[第二十一話]武芸百般、明鏡止水の瑪瑙

「……灯!?」


「あ、起きてたんだ、良かったぁ……」


「い、いや、私よりもその怪我よ!」


 雫ちゃんが横になったまま私の右腕を指差す。たしかに、見た目無傷の雫ちゃんからしたら私の怪我の方がよっぽど酷く見えるよね。実際めちゃくちゃ痛いし。


「少し加減を間違えてしまって……見た通り、恐らく右手の指の骨折と肩の脱臼、それと鎖骨も折れていそうですね……」


「……メティア殿下、お言葉ですがシズク様も肋骨にヒビが入っていましたよ」


 わぁ……シズクちゃんの時も加減間違えてる……。


「これって治癒魔術で治るんですよね?」


 ちょっとでも動かしたらめちゃくちゃ痛いし早く治して欲しい。あと利き手だからこの後のお昼ご飯も食べられないし。


「肩の脱臼と鎖骨は恐らく治せますが、指の方は……」


「え!? 治らないの!?」


 全く感覚無いし、あのぶつかり方だったから多分かなり酷いことになってると思うんだよね……今腕が動かせないから指の様子見れないけど、むしろ見れなくて良かったくらい。治らないのはイヤだ……。


「その……結構骨が派手に折れていますので、治癒魔術で無理に治しますと指の形が歪んだまま骨がくっついてしまう可能性が高いのです……なのでしばらくはギプスで固定して、ある程度治ってから治癒魔術を掛ける必要があるのですよ」


 お医者さんが丁寧に教えてくれる。と、いうことは、しばらくずっと右手が使えないってこと!?


「そうですね……1週間程度は固定したままで様子を見た方が良いでしょうか」


「1週間かぁ……」


 け、結構長いなぁ。その間はご飯も食べにくいし色々と不便じゃん……困った……。


「シズク様はもう動いても大丈夫ですが、今日1日は激しい運動をお避けください」


「分かりました」


 雫ちゃんが無事で良かったなぁ。私はしばらくダメそうだけど。とりあえず鎖骨の骨折を治してもらってるし、それが終わったら肩の脱臼も治してもらえる。治癒魔術って凄いなぁと感心してると、医務室のドアがノックされる。


「失礼するわ。メティア、来てあげたわよ」


 車椅子の女の子――多分私たちよりちょっと年下くらい――が入って来た。メティアさんを呼び捨てにしてるから貴族のお友だちとかかなぁ。ピンクゴールドのセミロングヘアーが可愛い。


「メルクレアお姉様!」


 お、お姉様!? わ、私たちより幼く見えるこの女の子が、メティアさんのお姉様!?


 メルクレアお姉様と呼ばれた女の子は車椅子の上で綺麗にお辞儀する。


「貴女たちがアカリとシズク、ね。私はアーズランド帝国第一皇女のメルクレアよ。メティアが迷惑を掛けたみたいだけど、大丈夫だった?」


「あ、いえ、大丈夫、だと思います」


「……大丈夫じゃなさそうね。よくあるの、メティアが加減を間違えること」


 メルクレアさんは軽く頭を下げて「ごめんなさいね、妹は不器用なの」と笑う。あ、本当にお姉さんなんだ。というか第一皇女なんだ……異世界の人、見た目で全然わかんないなぁ。


「――ああ、そうだったわ。メティア、申請の通りエキシビションで全力を出すことを許可するわ」


「本当ですか、メルクレアお姉様!」


「でも加減を間違えてこの子たちに迷惑を掛けたから、エキシビションで負けたら来週1週間のお茶会のお菓子は抜きよ」


 メルクレアさんは妖艶? な笑顔でイタズラするみたいに言う。幼く見えるって言ったけど、やっぱり表情が全然子どもじゃない。なんというか、ちょっとえっち。


「エキシビションはアカリとシズクも治療が終わったら見に来るといいわ。メティアの本気、見てみたいでしょう?」


 確かに見てみたい。あんなに強かったのにまだまだ上があるなんて、ちょっと想像できないし。私はやっと脱臼も治してもらって、手にギプスを付けてもらっている途中。骨の位置をグニグニと調整されてて結構痛い。


「ではアカリさん、シズクさん。是非ご覧になってくださいね」


 メティアさんがメルクレアさんの車椅子を押して医務室を出ていく。私も治療が終わったら観戦席に行かないと!



