[第十四話]まず大事なのは情報収集よ、お分かり?
一夜明けて朝食を済ませた私たちは、ペリドットさんに遅くなるかもしれないことを伝えて街へと繰り出した。いつでも眠そうな楓に加えて私と灯も微妙に上手く寝付けず、あくびを堪えながら歩いていた。
「それで、朝から何するの? 修行?」
「それも大事だけど、まずは情報収集よ。私たちは闘技大会に出場するつもりではいるけど、そもそもその闘技大会がどんな大会なのかもほとんど知らないのよ?」
あの胡散臭いヒゲ男が数年前に出場した当時のことを少し聞いただけで、私たちは闘技大会が帝都のどこで開催されるのかすら知らないんだから。そもそも、出場するならば闘技大会の受付にエントリーする旨を伝える必要もあるでしょうし。うっかり出場登録が出来なくて賞金無し、なんて事態になれば宿の宿泊料金も払えないんだから。
ちなみに、このアーズランド帝国の通貨は“ゼル”というもの。物価で言えば1ゼルはほとんど1円と変わらないようなので、計算はしやすい方。ペリドットさんの宿の宿泊料金が1泊で10万ゼル程度、スイートルームで1泊およそ100万ゼルというのだからこの世界における宿の需要が高いことは分かるわね。あのヒゲ男から貰った資金は300万ゼルなので20泊もすれば全く支払えるものではない。だから資金確保のための闘技大会出場が必須なのよ。
「そ、そっか、出場出来なかったら賞金どころじゃないもんね!」
「だからまずは情報収集。大会の会場や受付を探して、ついでにメティア皇女のことについても知ることが出来れば良いわね」
ペリドットさんに色々と聞こうとしたら「私は情報屋でもあるので申し訳ないですが追加料金が掛かるんです……」と言われて敢えなく撤退。代わりに貰った帝都の地図を見ながら、とりあえず向かっているのはアーズランド城前の広場。会場を設営出来そうなスペースのある怪しい場所で、且つ人の往来が多そうな場所。
……しばらく歩いていて気付いたことだけど、人が多いのにも関わらずこれまでペリドットさん以外のエルフを一度も見ていない。ハーピィや獣人っぽい人は比較的少ないながらもすれ違うけど、エルフとは全くと言っていいほどに遭遇しない。やはり私たちの世界のファンタジー作品で扱われているように閉鎖的で且つ個体数が少ない、ということかしら。そうなると宿を経営しているペリドットさんがかなり異質に思えるけれど。
「雫、どうしたのー?」
「いえ、なんでもないわ」
楓に顔を覗き込まれて必要ない考えを振り払う。今は謎の多いペリドットさんのことよりも闘技大会のことよ。宿を出る時にペリドットさんから「大会に出場のエントリーをするなら紹介状をどうぞ。ヴァンさんの名前を出せば優先的に出場出来るでしょう」と紹介状も預かっている。皇女様1人相手に大勢の出場希望者がいるのだから少しでも選ばれる可能性が高くなるならありがたいわね。あのヒゲ男が何者なのか余計に気になるけれど。
「……それより、3人揃って手を繋いで歩くこともないでしょ。片手が塞がって地図が読みづらいんだけど」
私の左手を楓が、その楓の左手を灯が握っている。そんな仲良しみたいな。ちなみに猫は楓の頭の上に乗っている。可愛い。
「だって楓ちゃん、放っておいたらどこ行っちゃうか分からないし」
「それなら灯だけでいいでしょ」
「……雫ちゃんとはぐれたら宿に帰れなくなりそうだし」
「はぁ……」
まあ、灯だものね。私としても、灯と楓の2人だけでこんな大きな街を歩かせるのは不安ではあるし、はぐれないように手くらい繋いであげてもいいわ。地図が読みづらいのと、たまに楓が急に立ち止まろうとするのと、人混みを歩きづらいことに目を瞑れば問題はないし。
そうこう言いながら人混みを歩き続けておよそ20分。目の前の階段を上がればアーズランド城前の中央広場。人の流れもそちらに向かっているし、私の予想は当たりかしらね。
