[第十六話]第6回メティア闘技大会、開催!
ついに迎えた闘技大会当日。上機嫌なペリドットさんに送り出され、私たち一行は早朝から闘技場に来ている。一昨日まで毎日特訓を続けて昨日は1日しっかりと休養を取ったから、私も灯もコンディションはバッチリね。
「うわぁ、凄い人数だねぇ……」
「この国で一番の娯楽だって話だもの、今日は帝都に住んでる全員が会場に集まっているんじゃない?」
出場選手の控え室から外の様子を眺めていても、途轍も無い人の波が延々と続く様子しか見えない。闘技場の広さを考えても恐らく数万人規模の客席はあるけれど、到底収まりきらないような人数が闘技場周辺へと絶え間なく歩いてきている。
「ペリドットさんが起こしてくれて良かったわね。あの人混みじゃ早朝から会場入りしていないと開会式までに間に合わなかったかもしれないし」
「本当に何から何までお世話になったよね。しっかりと賞金を獲得してちゃんと宿代を支払わなきゃだ!」
忘れちゃいけないけれど、私たちが闘技大会に出るのはあくまでも宿代のため。死に物狂いで戦って確実に賞金を貰わなければいけないのよね。特に、ここ数日の特訓で私に勝ち越している灯には頑張ってもらわないとね。
「あら、貴女たちも早いわね!」
「あ、ルナールさん!」
自分も出場者だと言っていたルナール王女が挨拶に来てくれた。ドレスを騎士風にアレンジしたような豪華だけど動きやすそうな服装で、言ったら失礼だけどお転婆姫という言葉が似合う。いや、実際にこんな闘技大会に参加している時点で間違いなくお転婆ではあるのだろうけど。
「メティアにも挨拶してきたけど、気合い充分って感じだったわよ! アカリとシズクも存分に楽しんで行くといいわ!」
それだけ言うと、またもルナール王女は嵐のごとく去っていった。賞金も勿論大事だけれど、私はルナール王女がどれほどの実力なのかというところにも興味がある。さきほど発表された順番表では私や灯よりも先に出場する予定になっていたはず。メティア皇女の実力を見る意味でも、メティア皇女を少しでも疲れさせる意味でも、ルナール王女には頑張ってもらわないとね。
「あ、そろそろ開会式が始まるって! 雫ちゃん、行こ!」
「ええ」
灯に手を引かれて会場へと走る。気負っても仕方ないし、私も気楽に楽しむくらいの気持ちでいこうかしら。少なくとも、賞金が確保出来れば勝つ必要性は無いんだから。
* * *
開会式。数万の観客に囲まれながら、闘技場の真ん中に整列する数人の出場者たち。その中に私たちも含まれる。
『お集まりの観客の皆様、そして勇敢にも我が妹メティアに挑もうという戦士たち、おはようございます。第6回メティア闘技大会の司会進行を務めさせて頂きます、第二皇女フレイア・アーズランドです!』
拡声器のようなものを使った挨拶の言葉に、会場が拍手で包まれる。目の前に立っているドレス姿のお姉さんがメティア皇女の姉なのね。綺麗なブロンドの髪を緩やかにウェーブさせたショートボブで、いかにも皇女といった容姿。その皇女様が司会進行ということには驚くけれど。
『まずはルールの説明と参りましょう! 当闘技大会では魔術、魔法の類いは原則禁止となっており、身体強化の目的以外での魔力の使用は即失格、退場処分となります! そして試合開始から5分間はメティアから攻撃を仕掛けることなく回避、防御に専念するハンデがあります! 試合終了後にメティアから評価が発表されますので、出場者の皆様には大会終了後に評価に応じた賞金が支払われることとなります!』
……なるほど、試合開始から5分間はこちらから攻撃し放題ってことなのね。それならば賞金獲得も苦ではないかもしれないわ。あとは私たちがどれだけメティア皇女に認められるのか、ということ。他の出場者の戦いと付けられる評価をちゃんと見ておかないと。
『それでは出場者の紹介に参りましょう! まず1人目はお馴染み、ルナール・ドゥ・メルキュール選手! 今大会でも華麗な剣さばきを見せてくれるでしょう!』
紹介され、ルナール王女が綺麗にカーテシーを決める。流石に場馴れしているというか、王女様なんだと改めて思い知った。
