[第十一話]初めての魔物討伐!

 3日が経って、私たちは見事に身体強化を会得していた。私と雫ちゃんはベラドンナちゃんとヴァンさんに稽古をつけてもらってそこそこ動けるようになったけど、楓ちゃんはもともとあんまり体力がない方だったみたいで、身体強化をしてもそんなに素早くは動けないみたい。


「3人ともある程度動けるようになったな。特にアカリ、お前はもう凡竜程度なら倒せるだろ」


「ぼん、りゅう?」


 ヴァンさんの口からあんまり聞いたこと無いような単語が飛び出した。凡竜、平凡な竜? え、ドラゴン!?


「この世界には2種類の竜種がいるわけだが、凡竜ってのはまあ、文字通り平凡な竜のことだ。もう片方は原竜、こっちは文字通り原種ってわけだ」


「凡竜と原竜……意味をそのまま捉えるなら原竜の方が格上ってことかしら?」


「そうだ。凡竜の方は駆け出し冒険者にとって単独での討伐が一人前になった証として扱われてる程度のもんだが、原竜の方は一流の冒険者でも遭遇したら即撤退が基本だ。なにせ原竜が1頭いりゃあ街ひとつ滅ぶとも言われてるくらいだからな」


 そんな恐ろしい生き物が存在してる世界だったなんて。ヴァンさんは「まあ凡竜も5頭いたら小さい村くらい滅ぼせるだろうが」と付け加える。いやいや、そんな怪物が私に倒せるかな!? 想像したくないんだけども!


「ベラドンナ相手にある程度戦えてるなら凡竜なんか雑魚だ、雑魚。な、ベラドンナ?」


「アタシの攻撃を捌けるようになってきてるし、流石に凡竜なんかに負けたりはしないでしょ」


 ……どうやら私もそろそろ一般人を名乗れないらしい。さようなら、平凡な日常。


「アカリもカエデももちろん成長著しいが、お前ら3人の中で戦術的な要はシズクだ、ソレを忘れるなよ」


「……私? どう考えても攻撃も回復も担える楓だと思うけど」


 雫ちゃんが不服そうにヴァンさんを睨む。雫ちゃんを評価してないわけじゃないけど、私としても楓ちゃんが重要な役割を担っているんじゃないかと思う。魔術だけじゃなくて魔法だってあるし!


「シズク、お前の持ってる武器は槍なわけだが、槍っていう武器の利点は分かるか?」


「リーチが長いこと、でしょう? 灯みたいなインファイターには一方的に間合いを取れるわ」


 雫ちゃんが槍の柄を私の肩に当てる。このまま腕を目一杯伸ばしても雫ちゃんには届かない。めちゃくちゃ不利だ……。


 でもヴァンさんは「それも勿論利点にゃなるが、素手の方が速いだろ」と返す。確かに、槍を動かすよりも腕だけを動かす方が素早いかも。


「槍の最大の利点は『斬撃、刺突、打撃の全てを使い分けられること』だ。先端の刃で斬ることも突くことも出来る、柄の部分で叩くことも出来る、そういう万能の武器なんだ。斬撃が効きにくい硬い相手に刺突や打撃で、打撃が効きにくい柔らかい相手にゃ斬撃や刺突で。それに加えてシズクは魔術もそれなり以上に扱える。相手を選ばないオールラウンダーとして要になるのは当然だろ」


 確かに、殴る蹴るしか攻撃手段のない私や、魔術と魔法しか攻撃手段のない楓ちゃんは対応出来る相手の範囲が限定的。でも槍で斬、突、打の全部が扱えて魔術でも攻撃できる雫ちゃんはあらゆる相手に対応出来る。言われてみれば単純な話だった。


「あとはまあ単純に、アカリもカエデも戦況を冷静に分析して指示が出せるタイプじゃねぇってのもあるが」


「……それは同感だけど」


 ……今遠回しに馬鹿扱いされなかった? 大変遺憾ながら私も同意だけども! 頭の悪い私とボーッとしてマイペースな楓ちゃんが指揮官役なんて出来ないけども!


「ヴァン、そういえばアカリに渡すもの、あったでしょ?」


「ああ、そういう話だったな」


 ちょっと考えて、思い出した。そういえばベラドンナちゃんが認めたらプレゼントくれるって話があった。ということは、ベラドンナちゃんに認められたってこと!? 何がもらえるんだろう!?