そしてたどり着いた中央広場には、中央広場という名前を改めた方が良いような巨大競技場のような建築がそびえていた。まるで古代ローマのコロッセオね。広場だったであろう円形の大きな土地が少し広めの道路程度しか残っていないのはどうなのよ。と、いうよりも、ペリドットさんがくれた地図はいつの物なのよ。もはや中央広場なんて影も形も無いじゃない。
「あ! ねえねえ雫ちゃん、あっちに大きい看板があるよ! なんて書いてあるの!?」
「えーと……“アーズランド国立記念闘技場”ですって。やっぱりここで合ってそうね」
灯にもそろそろちゃんと字の読み方くらい覚えてほしいと思いつつ、看板の下に開く大きな入り口へと向かって楓たちの手を引く。早く出場の登録を済ませて少しでも安心させてほしい。この闘技大会に出場することが今は最優先事項だもの。
闘技場の中に入ると、予想通り受付のカウンターで何人かのガタイの良い人たちが出場登録の手続きをしていた。カウンターの横に設置されているルール説明の立て札にはやはり「出場者は原則抽選で選びます」と大きく書かれている。とはいえある程度の例外はあるみたいだから、ヒゲ男の紹介状に頼らせてもらおうかしら。
「出場登録をしたいのですが」
「出場を希望の方たちですね。こちらの表に名前をご記入下さい」
渡された紙に私と灯の名前を書く。やっぱり書き慣れていないから難しいわね。そして紹介状を一緒に手渡す。
「こちらは……なるほど、ヴァン・ザカード様の紹介ですね。確認して参りますので少々お待ちください」
受付係の人が紹介状を持ってカウンターの奥に引っ込む。間違いなく本物の紹介状で合っているし、ヒゲ男がサインに魔力を込めたと言っていたから調べてもらえば間違いないと分かるはずよ。とはいえ、私たちはあの男の正体を未だに知らないわけだから、皇女様に勝ったという話も本当なのか分からないのだけど。あの紹介状の効果の程で正体の一端は掴めるかしらね。
数分後、受付係の人が戻って来たのだけど、その後ろに衛兵っぽい人たちが並んでいたから少し驚く。や、やっぱり私たちを騙そうとしてた犯罪者……?
「メティア皇女殿下から『優先出場権を与えてください』との命令ですので、シズク様、アカリ様ともに出場決定です。そして、よろしければヴァン・ザカード様の行方をお教えいただきたいのですが」
「えっと……帝都近くのセレニアという街ですが……あの人、何かしでかしたんですか?」
私の問いに受付の人は「とんでもない!」と首を振る。
「あの方は第一回メティア闘技大会で唯一の勝者、伝説に名を残す“炎龍のヴァン”と呼ばれた英雄ですよ! メティア皇女殿下はあの方をとても高く評価なさっていて『いつか本気での再戦がしたい』と常々仰っています。第一回大会以降全くと言っていいほど消息を絶っておられましたので、近くにおられるならばお連れしろと命じられております」
あの話、本当だったのね。そう思えば、私たちは凄い人に戦い方を教わった、ということかしらね。なにせ伝説呼ばわりだもの。
「本人から『あの時は皇女を殺すつもりで戦って辛勝だった』とは聞いてるけれど、皇女様本人はそう思っていないのね」
「いえ、我々から見てもあの戦いはヴァン様の圧勝とは言えないものだったと思いますし、メティア皇女殿下も自分が優勢であったことは理解なさっております。しかし、それは魔術、魔法が禁止だったから、と我々は思っています。本来、ヴァン様は魔法使い。剣の腕も一流ではありますが、あの方は魔法と双剣技を組み合わせて戦う独特の戦法こそ本来の実力と言えるでしょうから」
……そういえば、私たちが盗賊に襲われていたのを助けてくれた時に「剣士が魔術をやってんじゃねえ、魔法使いが剣術を極めてんだ」とか言ってたような気がするわね。なるほど、魔法使いが剣術だけで戦ったものを本気だったとは捉えていない、ということね。そうは言っても、ヒゲ男自身があの怯えようじゃ再戦は難しい気もするけど。
