[第十五話]闘技大会に備えて
ルナールさんから色々と話を聞いた私たちは、レストランを出た後に雫ちゃんの提案でもう一度闘技場に戻ってきていた。何をするつもりなのか教えてくれないまま雫ちゃんは受付の人に声を掛ける。
「すみません、大会で使う武器って借りられますか?」
「ええ、大丈夫ですよ。当闘技場は大会期間以外は一般に開放して鍛練の場としてご利用頂いておりますので、大会に出場される方の利用も受け付けております」
なるほど、闘技大会本番と同じ場所で特訓した方が良いってことだね。確かにそっちの方が捗りそう。
「武器庫はここから右手に進んだ先にあります。ご自由にお使い下さい」
「ありがとうございます」
頭を下げてから案内された方に向かう。さっき来た時は受付だけだったから思わなかったけど、なんか闘技場って言うだけあって素材は違うけど陸上競技のスタジアムと似てるんだよね、構造とか。武器庫に着いたけど、そこもなんとなく体育倉庫みたいだし。
体育倉庫もとい武器庫には、布を巻かれた棒とか色んな大きさの盾とか練習用っぽい武器がいっぱい置いてある。私は武器って使わないからあんまり関係ない気もするけど。
「雫ちゃんはやっぱり槍とか使うの?」
「メインはね。他にも幾つか試したい武器もあるのよ」
そう言って雫ちゃんは先端に布が巻かれた長い棒とナイフくらいの大きさの棒とか色々と手に取る。確かに雫ちゃんって器用そうだし何でも上手く使えそうだよね。私は不器用だから武器とか使いこなせる気がしないけど。
「灯も何か試しておきなさいよ。アリアって人が神殿に置いてた武器にこだわる必要もないんだから」
「そうは言っても……」
短い剣みたいな棒を握ってみる。でもこういうのって振り回すくらいしか出来ないんだよね。今から剣の練習なんかしても絶対に闘技大会までに間に合わないし。
「拳で戦うのならナイフとかどう? 逆手で構えて使えば徒手空拳と変わらないでしょ」
「あ、それめちゃくちゃ忍者っぽい!」
両手にナイフくらいの棒を握って構えてみる。うん、めちゃくちゃ忍者だ。でもコレならパンチの邪魔にならないね。
雫ちゃんは次々と色んな武器を手に取っては構えてみている。私としては槍か剣が似合うと思うんだけどね。クールビューティーな雫ちゃんはそういうスタイリッシュな武器の方が良い。細い剣とか絶対似合う。
「じゃあ行きましょ。大会当日までひたすら私と手合わせよ」
「楓ちゃん、怪我した時とかよろしくね!」
「ん」
いざ会場へ。そういえば雫ちゃんとはずっと別で特訓してたから凡竜と戦った時の一瞬しか動きとか見てないんだよなぁ。どんな戦い方するのか、ちょっと楽しみ!
* * *
闘技大会の会場は、円の客席に囲まれた広いスタジアムになってた。石のタイルが敷き詰められてるから陸上競技場なんかとは全然違うけど、広くて開放感ある感じが結構好きかも。
周りを見回したら遠くの方に何人か戦ってる人がいる。あの人たちも出場者なのかな。動きも凄いし強そう。
「私たちも始めましょうか」
「よっし!」
雫ちゃんが木の槍を構える。色々な武器を見てたけど、やっぱり槍だよね! 私もいつも通り拳を下げて動ける状態に構える。いつもと違うのは、両手に木のナイフがあること。
体勢を低く下げていつでも飛び出せるように全身に魔力を巡らせる。まだまだ私の方が身体強化は上手い。槍の長さを考えても、私に雫ちゃんの攻撃は当たらない!
「はぁっ!」
「それは右だっ!」
正面に突き出された槍を、叫びながら右手で払い除ける。そのまま隙が出来た雫ちゃんの懐に入り、左の肘を胸元目掛けて突き出す!
「エルボーッ!」
当てる瞬間に魔力を弱める。雫ちゃんが身体強化してるのは当然だけど、肘なんて当たったら絶対に痛いし。まあ、当たる瞬間に雫ちゃんも後ろに飛び退いてたから大丈夫だっただろうけど。
「……やっぱり灯の方が近接戦闘は上ね。変な掛け声は気になるけれど」
「え、変かな? 叫んでた方が力出るんだけど……」
ベラドンナちゃんにも「気合いが入ってて良いじゃない!」って褒められたんだけど。運動部の基本は掛け声でしょ。
「まあ良いわ。もう一度よ!」
またさっきと同じように構えて向き合う。槍の先端を見ながら、雫ちゃんがどう動くかを待つ。槍はリーチが長いから反応が遅れてしまったら私の拳が届く前にやられる。私はカウンターを狙いつつ、雫ちゃんに隙が出来る瞬間を見逃さないよう深く集中する。
(今だ!)
