[第十三話]帝都史上最も流行っている三ツ星宿のペリドットさん

 穏やかで人の往来も多い街道を抜けて、見付けた大きな看板に「この先帝都ロンディミア」と書かれていたからようやく私たちの旅の最初の目的地に着いたんだと安心した。思えば、私たちがこの世界に転移してきてから何日が経ったかな。修行したりで結構経ってると思うけど。


「ねえ雫ちゃん、私たちがこの世界に来て何日くらい経ったっけ?」


「正確には数えてないけど、半月以上は経ったんじゃないかしら。ドレシーアにしばらく滞在して修行していたから、多分それくらいじゃないかしらね」


 半月か……思ったよりも長かったような、短かったような、体感ではもっと長かったような気もしてるよね。初めてのことばっかりで余計にかな。元々知り合い同士だった雫ちゃんはともかく、この世界に来る時に出会った楓ちゃんともずっと昔から一緒だったような気さえするのに、実際にはまだ出会って半月ってことだもんね。


「……でも、そう思うと自分でも驚きね。私もすっかりこのファンタジーな世界に慣れてしまっているけど、まだ半月しか経ってないのだもの」


「色々やってたらあっという間だよね……それにしたって違和感なさすぎる気もするけど」


 明らかにファンタジーな中世ヨーロッパっぽい風景で剣と魔法の世界って感じなのに体感的にあんまり元の世界と変わらないというか、感想としては田舎のおばあちゃんの家に行ってそこの近所を歩き回ってる時みたいなイメージ。救世主として召喚されたくらいだから私たちがちょっと特殊なのかもしれないけど。


「でも、半月ほどこの世界に滞在しているのに世界滅亡に関する情報が何一つとして見つかっていないし、まだまだ私たちの旅も長引きそうだけれど……ほら、帝都の門が見えてきたわよ」


 人混みを抜けた先にそびえ立つ灰色のレンガで出来た大きな壁と、そこに開かれた大きな門。驚くのが、左右どちらに目を向けてもその壁が果てしなく続いていること。今までの街とは比べ物にならないくらい威圧感があって、きっと知らずにこの街にたどり着いても帝都なんだと分かってしまいそうなほど。門の先に見える道も階段も同じレンガだ。


 門番をしている鎧の兵士さんに会釈して、ようやく帝都の門をくぐる。若そうな兵士のお兄さんが「帝都ロンディミアへようこそ!」と笑顔で何度も挨拶しているのを見て、なんかテーマパークに来たみたいな気持ちになっちゃった。いや、結構そういう雰囲気あるよ、ワクワクするし。


「とりあえずあのヒゲ男が言ってたペリドットって人の宿を探すわよ。情報とかもあれば聞けるでしょうし」


「うん! とりあえず街に着いたら宿の確保、もう定番だよね!」


 これまでいくつかの街を渡り歩いてきて宿の重要性を理解出来た。特に、帝都の宿は豪華で凄いってベラドンナちゃんもヴァンさんも言ってたし! 多分料理も美味しいはず!


 と、いうわけで、とりあえず街の人に道を聞かなければ! 雫ちゃんに背中を押されて、適当な第一街人に声を掛ける!


「すみません、道をお尋ねしたいのですが!」


「はい?」


 振り返ったのは、全身を鎧で覆って顔すら見えない騎士っぽい人。装飾の綺麗なスラッとした鎧と背中のマントを見るに、多分この帝都の騎士団の偉い人とかそんな感じかな? 顔は見えないし声が篭もってて分かりづらいけど、なんか良い人そうな感じがする。


「ああ、旅の人ですか。どこに行きたいんです?」


「えっと、ペリドットってエルフの方がやってる宿なんですけど」


「ペリドットさんの宿なら……目の前の階段を上がって次の交差点を左に曲がってすぐの“アンダーストーン”という名前の宿ですよ」


 鎧の人はジェスチャーを交えながら丁寧に説明をしてくれる。喋り方が優しそうな感じだから鎧は若干威圧感あるけど怖い人じゃない。私たちは3人揃ってお礼を言ってから歩き出す。目立つ人だし、次に出会った時に何かちゃんとお礼ができたらいいな。


