[第十二話]そして私たちは帝都ロンディミアへ

 無事に凡竜討伐を果たした私たちは、翌日の朝から馬車に揺られていた。馬車が使えるんなら最初からそうして欲しかったけど、ヴァンさんが「馬車に乗ってたんじゃ修行のつけようがないだろうが」と言うから不服ながら納得した。


「ドレシーアから帝都ロンディミアまでは馬車を使えば1日もありゃ着く。だがこの馬車はひとつ手前のセレニアで降りる」


「え、直接帝都まで行かないの?」


 このまま馬車一本で帝都まで一直線と思っていたのに、まさかの1歩手前で途中下車するらしい。そのまま行けば良いのに。


「ちょっと訳あって俺ぁ帝都には行けねぇからな。帝都に行くのはお前ら3人だけだ」


「あら、やっぱり帝都で捨てていく気なのね」


 雫ちゃんが皮肉げにクスクスと笑う。いやいや、何か理由があるはずだって、多分!


「帝都にゃ会いたくねぇ奴がいるからな。俺はセレニアにしばらく滞在するつもりだから用があったら戻って来りゃいい」


「アタシはヴァンの傍から離れたくないから、悪いけどしばらくお別れよ」


 ヴァンさんとベラドンナちゃんとはしばらくお別れか……もう少し色々と教えて欲しかったんだけど、仕方ない、かな。


 ヴァンさんはしばらく何か考え事でもしてるような不機嫌そうな顔をした後、1つ提案した。


「お前ら、帝都ロンディミアに着いたら第五皇女の闘技大会に出るのも良いかもな。俺ぁ二度と御免被るが、アカリなんかは結構いい線行くんじゃねえか?」


「第五皇女……様?」


 ヴァンさんの提案に私は聞き返す。なんか偉い人っぽいけど。


「アーズランド帝国第五皇女、メティア・アーズランド。自他共に認める人類最強の化け物だ。何せ10歳の時に原竜2頭を1人で撃退しちまったらしいからな」


「原竜って、ヴァンさんが前に言っていた?」


 雫ちゃんが思い出して訊く。確か凡竜より強い、国を滅ぼせるくらい強い化け物とか何とか。え、そんなに強いの倒せる人いるの!?


「ああ。基本的に、普通の人間なら原竜1頭を相手に死ななきゃ充分過ぎるくらいに強いがな。それを2頭相手にたった1人で、掠り傷程度の負傷だけで撃退したってんだから、紛れもねぇ化け物だ」


「その皇女様と戦うの? ……私死なない!?」


 1人で国を滅ぼせるような人ってことでしょ!? 私ミンチになっちゃうんじゃない!?


「闘技大会っつってんだろ。メティア皇女はめちゃくちゃ手加減してくるし使う得物はただの棒切れだ。よほどヨボヨボの年寄りでもなきゃ骨折くらいで済む」


「骨折はするんじゃん!」


 そんな大会に出るの? 流石に怖いんだけど!?


「その口振りだと、ヴァンさんも挑んだの?」


 私が文句を言うのをサラリと流して雫ちゃんが気付いたようにヴァンさんに問いかける。


「……ああ。3年前、13歳のメティア皇女にな」


「……負けたのかしら?」


「……いいや勝ったよ。多分俺が唯一な」


「そのわりに悔しそうだけど?」


 なんというか、凄く苦々しい顔で話すからついつい口を挟んでしまった。ヴァンさんってそんな顔も出来るんだ。


「皇女は手加減するって言っただろ。……俺は皇女を殺すくらいの気で戦って、なんとか経験の差で辛勝。そんで息も切らしてない13歳の小娘に“お強いのですね!”なんて笑顔で褒め称えられたんだ、悔しさで死にたくなったぜ」


 ヴァンさんは卑屈な笑みを浮かべて「俺もそれまでは人類最強って呼ばれてたんだがな」と溢す。その目には影が射す。うわぁ、確かにそれは悔しいだろうな……。


「まあ挑むだけ挑んでみろよ。メティア皇女に見込みがあると思われりゃそこそこの家が建つ程度の賞金、万が一にでも勝てりゃ小さめの城が建つくらいの莫大な賞金だ。勝てなくて怪我しても治療費は向こう負担だ、当たって砕けろ」


「砕けるの私の骨だよね!? 治癒魔術ですぐ治るとしてもすっごく痛いよね!?」


「わたし治すよ?」


 楓ちゃんが本音か冗談か、真顔で言い放つ。いやいや、治るとしても痛いのは痛いじゃん!?


「シズクも挑戦しとけ。稽古つけてやってんだ、結構実力付いてきただろ? 魔法、魔術の類いは使用禁止だが使う得物は殺傷力の無い棒切れとかなら問わねぇ。使用する数もな」


「……身体強化は使えるの?」


「皇女は使ってこないが、こっちが使う分にゃ制限はねぇよ。……まあ、身体強化しようがあんまり関係ないが」


 か、関係ないのか……え、それ本当に人間なの? 人間の形した別の何かだったりしない?


 そこまで聞いて、ふと私の頭に電撃が走ったように1つの答えが浮かんだ。うん、間違いないね。


「ヴァンさんが会いたくない人ってその皇女様のことでしょ!」


「……ああ、そうだよ。1回勝っちまったせいで帝都で指名手配みたいに探されてんだ。俺ぁ二度とあんな化け物と戦うのは御免だぜ。ましてや俺が勝った時から3年、今のメティア皇女がどれだけ強くなってるか予想も出来ねぇし」


 本気で嫌がってるみたいで面白い。いや、面白くない。私たちもその皇女様と戦えって言われてるんだった!