雫ちゃんの槍が一瞬下がったタイミングに合わせて一歩踏み込む。雫ちゃんが槍を出す前に、拳を届かせる!
「右ストレートッ! ……あれ?」
槍を前に突き出すと思ってそれより早くカウンターを決めようとしたのに、私のパンチは空気だけを打つ。
(フェイント!?)
重心を前に移動させたからそのまま来ると思って突っ込んだのに、まんまと騙されちゃった。雫ちゃんが後ろに跳んだと気付いた時に、私はそのままさらに強く前に踏み込んで跳躍する。跳ぶのは私の得意分野!
「そこ!」
雫ちゃんが槍を前に突き出す。今度はフェイントじゃないと確信して前に踏み込みつつ地面に手をつき右脚を軸にして頭を狙う左の回し蹴り! あ、武器持ってたら邪魔だなぁ……。
「甘いっ!」
即座に槍を引き下げて受け止められる。だけど私だって一撃で終わらせる気はなかった。受け止められた左脚をそのままバネにして身体を捻り右脚で追撃。
「二段蹴りッ!」
「くっ……!」
頭を狙ったキックは雫ちゃんに命中するはずだったのに、上手く膝を曲げてそのまま透かされる。そして着地の瞬間に上半身を狙われると思った私は蹴りの勢いそのままに地面に向かって右脚を伸ばす。ベラドンナちゃんみたいに上手くはいかなくても、空中で体勢を変えることくらいは出来る。
「灯、貴女って本当に陸上部よね?」
「うん、そうだけど?」
上手く着地できた私に雫ちゃんが訊く。中学校に入った時からずっと陸上部だし、むしろそれしか出来ないし。走って跳ぶくらいしか得意なことなかったし。
「貴女、新体操とかバレエでもやっていけたんじゃない? 結構柔軟な身体してるわよね」
「え? まあ、ハードルとか跳ぶ時って結構身体を曲げなきゃいけないし」
柔軟体操とか結構やってたからね。体力テストの長座体前屈も学年トップだったよ、実は。でも不器用だし覚えるのも遅いし、私にそういう振り付けを覚えたりするのって出来る気しないんだよね。
そんな話をしていたら、雫ちゃんが何かを思い出したみたいなハッとした顔をする。そして良いことを思い付いたらしくもう一度槍を構える。少し雰囲気変わったかな。
「ふっ!」
雫ちゃんが槍を横に薙ぐ。突きが来ると思ってたからちょっと驚いたけど、むしろ隙が大きくなるのが分かっていたから、冷静にしゃがんで避ける。予想通り、雫ちゃんは槍の遠心力でそのまま背中をこっちに向けてくる。今がチャンス!
「ボディがら空き!」
右手で脇腹を狙う。このまま槍で後ろを狙ってくるにはちょっと遅い。私の一撃は確実に当たる! ……そう思ったのに。
「あいたぁッ!?」
私の左側頭部に強く叩かれたような痛みが走る。その勢いで振り抜いた拳は雫ちゃんの脇腹を掠めて空振りしてしまった。ぅあ、めっちゃ痛い!
「私が槍しか使わないと思って油断したわね」
「んぇ? あ、左手に剣……」
握られてたのは木の棒もとい短剣。それを見てようやく左手の剣が私の頭にクリーンヒットしたんだと理解した。でもどう考えても間に合う速さのはずなかったのに。
「槍の勢いをそのまま利用して左腕を真後ろまで振り切っただけよ。腕が真横で止まったらギリギリ届かないけど、後ろまで回せば余裕で間に合うもの。身体の柔軟さでは私の方がまだまだ上よ」
「……あ! もしかして槍と一緒にずっと握ってたの!?」
「ええ。仕込み武器、なんて考えてなかったでしょ?」
さ、最初からずっと持ってたのか……やっぱり雫ちゃんって頭良いし、ちょっと性格悪いというか、相手の裏をつく、みたいなの得意だよね……私じゃ真似できないなぁ。
その後もひたすら戦って、勝ったり負けたりを繰り返した。雫ちゃんが結構容赦ないから私は全身が痣だらけで、たまに休憩で楓ちゃんに回復してもらったり、一緒に猫を撫でたり。闘技大会の当日まで、私と雫ちゃんの修行の日々が始まってしまったのである。怪我するのも慣れるかなぁ。
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