[第十七話]ルナール王女は負けられない
控え室に戻った私たちは、控え室の横にある関係者用の観戦席へと移動した。朝早くの活動に耐えられず観戦席で眠っていた楓も起こしておく。
「ルナール王女の戦い、しっかり見て参考にさせてもらいましょ」
「あれ、持ってるの剣だよね。どんな戦い方をするんだろ!」
距離があるからなんとなくだけど、長さはルナール王女の身体と比較した感じ70cmほどで、形状的には恐らく両刃の剣のような木の棒に布を巻いたもの。鍔がないから少し変わった形状ね。
対するメティア皇女はレイピアのような細い木剣の二刀流。高貴な雰囲気に合っているし、木製だけど装飾が凝っているように見える。
そろそろ10分が経つ。私たちは期待しながら試合開始の合図を待った。
* * *
ルナールとメティアは、試合開始を待たずして向かい合っていた。同い年で王族同士の2人、通っているアーズランド中央魔術アカデミーの同級生でもある2人は、親友としてライバルとして、試合開始の合図があるまで話すべきことがあった。
「ルナールには5分間のハンデ、必要ありませんね?」
「ええ! 私とメティアは対等なライバル、そこに無粋なハンデなんか必要ないわ!」
ルナールは不敵に笑うが、それは自信が半分、強がりが半分であった。現状で勝ち越しているのはルナールだったが、それはルナールの方が実力が高いという証明ではない。実力に差があって負けていたとしても、ひっくり返せるだけの要素をルナールが持っていただけである。
「でも、身体強化は使ってくださらないのですね」
「ええ。私が身体強化を使ったらメティアも使うでしょう?」
ルナールとメティアは素の実力でメティアがやや優勢、身体強化を行った状態ではメティアの圧勝であった。それはルナールとメティアの魔力量にほとんど差がないというのに、揺るぎない事実だった。ルナールは天才だが、メティアはその更に上を行く天才だ。魔力の制御というただ一点において、メティアはルナールを大きく凌駕しているのである。
「お互い身体強化無しの全力、そういうのも好きでしょ?」
「……そうですね。私としても目的は勝つことでなく楽しむこと。より楽しめる条件での試合になった方が嬉しいですから」
「それなら目一杯楽しませてあげるわ! 勝つのは今回も私だけどね!」
「ふふふ、それはどうでしょう」
開始の時間が来る。雷鳴のような激しい太鼓の音が闘技場に響き渡り、2人の姫たちは自らの得意とする武器を構える。
太鼓の音が鳴り止んでも、2人ともすぐには動かない。間合いを計りながら、相手の出方を伺い隙を狙っているからだ。
「いくわよ!」
ルナールが仕掛ける。メティアもルナールも速さを自慢としているが、それぞれ別の速さを意味する。メティアは身体能力から来る身のこなしの素早さ、ルナールは戦闘における頭の回転の速さだ。ルナールにとってメティアがどんなに速い攻撃をしてこようと、動きに裏表のない直線的な攻撃では速いだけの
ルナールが先に仕掛けてくることはメティアにとって予想の範疇ではあった。戦いの流れ自体を掴み、メティアに反撃の隙を与えないことこそがルナールの戦法だからだ。しかし幾度と試合を繰り返してきた今のメティアにはルナールの考えが分かっている。初撃を防いだ瞬間に次の攻撃が来る、それが分かっていれば対処の方法もあるのだ。
「甘いです!」
「いいえ、読み通りよ!」
首元を狙うルナールの長剣を剣で受けずに避けたメティアだったが、自分の考えが読まれていることを読んでいたルナールは屈んだメティアに追撃の蹴りを放つ。しかしそれも本命ではない。蹴りに意識を向けたメティアに対してさらなる追撃の剣撃を狙うための布石だ。
「うッ……!」
蹴りをなんとか両手の細剣で受け止めたメティアだったが、その背中に長剣の柄頭が打たれる。本来インファイターではなく距離を取りながらヒット&アウェイ戦法を得意とするメティアにとって、距離を詰められた時点で分が悪い。それを理解しているルナールも決して距離を取られないようにインファイトを仕掛ける。
背中に打撃を受けメティアが怯んだ隙に、ルナールは次の一手を考える。メティアが体勢を立て直し距離を取られれば形勢は一気に逆転する。ならば体勢を立て直される前に勝負を決めるしかない。
(……とはいえ、それでは会場は盛り上がらないわね。それに……)
メティアと友人になった今のルナールにとっては、確実な勝利よりもこの闘技大会という催しを盛り上げることに意味がある。それはメティアの長姉から頼まれたことであり、ルナール自身が望んでいることでもある。そして、この後に試合を控えている灯と雫に少しでも情報を残してあげようという気紛れも含まれている。
(だったら!)