『2人目は歴戦の勇士、“黒牛の騎士”レクサス・ティーブランズ選手! かつて帝国最高の騎士と称された馬上槍の腕前は年老いてなお健在です!』
黒い鎧を身にまとった老紳士が一礼する。紹介の通りかなりお年を召されている方だけど、雰囲気だけでも強い人なのだと分かる。この人の試合もよく見ておかないとね。
『3人目は……おお、初出場ですね! 第1回大会唯一の勝者、ヴァン・ザカード氏からの紹介で、ウナバラ・シズク選手! 我々アーズランド姉妹も注目しております!』
呼ばれたので、私も観客に向かって一礼する。新体操の大会などで多少は慣れているとはいえ、流石にこの人数を前にすると緊張するわね……まあ、横でプルプルと小刻みに震えている灯よりはマシだと思うけど。
『そして4人目も同じくヴァン・ザカード氏の紹介で、テンドウ・アカリ選手! おや、緊張なさっているようですね~、初々しさ加点でよろしいでしょうか!?』
ぎこちなくお辞儀する灯をからかうような紹介に、会場が笑い声で沸き立つ。灯も陸上部の大会とかで人前に出たりしてなかったのかしら。
『5人目は……おっと、こちらエキシビションマッチとなっております、エルフの里から瑪瑙選手です! 瑪瑙選手といえば第3回大会でメティアとの本気での戦いによる闘技場崩落事故が印象に残っていることでしょう! 今回は会場に結界魔術を施しているので安心して観戦いただけると思います!』
……闘技場崩落事故ですって? 紹介された瑪瑙というエルフの姫はお淑やかそうな和服の女性で、そんな激しい戦闘を行いそうには見えないのだけど。いえ、人を見た目で判断してはいけないけれど。
『そして最後に我が愛すべき末妹、第五皇女メティア・アーズランド! 朝にコンディションはバッチリと話していましたので、本日の大会でも期待させていただきましょう!』
私たち出場者の前に立って一礼したのは、綺麗なブロンドをショートボブにしたいかにもお姫様といった姿の女性。三つ編みをカチューシャのようにしている髪型が上品でかつスポーティな印象になっている。こちらも瑪瑙姫と同じくお淑やかそうに見えるけれど、人は見た目によらないということを忘れてはいけないわね。こんな大会を主催しているほどだし。
メティア皇女はフレイア皇女から拡声器のような物を受け取り、少し前へと出る。
『皆様、本日はお集まりいただき、まことにありがとうございます。私の趣味で始まった闘技大会も今回で第6回となりました。これも応援下さった多くの民と、様々な支援をしてくださった姉様方のおかげです。残念ながらヴァン様に出場していただくことは今回も叶いませんでしたが、友人である瑪瑙とルナール、伝説に残る黒牛の騎士様、そしてヴァン様の弟子のお二方と、非常に個性豊かな方々が出場なさって下さいました』
喋っているところを見ても、お淑やかで大人しそうな印象は変わらない。しかしながらハッキリと「趣味で」と言ったのだから、このような清楚そうなお姫様でありながら余程のバトルジャンキー、と言ったところかしら。強く生まれたから国の方針でこのような催しを行っているという可能性も考えていたのだけれどね。
『私もアーズランド帝国第五皇女として、皆様に恥じることなき試合をお見せいたします。本日もどうか楽しんでいってください』
メティア皇女が笑顔でカーテシーをし、会場が一気に沸き立つ。やはりと言うか、王族なだけあって国民からの人気も絶大な様子ね。強くて綺麗で華やかで、嫌いになる要素の方が少ないかしら。
フレイア皇女が拡声器のような装置を再び握り、メティア皇女は後ろに下がる。改めて見比べると、やはり姉妹だからか顔立ちも似ているわね。メティア皇女をもう少し成長させたらフレイア皇女になる、と思ったけれど、表情や雰囲気は全然違うわね。
『さてそれでは間もなく第6回メティア闘技大会開幕です! 第1試合開始は10分後になりますので、ルナール選手は装備の最終確認をお願いします!』
開幕の宣言で、私たち出場者は控え室に戻る。緊張で心ここにあらずな灯を引っ張っていく。こんな調子で大丈夫なのかしら、この子は。私はもちろん、灯にも頑張ってもらわなきゃいけないのだけど。
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