 言われた通りに階段を上がってから左に曲がる。背の高いレンガ造りの建物が多いけど、なんとなく東京、大阪辺りの町中とかを思い出す。人通りが多くて色んなお店とかホテルみたいな建物が並んでる感じとか、都会のビル街みたい。いや、私たちが住んでたのは田舎の住宅街だったから微かな記憶からのイメージだけなんだけど。


「ここみたいね」


 雫ちゃんが宿っぽい建物の前で立ち止まる。まだ私は文字が読めないから看板に何が書かれてるのか分からないけど、楓ちゃんも頷いてるし多分アンダーストーンって読むんだろうな……早く読めるようにならなきゃ。


 早速入ろうと思って扉を開くとカランカラン、と鈴が鳴る。エントランスは正面に受付のカウンターがあって、左右の通路を見ると客室がたくさん。エントランスの上が吹き抜けになっていて、見た感じ3階建てみたい。焦げ茶色の木で出来た壁と濃い赤の絨毯が高級感ある。


「いらっしゃいませ」


 カウンターに立つ綺麗なお姉さんが美しい所作でお辞儀する。サラサラの金髪を肩の上で切り揃えて三つ編みの……ハーフアップ、だっけ、にしたお姉さんだ。耳が尖っているから雫ちゃんが言ってたエルフって種族なんだと思う。あの人がペリドットさん、かな?


「部屋は空いていますか?」


「そうですね……数時間前にキャンセルが出たのですが、スイートルームでも構いませんか……?」


 エルフっぽいお姉さんは困ったように眉をハの字にして笑う。スイートルームなんてどう考えても高いし、しばらく帝都に滞在するつもりの私たちには厳しいかもしれない。雫ちゃんもちょっと困ったように料金表と財布を見比べる。


「一応支払えるけど、帝都に来て初日にこの出費は痛いわね……」


 あ、支払えるんだ。ヴァンさんは私たちにどれくらいのお金を渡してくれたんだろう……え、帝都の宿のスイートルームだよ?


「……貴女がペリドットさんで正しければ、一応紹介状があるんですが」


「紹介状、ですか?」


 雫ちゃんがヴァンさんから貰った封筒を手渡す。あの紹介状にどれくらいの意味があるのか分からないけど、ちょっとくらい値引きしてくれたら助かるよね。ヴァンさんの人望、お願いします!


「……ああ、ヴァンさんのお知り合いなんですね。でしたらスイートルームにお泊まりください。お代は次のメティア闘技大会が終わるまで支払いをお待ちしますので」


「え?」


 私と雫ちゃんが、同時に驚きの声を上げる。闘技大会まで支払い延期……? ソレはつまり、闘技大会の賞金で払えということですか……? え、退路が無くなった……?


「その紹介状、見せてもらってもいいですか?」


 雫ちゃんが推定ペリドットさんから紹介状を返してもらい、中身を確認する。ヴァンさんからの紹介状に同封されていた手紙には「闘技大会で活躍して有り余るくらい賞金を持って帰ってくるだろうから良い部屋を貸してやってくれ」と書かれているらしい。そ、そんなに評価されても困るんだけど……というか、賞金貰えなかったらどうすればいいの? 働いて返すしかないよ?


「ヴァンさんにはこの宿を開業する時に色々とお世話になったので紹介状で宿泊料金は割引させていただきますし、2週間後に開催される闘技大会までの宿泊料金を過去の賞金の最低平均額で計算しましても……ええ、十分にお釣りが出る程度はあると思いますので、支払いの延期は可能ですね」


 笑顔で算盤のようなものを弾くペリドットさん。いや、うん、賞金が貰えたら、の話だけどね? 泊まっておいて賞金無かったじゃ済まないけどね?


