[第二十話]常に高みを目指し続ける女の子
「し、雫ちゃん……」
担架で運ばれていく雫ちゃん。気絶しているみたいで凄く心配だけど、ルナールさんの「加減していたみたいだから大丈夫よ! それよりも今は自分の試合のことだけに集中しなさい」という言葉で気持ちを切り替える。
ガントレットの代わりに手を保護する包帯みたいな布が緩んでいないかしっかり確認する。結局、私にはナイフも邪魔になったから、使えるのはこの身体だけ。私の動きがどれだけメティアさんに通じるのか分からないけど、雫ちゃんが私を強いと言ってくれたことを信じよう。大丈夫、私は頑張れる。
「楓ちゃん、行ってくるね!」
「がんばってー」
楓ちゃんに手を振って会場に向かう。不安とか心配とか、全部抱えたまま行こう。私を信じてくれる雫ちゃんを信じよう。負けたって構わないんだ。今の私に出来る全力で、雫ちゃんみたいに格好よくなくても!
* * *
会場に出て行くと、拍手とか歓声に出迎えられる。もうね、緊張しすぎて震えてくるんだけどね。いや、本当にお腹痛い。
「貴女がテンドウ・アカリさんですね。シズクさんからお強いとお聞きしました」
「つ……よいかなぁ……?」
メティアさんにいきなりそう言われて困る。雫ちゃん、私のこと買いかぶり過ぎじゃない?
「シズクさんも大変将来有望な方でした。アカリさんにも期待しておりますよ」
「ほ、ほどほどでお願いします」
キラキラとした笑顔でそんな期待の眼差しを送られても、別に私の実力が急に上がるわけでもないし、ほどほどで相手して欲しいなぁ、なんて。
「アカリさんの武器は……なるほど、徒手空拳ということですか」
「そ、そうです。私は不器用なので……」
「ふふ、むしろ器用な方の戦い方だと思いますけどね」
メティアさんが笑いながら武器を構える。そろそろ始まるんだと理解して、私も少し腰を落として動ける状態に構える。
「なるほど、無構えですか……誰かに教わったのですか?」
「え、これはなんとなく動きやすいからですけど……」
練習していて、どんな状況にも瞬時に反応するなら特定の構えよりも動きやすいと思っただけで。そもそも私は格闘技とかやったことないからボクシングみたいな構えもしっくり来なかったというか。
「やはり期待できそうですね」
ドンッドンッドンッ! って太鼓の音が鳴る。開始の合図だ。確か5分間はこっちから攻撃し放題だったっけ。まずは攻撃を当てる! 魔力を全身に巡らせて走り出す。
「まずは左でっ!」
様子見のパンチ! 避けられるけど、すかさず右も! メティアさんが最小限の動きで避けるから、試合中だけど私自身にも活かせないかと動きをよく見て覚える。ベラドンナちゃんと一緒に練習してた理想的な回避だ!
(なんとか動きを止められたら当てられるのに――)
パンチもキックも簡単そうに避けられる。メティアさんは速いし、とにかく回避も上手い。私は雫ちゃんみたいに上手くフェイントとか出来ないから、自分の拳の速さで当たらないなら動きを止めるしかない。隙を見てタックルでもして捕まえてしまえば良いんだけど、その隙が見当たらない。
「なかなか良い動きですが、少し読みやすいですね」
指摘されるけど、それは自分でも分かってる。雫ちゃんにも「灯はちょっと動きが単調よ」って何回も言われていた。雫ちゃんとはあんまり実力差が無いから当てられるけど、メティアさんみたいな圧倒的に格上の相手には通用しない。もっと魔力の扱いが上手くなっていれば、もうちょっと速く動けるのに……!
隙を探しながら攻撃を続ける。パンチ、キック、エルボー、何も通じず避けられる。私の動き、全てがまるで当たらない。もっと速く、もっと速くと祈るように魔力を上手に身体中に巡らせようとしながら戦うけど、ただただ疲れるだけ。どうしよう、このままじゃ……。
「諦めるのですか?」
「!」
メティアさんの言葉にハッとする。諦める? いや、そんなつもりはない。雫ちゃんが信じてくれたんだ。楓ちゃんが応援してくれてるんだ。こんなすぐに諦めてなんていられない。当たらなければ次だ。次がダメならその次だ。何度でも、何度でも、何度でも何度でも何度でも! 一個前より一瞬でも速く強く!