「まあ、出場権が得られたならあの男がどうなろうと知ったことじゃないわ。灯、楓、行くわよ」
楓と灯の手を引いて闘技場を出る。とりあえず、闘技大会に出場できると決まったなら目的は達成。次は実際に戦う際のことを考えてメティア皇女の情報が欲しいところね。対策が通用するかはともかくとして、せめて戦い方や性格面が知れれば少しでも有利に戦えると思うのだけれど。
皇女様だから、恐らく帝都の住人に訊けばある程度の情報は簡単に入手できると思うのだけど、より確かな情報を得るならば過去の出場者に訊くのが確実かしら。とはいえ、そうなればまず先に過去の出場者を探す必要が出てきて二度手間になるわね。それでも、少しでも賞金が獲得出来るようにと考えれば必要な手間だと思う。
「ねえ雫ちゃん、先にお昼ご飯食べに行こ?」
「あら、もうそんな時間?」
ポケットに入れた懐中時計を見ると、針はそろそろ正午に差し掛かる辺りを示していた。レストランなんかにも意外と情報が集まりやすいものだから、食事ついでに情報が手に入れば儲けものと思って出来るだけ流行っていそうなお店を探す。あら、混みすぎてもいない程良く流行っているレストランがあるわね。
「灯、楓、そこのお店に入るわよ」
「お腹すいたー」
空腹を訴える楓の手を引いて、レストランに足を踏み入れる。店員に案内されるまま4人掛けのテーブル席に座りメニュー表を広げてみたけど、流石に変なメニューは載っていないようで胸を撫で下ろす。雰囲気的にもファミレスみたいな感じの店なのかしらね。メニューもステーキやハンバーグを中心にファミレスのような料理が多い。
「――メニューはそんな感じだけど、灯は何が食べたいかしら?」
「えーと……ハンバーグ、かなぁ。そういえば長い間食べてなかった気がするし」
私は元々少食なのもあるし、灯のよりも小さめのハンバーグにしておこうかしら。ライスも少なめで。
「わたしサーロインステーキ」
メニュー表を指差し主張する楓。実はかなりいっぱい食べるのよね、この子。それでいてあまり活発に動くタイプじゃないのに全く太る気配もないし、人によっては羨ましく思う体質よね。私も沢山食べられるのは羨ましいと思うわ。
頼むものが決まったから手を上げて店員さんを呼ぼうとしたところで、空いていた私の隣に知らない女の人が座る。
「失礼するわ! 貴女たち、闘技大会の出場者でしょう?」
「そ、そうですが、貴女は誰ですか?」
背中に届くワインレッドのふんわりカーリーヘアに、キラキラ輝く強気そうな空色の瞳。そして最低限の装飾だけど上品にまとまった綺麗なドレス。まず間違いなく貴族のような上流階級のお嬢様であろう華やかなお姉さん。この人は誰なのかしら。
「私はルナール・ドゥ・メルキュール。貴女たちと同じく闘技大会の出場者よ! 闘技場で面白いやり取りをしていたから追いかけてきたの!」
あまりに突然現れたから驚きのままだったけど、メルキュールという名には聞き覚えがあった。たしか帝都に着く前にベラドンナが「メルキュールの王女様が闘技大会で勝った」と言っていた気がするけれど、まさか。
「……もしかして、と思って聞きますけど、貴女はメルキュール王国の王女様ですか?」
「あら、私のこと知ってるの? そう、私はメルキュール王国第一王女よ! 今はアーズランドに留学中だけどね!」
王女様のテンションがやや高いことが気になるけれど、それ以上に本物の王女様が目の前(というか真横)にいることのほうが気になって仕方ない。とはいえ、闘技大会で勝利したという数少ない人の1人が自分から接触してきてくれたのは思わぬ幸運。色々聞かせてもらおうかしら。
「あ、注文まだよね! 頼んじゃいましょ!」
王女様が手を上げて「すみませーん!」と店の人に呼び掛ける。そういえば注文する直前だったけど、あまりに突然のことで失念していたわ。って、王女様もさりげなくステーキ頼んでるし。