 どうしようかと悩み躊躇う私たちに、ペリドットさんは更なる無情な事実を提示する。


「今の時期は闘技大会が目前に迫って観光客や出場しようと訪れた冒険者でどの宿もスイートルームくらいしか空いてませんし、恐らくですが私の宿が料金的にも一番お手頃価格なんです……」


「……この料金で一番手頃な宿、なんですか?」


 雫ちゃんが不機嫌そうに眉を寄せる。そして私に「一番ランクの低い部屋でも今までの街で泊まった宿の倍はするわよ」と耳元で教えてくれる。さ、さすが帝都、とてつもない物価高……。


「……ねぇ、灯。私たちが闘技大会で活躍すれば実質的にタダでスイートルームに泊まれることになるわけだけど、どうする?」


「まだ皇女様の実力がどれくらいなのか具体的に分からないけど、勝てなくてもそれなりに実力を示せれば賞金が出るって話だから今から別の宿を探しに行くより良いかも、とは思うよ……?」


 もう日が傾き始めてるし、ここを出て空きがあるのかも分からない別の宿を探しに行く方が大変な気がする。むしろ、紹介状のおかげで割引すらしてくれるこの宿に泊まるのが一番良いと思うし。私は雫ちゃんに頷きで合図する。


「ここに泊まります。けど、大会までに低いランクの部屋が空いたらそちらに変更、というのは出来ますか?」


「恐らく大会までに空きが出る可能性はほぼ無いとは思いますけど、一応可能ですよ。それではキャンセル待ちリストの方にもサインをお願いします」


 雫ちゃんは宿泊の契約書とキャンセル待ちリストにサインする。書くのに少し苦戦してる感じがあるけど、それを言ったら「読めるようになっても書く方は慣れてないのよ!」と怒られた。そりゃそうだ。


「シズク様、アカリ様、カエデ様、ですね。お部屋まで案内いたします」


 ペコリとお辞儀してカウンターから出てくるペリドットさん。私たち3人はそのままスタスタと歩いていくペリドットさんを追いかける。階段を上がって、案内されるのは3階だと思ってたんだけど、更に上の階があるみたいで4階まで連れて行かれる。スイートルームは4階だったのか。


「こちらになります」


「!?」


 4階、1部屋しかないんですけど。え、まさかフロア全体がスイートルームってこと? な、何それ大きくない!?


「ご希望でしたらお食事はお部屋に運びますが、どうなさいますか?」


「え、あ、じゃあお願いします」


 雫ちゃんもちょっとテンパってるみたいで表情がガチガチ。楓ちゃんはいつも通り。この子凄いな。


 鍵を受け取って、早速部屋に入ってみる。うんリビングめっちゃ広いね20畳は余裕であるようん。バーカウンターみたいなのがあって色んなお酒の瓶が置いてあるし、お風呂は大きな円形でちょっとしたプールみたいだし、寝室のベッドは天蓋付きでしかもちょっとした部屋くらいあるし、本当に昔テレビで見たような高級マンションの部屋みたい。


「ルームサービスは外の扉にメモを書いて挟んでおいてもらえればお持ちしますのでご利用ください。では失礼します」


 そう言って静かに一礼したら、ペリドットさんは部屋を出ていった。まだ高級宿への緊張感でガチガチな私と雫ちゃんを他所に楓ちゃんはリビングのテーブルに置いてあった果物を物色し始める。いやいや、ちょっと自由すぎるよ!? なんなら猫のほうが緊張でガチガチだよ!?


「し、雫ちゃんだって結構なお嬢様じゃなかったっけ?」


「わ、私だってこんな高級ホテルとか泊まったことないわよ!」


 そうして帝都に来た初日が過ぎていった。夕食を運んできたペリドットさんがまだまだガチガチに緊張していた私たちを見てクスクスと笑っていたことは早く忘れよう。自由気ままにソファでゴロゴロする楓ちゃんが羨ましい、そんな日だったとさ。

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