に行きましょ。良い家が見つかると良いけど」


「よっし、良い物件見つけるぞ、おー!」


「おー」


 楓ちゃんと呆れる雫ちゃんと手を繋いで冒険者協会を出る。次の目的地は不動産屋さんだ!

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