ルナールは立ち上がろうとするメティアからあえて距離を取る。メティアがインファイターでないことは事実だが、ルナールも本来はインファイターでなく距離を保ちながら相手を翻弄する戦術を好む。勝ちを急ぐ必要が無いならば、お互いの得意な戦いをしてこそ催事を盛り上げられる。賞金自体を求めていないルナールにとって、それが最善になる。
「やはりルナールは強いですね。私の動きは全て読まれているのでしょうか」
「メティアはきっと全ての人間の中で一番強いけれど、まだまだ未熟だもの。直線的な動きばかりじゃ私には勝てないわよ!」
ルナールが挑発するように指をクイクイと動かす。メティア本来の速さを発揮させるように、次は自分が受け手側に回る。
「はぁっ!」
「――ッ!」
瞬間、ルナールの眼前にメティアがいた。一瞬のうちに十数メートルの距離を詰めたのだと理解した時には、既に剣が振られている。右と左、どちらを使ってくるのかを読んでいたルナールはギリギリで防御するが、防御した瞬間にはもう目の前からメティアは消えていた。
(――うしろっ!)
微かな空気のゆらぎでなんとか二撃目も受け止める。しかし、またもやそこにメティアの姿はない。メティアは初速で音速を超える。“地を疾走る雷霆”という異名も、身体強化を使ったメティアが実際に雷ほどの速度で戦場を駆けることから付いたものだ。身体強化を使っていない今のメティアでも、人間の目でその姿を捉えるのは簡単ではない。
しかしながらルナールも対策をしていないわけではない。ルナールの身体能力ではメティアの動きに着いていくことが出来ないが、ルナールも反射神経は常人を遥かに凌駕する。メティアの動きが直線的で、攻撃の瞬間に一瞬立ち止まることを理解してさえいれば防御自体は可能だった。
(でも、私から攻撃する隙は流石に無い……一か八か、賭けてみようかしら!)
絶え間無く続くメティアの猛攻に、ルナールは疲れを見せる。攻撃から攻撃までに数秒の間隔があるとはいえ、5分以上続く激しい連続攻撃に対応するために集中を途切れさせずに居続けるのは非常に消耗の激しいことであった。しかし、ルナールは微笑む。
(――いまッ!)
「え!?」
メティアの攻撃が急所を外すタイミング。右脚を狙った攻撃に合わせ、ルナールは防御をやめて剣を振り抜く。肉を切らせて骨を断つ、捨身の一撃にメティアも驚きを隠せなかった。
「ま、まさか防御を捨てるとは思いませんでした……私の負け、ですね」
胴体を横一閃撫で切ったルナールの一撃は、本物の剣ならば十分致命傷たるものだった。無尽蔵の体力と常人離れした頑強な身体を持つメティアにとって、致命傷であると判断することこそが敗北条件。実際にはかすり傷一つ無いのがメティアを最強たらしめている所以である。
「ルナールはいつも私の想像を超えて来ますね。何度戦っても楽しませてくれます。文句なしのS評価です」
「いたた……まあ、私だってメルキュールの王女だもの、メティアが相手だからって負けていられないわ!」
ルナールは赤く腫れ上がった太ももを撫でながら笑う。体感では骨までは達していなくとも、筋繊維が切れていることは理解できていた。
(しばらくは安静にすべきかしらね……身体強化無しでコレなんだから、ホントに……)
強がりの笑顔を絶やさぬまま、ルナールは観客に一礼して会場を後にする。立て続けの連戦となるメティアが休憩すら取らないことは最早気にすることでも無いのである。
* * *
「る、ルナールさん、お疲れ様です!」
「あら、出迎えありがとうアカリ! 私の戦いぶりは参考になったかしら?」
当然、ルナールさんも私たちが試合を見て観察していたことに気付いていた。最初の奇襲が上手くいってそのまま勝てる状況だったのに、あえて距離を取って戦いを継続させたのは私たちのためだったのかしら。
「楓、治癒魔術を使ってあげて」
「ん」
ルナールさんの太ももに楓が触れる。赤く腫れ上がっていてとても痛々しい。楓が呪文を唱えると少しずつ腫れが引いていく。
「ありがとうカエデ! メティアったら加減無しで叩くんだもの、友だち相手でも遠慮がないわねホント」
そうは言いつつも清々しい顔をしているルナールさん。加減できるだけの余裕がないということでもあるし、それだけ実力があるということだとは思うけど。私たちにはまともに動きも見えなかったし。
「次はレクサスお爺ちゃんね。あの人も強いって噂をよく聞くわ!」
「いかにも強そうな風貌だものね」
会場に向かう鎧の老紳士を見送る。“黒牛の騎士”なんて異名のお爺さんがどれほどの実力なのか、私たちは期待して試合を待つ。
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