 * * *



 会場の準備が終わり、いよいよエキシビション開始の時間が迫る。会場には武器庫に仕舞われていた様々な種類の武器が乱雑に散らばる。


 会場に1人待つのは和装の亜人。種族特有の金髪で、サイドバングだけが黒く染まった異端のエルフ。瑪瑙と呼ばれるそのエルフは、アーズランドの遥か東にあるエルフの集落に住む若き姫。


「お待たせいたしました、瑪瑙。今回は真に全力でお相手させていただきます」


「……」


 瑪瑙は小さく頷き、手に持った薙刀を構える。メティアも双剣を構え、開始の合図を待つ。最初の瑪瑙とメティアの試合は、瑪瑙の勝利に終わった。しかし、その時のメティアは戦いの余波による被害を気にして実力を出し切れなかった。今回は宮廷魔術師部隊による防御結界があり、観客や会場への被害を気にする必要がない。どちらが勝つのかは、戦うまで分からないのである。


「行きましょう」


 試合開始の太鼓が鳴る。まず最初に仕掛けたのはメティアだった。全身に稲妻を纏いながら、瑪瑙の間合いへと一瞬で剣を突き入れる。


 メティアの魔力属性は炎と光の複合で雷電である。この雷電属性は、アーズランド全土を探してもメティアと長姉であるメルクレアの2人しか存在していない希少なものであった。使いこなせる者に至ってはメティアたった1人。まさに全身が稲妻と化したメティアは、世界最強の何相応しき傑物である。


「くっ……!」


 しかし、雷速の剣閃は瑪瑙のたった一振りに阻まれる。瑪瑙は身体強化をする必要もないとばかりにゆったりと攻撃を防ぐ。その表情には一切の感情も見せない。


 エルフという種族は、本来ならば人間よりも少し身体能力に劣る者たちであった。素早いが非力で、魔力はあるが武力に足りない、そのような種がエルフである。しかし、瑪瑙の生まれた集落のエルフは武闘派であった。他のエルフより少しばかり好戦的で、少しばかり強い者であった。


 瑪瑙の魔力は平均より上ではあったが、さほど強くは生まれなかった。しかし武芸を知って、彼女はその才能を開花させた。心は常に明鏡止水の極みにあり、相手の些細な鼓動の音、目線、空気のゆらぎだけで全ての攻撃を見切ってしまう。


「流石は武芸百般と恐れられるエルフの姫、簡単には突破させていただけませんか……」


 普段は自身が突破口を探される側であるメティアにとって、瑪瑙との戦いは数少ない格上との戦闘である。どのような攻撃をどう当てるのか、自身が今日ここで戦ってきた者たちが考えていたことを自身も考えることが、メティアにとっての楽しみであった。


 様子見の初撃はメティアの本気の3割ほどであった。ならば全力では突破できるのか、無意識で掛けていたリミッターを強引に振り切る。


 メティアの速度が更に上がる。もはや常人には残像すら見えるかどうかといった生物の限界を超える加速。瑪瑙はわずかに目を見開くが、冷静に攻撃の予測を立てる。


「!」


 瞬時に身体強化を行い受け止めたメティアの剣に、瑪瑙の薙刀が呆気なく砕ける。メティアは剣の切っ先に至るまで全てに稲妻を纏っていた。武器を破壊され攻撃が喉元に迫る一瞬、瑪瑙は上体を反らして後ろに跳ぶ。


(流石に避けますか)


 距離を取った瑪瑙を逃がすつもりのないメティアは、地面を蹴って前へと剣を振り抜く。武器を失った瑪瑙を仕留めきるため、遠慮のない全力の攻撃で攻め立てるしかない。


 しかし、メティアの攻撃は空を切る。いや、確実に当たるはずだった攻撃が、わずかに上へと逸らされた。


「――短剣、ですか」


 瑪瑙の手には薙刀の代わりに刃渡り20cmほどの小さな剣が握られていた。地面に落ちていた武器庫の武器を拾ったものだ。


 瑪瑙を武芸百般と言わしめている理由は、単純な実力のみではなかった。彼女は幼少よりあらゆる武器の扱いを教え込まれ、その全てを極めていた。薙刀が得意な武器であることは間違いないが、瑪瑙にとっては全ての武器が達人級の腕前なのだ。


 メティアは絶え間無く攻撃を続ける。受け流され、武器を壊し、また別の武器へと持ち替えられる。短剣から棍棒へ、棍棒から長剣へ、長剣から大鎌へ、大鎌から槍へ、破壊しても破壊しても途切れることなく武器が変わり、そのたびに動きが変わる瑪瑙への対応も困難を極めた。


(……突破の糸口が見えませんね。前回の試合では手を抜かれていた、ということですか)


 久しぶりに感じる敗北の気配に、メティアの笑顔が消える。自分が最強と呼ばれて慢心していたことを恥じ、目の前の武芸者が技の鍛錬に全てを懸けていたのだと思い知って心から悔しく思った。自身の立場はあれど、もっと技を磨き鍛えておくべきだったと後悔した。


「……もっと強く、なりたいですね」


「メティアなら、もっと強くなれますよ」


「――!」


 初めて表情を見せる瑪瑙に、メティアは深く一礼する。穏やかで優しい笑みに、自身の思いを告げるために。


「最後に、ご指導お願いします!」


「ええ、引き受けましょう」


 双剣を構えるメティアに、再び薙刀を選び取る瑪瑙。メティアは負けることを確信していたが、しかしもう迷いはなかった。全魔力を振り絞り、再び表情を消した友人へと向き合う。



 ――稲妻は、最後に一太刀入れてみせた。

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