[第十九話]雨垂れ石を穿つのか

 目の前で繰り広げられた壮絶な戦いに、私は少し尻込みしていた。ルナールさんも、レクサスさんも、あまりに人間離れした戦いぶりで自分があの場に立っても良いのかと疑問しかない。いえ、出場すると決めた時から、自分が出場者の中で一番劣っているというのは予想の範疇だったけれどね。もちろん灯を含めても。


「次は私、ね。メティア皇女が加減してくれる、というのは本当ですよね?」


「ええ、ちゃんと相手の実力を見て合わせてくれるわよ! そのための5分間だもの!」


「……それを聞いて安心しました。ルナールさん相手の時のような動きをされてはひとたまりもありませんし」


 そう言いつつ、だからといって安心できることでもないのもまた事実。メティア皇女が加減をしてくるというのは、そもそも勝てる可能性が無いということでもある。試合を見ていて、メティア皇女がわざと勝ちを譲ってくれるような人でないことは理解できたもの。


 武器をしっかり確認して、不備不足が無いかをチェックする。槍も、仕込みも、全て問題ない。覚悟も……まあ大丈夫ね。


「……じゃあ行ってくるわ。大怪我しない程度に頑張ってくるわね」


「行ってらっしゃい、雫ちゃん! 応援してるから!」


 灯の笑顔で少し気持ちが和らいで、ちょっとだけ軽くなった心で会場に向かう。勝てるとは思えないけれど、あくまでも闘技大会だもの。いっそ吹っ切れて気楽に挑んでみようかしらね。



 * * *



 会場に立つと、やっぱり緊張感がある。それは大勢の観客よりも、会場の真ん中で待つ皇女の放つプレッシャーのため。気品のある穏やかな笑みなのに、まるで巨大な龍にでも睨まれているような気持ちになってしまう。


「貴女がヴァン様のお弟子さん、ですね。ウナバラ・シズクと言いましたか」


「弟子かどうかは分かりませんけど、戦い方は教わりました」


 不本意だけれど、それは事実。これから先ずっと「ヴァン・ザカードの弟子」と呼ばれ続けるんじゃないかと思ったらキッパリと否定したかったけれど、否定してしまったらここに立つ権利も無くなってしまう。仕方ないから否定も肯定もしないけど。


「お強いと思っても良いですか?」


「……いいえ、強くはないですね。友人たちと3人でやっと凡竜を倒せた程度です」


「そうですか。いえ、試合の前に訊くのは野暮でしたね」


 メティア皇女が剣を構える。砕けたさっきの剣より綺麗な新品の剣が左手に納まっている。レイピアの二刀流というものを聞いたことはなかったけれど、全く隙のない美しい構えは思わず見惚れてしまいそうになる。


 私も槍を構える。まだまだ拙く、メティア皇女に比べれば文字通り子どものお遊び程度のもの。それでも、約1か月ずっと練習し続けた。たとえ通じなくても、今の全てを出す。


 始まりの太鼓が響き、大きく歓声が上がる。まず5分間、攻撃してこないメティア皇女に私の素人槍術がどれだけ通じるのかを試さないとね。


「どうぞ、来てください」


「ええ、行きます!」


 全身に魔力を行き渡らせて、槍の穂先を低く構えたまま前へと跳ぶ。避けられることなんて考えずに、最初は真っ直ぐに突きを繰り出す。


「なるほど」


 予想通り、容易く避けられる。私の実力を見ているであろうメティア皇女の表情もいたって余裕そう。突き出した槍をそのまま横薙ぎに振っても、やはり余裕の表情で避けられる。とはいえ私も様子見の初撃だったから、余裕そうなのは悔しいけれど気にすることもない。


 構え直して向き直る。値踏みするようなメティア皇女の顔は気になるけれど、せめて最初の5分の間に一撃でも当てたいものね。それに、私が少しでも善戦すれば私より強い灯の自信になるはずだし。


 次の手を考える。前にヒゲ男が言っていた通り、槍という武器は選択肢が無数に存在する。刺突、斬撃、打撃、それら全てをどのような型でどのように放つのか。走りながら考え続ける。


「はっ!!」


 柄の後ろ、槍の石突で上から打撃。避けられ地面に突き立てる。槍を軸にして回し蹴りを放ち、勢いのままに避けたメティア皇女に向かって飛び蹴りを放つ。そして飛びながら槍を振り抜く。


「拙いですが良い動きですね」


「それは、どうもありがとう――ございますッ!!」


 野球のバットのように槍をフルスイングする。当然避けられるが、私はここまでずっとメティア皇女の動きを見ていた。全ての攻撃をギリギリ紙一重の距離で避ける。そしてとても素直な人だ。だったら、少しの嘘で突破できると考えた。


(――いま!)