「ふふ、その気迫です!」
一歩、強く踏み込む。避けられることなんか気にしない。頭を空っぽにして、無我夢中で拳を突き出す。右。右がダメなら左。左手を戻してすぐに右脚で。がむしゃらに、無駄なことは何も考えずに、ただただひたすらに攻撃を繰り出す。
「あああああああぁぁあっ!!!」
「!」
更に強く深く、一歩前に踏み込む。自分の足で地面を叩き割るくらいのつもりで、強く踏み込む。メティアさんは後ろに跳躍している。でも、間に合う。一分前よりも、一秒前よりも、今の私の方が強い。
「ぼ、防御を――!」
「いけぇ!!!」
懐に潜り込んで、肩でぶつかる。今の私の、一番強い攻撃。ガードされたって、突き破るつもりで!
しっかりと、肩には当たった感触。少し鈍く痛む肩が、攻撃の命中を示していた。
「見事ですね……試合の中で成長するとは」
しかし私の渾身の攻撃は、メティアさんの両手で受け止められていた。今出来る最高の攻撃だったのに、痛くも痒くもないとばかりに容易く受け止められてしまった。
「……5分が経ちました。もう少し成長を見届けたいですが、次で最後です」
後ろにピョンと跳躍して、メティアさんは改めて武器を構え直す。攻撃が来る。雫ちゃんを一撃で気絶させた、あの攻撃が来る。
「……でも、もう諦めない!」
私も拳を強く握る。攻撃が来たって、構わない。どうにかしてもう一発、拳だけでも。固く握った右手を見て、どうするべきかを考える。確実に一発だけ当てるなら。
「アカリさん。貴女はきっと強くなります。いつか、私とも対等に戦えるようになるかもしれません」
ジリジリと、距離を詰めながらメティアさんの言葉を聞く。私に期待する、そんな言葉を。でも、それは今の私に向けられた言葉じゃない。ずっと先の、成長したいつかの私だ。
「なので、今日の敗北を胸に努力を続けてください。私はアカリさんとシズクさんの未来に、とても強く期待しています」
メティアさんの右手の剣が、わずかに動く。右が来る。まず最初に右の剣が来る。頭をフル回転させて、対処する手を考える。どう止める。どう攻める。メティアさんの動きを予測して、どこを狙って来ても受けられるように、次の一手を、最後の一発を考える。
「私は貴女たちを応援します。今日はありがとうございました――!」
「――ッ」
メティアさんが跳ぶ。私目掛けて、一直線に跳ぶ。予測してなきゃ反応できなかった。右が来ると、私の胸もとを狙うと予測してなきゃ無理だった。攻撃に合わせるように、握った右手を前に出す。メティアさんは双剣だ。右を止めてもすぐに左が来る。でも、一瞬あれば良い。その一瞬で反撃する。絶対に当てる。全魔力を込めて、全身全霊で当ててみせる!
「え!?」
「ぃたッ――!」
メティアさんの剣を、右の拳で受け止める。鋭い痛みが右手に走る。右手の感覚が分からなくなっても、止まらない。ここから左手を出すのは――間に合わない。だったら腰を捻った勢いのまま左脚で!
「ま、まさか利き手を犠牲にしてくるなんて……」
私の左脚が、メティアさんのお腹を蹴っている。コレ以上無いってくらいのクリーンヒット。でも私の負けだった。メティアさんの左の剣が、私の右肩から斜めに振り下ろされていた。右肩、鎖骨の辺りがめちゃくちゃ痛い。いや、当たった瞬間めちゃくちゃ痛かったけど、今は全然感覚がない。そして右腕が全然動かない。
「す、すみません、少し加減を間違えたみたいで……!」
「――」
あ、折れてるな、って気付いた瞬間、フッと緊張の糸が切れて膝から崩れ落ちる。
「いたたたっ!!!??」
「あ、あまり動かさないほうが!」
地面に倒れ込みそうになって手、肩、鎖骨に激痛が走る。だ、ダメなヤツ! これ動かしたらダメなヤツ!
「い、医務室に、お願いします……」
泣きながら、メティアさんに頼み込んだ。皇女様に肩を貸してもらって医務室まで歩くなんて経験きっと私だけだと思う。運んでもらいながらメティアさんが、耳もとで「評価はAです。最後の策は良かったですよ」と教えてくれた。
私もちょっとくらい成長出来たかな。
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