「ヴァン、残念なお知らせだけど、アンタの後で皇女に勝ってるのが2人いるらしいわよ」


「……おい、マジかよ」


 ベラドンナちゃんの出してきた情報にヴァンさんが顔をしかめる。更に追い討ちみたいに「しかも片方は皇女が本気出したって話よ」と笑う。え、そんな化け物みたいな人がいっぱいいるの?


「確かエルフのお姫様と同盟国メルキュールの王女様、だったかしら。アタシも帝都に立ち寄った時に噂を聞いただけだから詳しくは分からないけど」


「エルフの姫はともかく、メルキュールの王女……まさか人間でメティア皇女に勝てる奴がいるとはな……」


「そっちはメティア皇女も本気は出してなかったらしいけど、メルキュールの王女様も身体強化はしてなかったって」


 この世界の王族の人ってみんな強いのかな。いや、強いから王族なのかも。


 話を聞いていて、雫ちゃんが考え込むような難しい顔をしてる。何か気になることでもあったのかな。


「雫ちゃん、どうしたの?」


「いえ……ハーピィ、ワイバーンと来てエルフもいるのかと思ってね」


「……エルフって何だっけ、妖精とかそういうのだっけ?」


 なんか聞いたことはあるんだけど、どんなのだったか思い出せない。勝手なイメージ、羽の生えた小さい妖精みたいなの。


「まあ、古いファンタジー作品ならそういうのもあったかしらね。最近のファンタジー作品で言うなら、耳の尖った長命の亜人種、みたいな扱いの方が多いかしらね」


 ああ、なんかそういうの見たことあるかも。でも私はあんまりアニメとか漫画とか詳しくないからイマイチ印象ないかなぁ。


「この世界のエルフもだいたいそんな感じだな。昔は単純に亜人種って呼ばれてたが異世界人がエルフって呼び始めてな、そっちの方が印象良いからってエルフたち自身も積極的に名乗るようになったが」


「割と異世界人の影響出てるわね……結構多いのかしら、異世界人」


 私たちが召喚されてきたみたいに転移してきた人がいっぱいいるのかもしれない。でも言葉が通じるからそんなに苦労しなくて済むし意外と快適に過ごしてるのかな。大きな街に定住すれば危険もあんまり無さそうだし。


 話が逸れたからヴァンさんが一つ咳払いをしてから口を開く。


「……ともかく、そんな皇女殿下に挑むだけでも挑んでみろって話だ。セレニアに着く頃に一応ある程度の旅費は渡しておくが、それだけで帝都に滞在するのも心許ないだろうしな。お前らなら伸びしろ込みで帝都の一等地に家建てられるくらいの賞金は貰えるだろうぜ」


 そう考えたら挑み得、なのかなぁ。正直怖いけど、ただの闘技大会で命の危険は無いって話だし。うん、多少痛いくらいは我慢できるし、それなら少しは頑張ってみようっと!


 セレニアまでもまだもう少し掛かるし、雫ちゃんに文字の読み方でも教えてもらおうかな。馬車は思ったより揺れなくてかなり快適だし。



 * * *



 帝都ロンディミア手前の最後の街、セレニアに到着した。馬車で一晩越すことになったのはちょっと疲れたけど、セレニアからロンディミアまではそんなに遠くないみたいだからちょっと休んだら出発かな。


「シズク、お前に旅費と紹介状を渡しておく」


「……紹介状? 貴方のコネでどこに行けばいいのよ」


「帝都で宿をやってる“ペリドット”って名前のエルフに渡してみろ、貸しがあるから多少のサービスはしてくれるだろうぜ」


 雫ちゃんが財布代わりの巾着袋と小さい封筒を受け取る。雫ちゃんはヴァンさん相手に結構ツンツンした態度取ってるけど、かなり信用されてるよね……なんかちょっと不満。財布任せられてちゃんと管理できる自信もないけど。


「まあ、ここから先はお前らで頑張っていけ。親友との約束があるから手伝えることはこの先も手伝うつもりだが、凡竜を倒せるところまで実力つけりゃ、当分はお前らだけでやっていけるだろ」


 いつもの不敵な笑いとは違う穏やかな顔で、ヴァンさんは別れを告げる。不安はあるけど、仕方ない。私たちだけでもなんとか出来ると認めてもらえた、と思えば少し嬉しいし。そして私たちはベラドンナちゃんにフワリと翼で包まれる。


「短い間だったけど、アンタたちと一緒に旅をするのは楽しかったわ! またいつか、今度はアンタたちと普通に友達として遊びに行ける時を楽しみにしてるわ!」


 寂しいけど、ベラドンナちゃんはヴァンさんと再会して一緒にいることが目的だったんだから、別れるのは仕方ない。一緒にお風呂に入ったりご飯を食べたりした毎日は、私たちにとってかけがえのない思い出になった。異世界で最初に出来た友達として、師匠として、私はベラドンナちゃんが大好きになった。


「それじゃあヴァンさん、ベラドンナちゃん、またいつか!」


「あんまりベラドンナを困らせないようにね」


「ばいばい」


 そうして2人とは別れた。色々と助けてもらって、修行をつけてもらって、今度会う時は何かお返しが出来たらいいな、なんて話をしながら、私たちはセレニアを出発した。半日も歩けば帝都ロンディミア。ここからが本当の私たちの冒険の始まりだ!

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