 両腕に込める魔力を更に強くして、槍の速さを更に上げる。それだけじゃない。手をあえて滑らせて柄の握る位置を下げる。急に槍が伸びたら、驚くでしょ?


「!」


 切っ先がメティア皇女の左腕に当たる。恐らく何のダメージも無いだろうけど、今回に限って言えばダメージの有無は関係ない。ルナールさんから「当たれば致命傷となる位置に攻撃を当てさえすれば良い」と聞いている。攻撃が当たることさえ分かれば、それで良いのだから。


「シズクさん、貴女は賢い戦い方をしますね。私の体感ですが、あと数年もすれば原竜とも戦えるようになるでしょう」


「それは……喜んでも良いんでしょうか」


 着実に化け物への道を歩んでいる、ということかしらね。出来ることならば数年も経たないうちに元の世界に帰りたいのだけど。


「貴女の仲間の中では貴女が一番強いのでしょうか」


「……いいえ、次の試合に出る灯の方が強いです。頭は少しおバカですけど」


 ちょっとハードルを上げてしまうけれど、灯ならば大丈夫だろうと思う。魔術の使用込みで私と同じくらいなんじゃないかと思っているし、魔術無しの私と比較したら灯の方が段違いに強い。実際、大会までの期間ずっと戦い続けて灯の勝ち越し。最後の方はフェイントも奇策も全く通じていなかったし。


「それは楽しみですね。貴女たちのような将来有望な方たちがいるならば、この闘技大会を続けることにも意義があります」


 優しげな微笑。話している内容が戦いに関することで、今が闘技大会の試合中でなければ素敵な笑顔だったのだけれど。むしろ背中がゾクゾクして冷や汗を搔いてしまうわね。


 あと十数秒で5分経つ頃かしら。せめて攻撃が来る前にもう一発くらいは当てておきたいのだけれど。槍を構えて、奥の手を出す準備をする。


「ふっ!!」


 地面を蹴って一気に距離を詰める。放つのはシンプルな突き。少し軸をぶらしながら、私の右側に避けるよう誘導する。右手を前に出しているのだから、死角に入ろうとするならば当然右へ行くはず。


(――掛かった!)


 目論見通り私の死角に入るようにメティア皇女が避ける。そして当然、メティア皇女は槍の穂先を見て行方を予測しようとしているはず。だから。


「!?」


 槍と一緒にずっと左手で握っていた細い鍔の無い剣を、背後のメティア皇女目掛け振り抜く。あくまでも身体の向きをほとんど変えずに左腕だけで。灯は騙されてくれたけど、どうかしら!


「あ、危ないですね……人間の肩とはそんなに後ろまで回るものなのですか……」


 メティア皇女は左腕で私の剣を受け止めていた。上手く行けば致命傷となる首か頭に当たるはずだったのに、まさかあの状態から腕が間に合うとは。奥の手まで決め手にならないのであれば、流石にそろそろ手も尽きるのだけれど。


「仕込み武器まで用意しているとは驚きました。それにその柔軟さ……大道芸でもやっていたのでしょうか」


「……まあ、似たようなものです」


 私がしていたのは新体操だけれど。言っても通じないだろうから黙っておきましょ。


 しかしながら、奥の手も使って開始5分も過ぎた頃。ここからメティア皇女からの攻撃も来ると思ったら気が滅入るわね。正直、あまり痛い目に遭うのもイヤね。加減してくれるとしても痛いものは痛いのだし。


 一瞬、頭の中にここで降参するという考えが浮かんだけれど、すぐに頭から追い払う。痛いのはイヤだけれど、ちょっとくらい灯と楓に格好良いところを見せたいという思いもあったりはする。降参して帰るよりも、立ち向かって怪我する方が立派だもの。


「皇女様の攻撃が一発でも当たれば、私は気絶するでしょう」


「そうでしょうね。ではもう次で終わりでしょうか」


 左手の剣を捨てて槍を握り直す。構えを整えるメティア皇女は、より一層プレッシャーを放つ。もう正直、目の前に立っているだけでも胃が痛くて嘔吐しそうな気分だけれど、せめて最後に一撃当ててやろうという思いで奮い立つ。


「……一撃しか受けられなくてすみません」


「いいえ、充分です」


 駆ける。全力で駆ける。僅かな隙もないメティア皇女目掛けて駆ける。最後はフェイントを仕掛けようか、間合いをずらそうか、色々と頭によぎるけれど全て振り切って駆ける。最後くらい、何も仕掛けずに本当の実力だけでも良い。それが一番、今の私の全力。


「――嬉しいです。素晴らしい才能と出会えた、それだけで充分です」


 胴体に剣を受けたのだと理解して、激しい痛みに意識がかすれる。気を失う寸前に見たのは、穏やかな笑みで私に一礼するメティア皇女の姿だった。


「評価は……伸び代に期待を込めてB+、です。お疲れ様でした、シズクさん」

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