完全に流れを持っていかれている気がするけれど、情報を得る絶好のチャンス。ここで怖じ気づいている場合じゃないわね。
「王女様は闘技大会に参加なされるんですか?」
「ええ、当然出場するわ! 去年の前期大会でメティアに勝ってからずっと出場しているのよ!」
どうやら闘技大会は半年に一度開催されるらしく、目の前の王女様は去年の前期大会から4回連続での出場になるらしい。ならばなおさら情報を聞き出したいわね。そこまで何度も戦っていればほとんどメティア皇女のライバルみたいなものだし。
「それより、私のことはルナールと呼んでほしいわね。一応このアーズランド帝国では普通の学生だもの」
そうは言っても王女であることは事実。あまり不敬な呼び方は色々と怖いわね。そもそも王女様は年上っぽい雰囲気があるし。あ、不敬とか言うならばそもそも自己紹介がまだだったわね。
「遅れましたが、私は海原雫です」
「私は天道灯です!」
「わたし森野楓……」
「いいわね、素敵な名前よ! 貴女たち、妹と同じくらいの歳かしら。妹ほどじゃないけど可愛らしいわね!」
詳しく聞くと、ルナールさんは16歳だそうで、妹さんは今年で14歳になったらしい。故郷に置いてきた妹に会いたいけど卒業するまで会えないとか。アーズランドとメルキュールって遠いのかしら。
世間話に花を咲かせていると、やっと料理が運ばれてくる。すると待ちきれなかったのかナイフとフォークを握って待機していた楓がすぐさまステーキを切って口に放り込む。百科辞典のような分厚いお肉だけど、たぶん余裕で食べられるんでしょうね。
そして会話が途切れてテーブルに料理が並んだ頃、意を決したように灯が勢いよく手を挙げる。
「じゃあルナールさんに質問! ぶっちゃけメティア皇女の弱点は!?」
そういえば異世界に来て以降は若干慎重な振る舞いが多かったけど、本来は物怖じせずに突っ走っていくタイプだったわね。色々と飛躍し過ぎだけど。
「メティアの弱点? 色々と思い付くけど、技がまだまだ未熟なのと性格が素直だから動きが直線的なのは明確な弱点かしら。まあ人間離れした素早さで“天翔る流星”とか“地を疾走る雷霆”とか呼ばれてるくらいだし、そこが分かっていても実力が無いと勝てる相手じゃないけどね」
あ、ちゃんと教えてくれるのね。実際に戦って勝った人の意見だから参考になるわね。まあ、ルナールさんの言う通り実力が無いと弱点なんて意味無いけど。
「やっぱりルナールさんの方が強いんですか?」
「そうよ! ……と言いたいけど、メティアの強さは桁違いよ。私は戦い方を工夫して上手く弱点を突いているだけだもの。間違いなく、今この世界で一番強い人間はメティアね。私も才能で劣ってるとは思わないけど!」
灯の質問に対してそう言って笑うルナールさんだけど、むしろ相手の方が強いと理解した上で勝負して勝てるのならそっちの方が凄いと思うけど。
「本気で勝ちを狙うつもりなら応援するわ! メティアもやる気のある若い子が挑んでくるなら喜ぶでしょうね!」
いつの間にかステーキを完食していたルナールさんは「頑張ってね! 私も本気で勝ちを狙っていくわ!」と言って私たちの分も含めて支払いを済ませ店を出ていった。引き止める間もないわね……。
「あ、嵐のような人だったね……!」
「……初対面の時の灯も似たようなものだったわよ」
「え!?」
それはそうと私たちも食事を済ませてしまおうかしらね。せっかく情報も得られたことだし、午後からは対策も含めて灯が朝に言った通り修行にしましょう。幸いにも闘技大会まではまだまだ時間があるし、ここからは毎日修行よ。私たちはルナール王女に感謝しつつ店を後にした。
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