 ちょっとワクワクしながら、ヴァンさんが手渡してきたものを受け取る。コレって手袋? 指先の部分が無いちょっとファンキーな黒い手袋だ。


「この手袋には炎属性最上級魔術“赫灼終葬ガルダクォルム”の呪文を刻み込んである。普通に唱えるよりも消費は多くなるが、アカリの魔力量なら1日に3回程度なら使っても魔力切れにはならんだろう」


「最上級魔術……魔導書にも書いてないものを?」


 雫ちゃんが反応する。そういえば宿で雫ちゃんに魔術のことをちょっと教えてもらってた時に魔導書には初級から上級までの呪文が書いてあるって言ってた気がする。どうせ使えないからってちゃんと聞いてなかったけど、上級でもかなり凄いって言ってたと思うんだけど。


「魔術の才能が無いってのは呪文に魔力を乗せることが苦手なだけだ。だったら身体強化の延長で手に一定以上の魔力を込めたら魔術が発動するように細工をすれば良い。とはいえ、この方法で魔術が使えるのは魔力量が多い奴だけだがな」


 そんな抜け穴があったのか。でも1日にたった3回か……使い所をちゃんと見極めないと。


「身体強化が上手くなったと言っても魔術無しでやっていけるのも限界がある。だがくれぐれも連発しようとはするんじゃねぇぞ、魔力切れでブッ倒れるから」


「わ、わかりました!」


 早速ガントレットを外して手袋を付けてみる。なんか上質な布手袋って感じ。しっかりした生地だけど通気性が良さそうでガントレットの下に着けてても蒸れにくそう。


 せっかくだからちょっと試してみたい気持ちもあるけど、たった3回のうち1回を無駄使いするのも悪いし、最上級魔術っていうのがどんな威力なのか想像も出来なくて怖いし、流石にやめておこう。むしろ、そんな魔術を使わなくて済むことを祈っておこうかな。


「んじゃ、今日は修行の最終段階、実戦だ。これからお前らにはさっき言った凡竜の討伐に向かってもらう」


「え、いきなり村滅ぼすドラゴンが相手なの?」


 まだ私たちはベラドンナちゃんに軽く捻られた程度なんだけど、勝てるの? 不安しか無いけど?


「さっきも言ったが、ベラドンナ相手にそこそこ動けてるお前らが3人掛かりで挑めば勝てる程度の相手だ。本当なら1人1匹は倒してもらいたいとこだが、初めての実戦だからそこは大目に見てやる」


「……3人で1匹相手っていうのも正直不安なのだけど」


 雫ちゃんも私と同じ意見みたい。せめて凡竜の実物を見た後にしてほしい。


「楓ちゃんはどう思う?」


「んー……やってみたい」


「マジですか」


 意外と乗り気だよこの子! 確かに魔術の練習してる時とかめちゃくちゃ活き活きした顔してたけども! なんかめちゃくちゃ楽しそうにしてたけども!


「もう諦めて行けよ。ちゃんと近くで見といてやるから」


 そうして無理矢理ドラゴン討伐に駆り出されることになった私たちは、朝から文句を言いながら街の近くの森まで連れて行かれたのだった。



 * * *



「んじゃ、頑張れよ」


 そんな感じで雑に送り出された私たちは凡竜を探しながら森の中を歩いていた。ヴァンさんとベラドンナちゃんは私たちの魔力を感知しながら遠くから追ってくるらしい。よっぽどピンチなら助けてくれるらしいけど、本当かな。


「ここまで来たら仕方ないわ、一先ずは凡竜を探して倒す、それが目標ね」


「やるしかないかー……」


 なぜかやる気に満ち溢れた楓ちゃんはともかくとして、私と雫ちゃんはもう正直やる気があるとかないとかそういう問題でもなくヤケクソ気味に空元気で行くしかない。ま、まあ、凡竜が意外と弱くて楽勝って可能性も無きにしもあらずだから……。


 魔力を探知できる楓ちゃんが凡竜を探してくれているから、私と雫ちゃんはとりあえず楓ちゃんの護衛。楓ちゃんに近接戦闘はさせられないから戦いになっても基本的には楓ちゃんが魔法とか魔術で大火力攻撃するのを私と雫ちゃんで援護する形になるけどね。


「ん、見つけた」


 楓ちゃんが指差す方を見る。十数m先に、腕の代わりに翼が生えた全長5mくらいの緑色した竜がいた。ヴァンさんの言ってた特徴にも一致するし、多分アレが凡竜。うわ、生のドラゴンだ……。


「……アレはドラゴンって言うよりワイバーン、翼竜よ」


「え、ドラゴンじゃないの?」


「ドラゴンは4足歩行で背中に翼、ワイバーンは2足歩行で両腕に翼、ファンタジー作品なんかでは常識よ」


 へー、そういう違いが……でも確かに、なんか想像してたよりかは迫力無い、かも。いや、私たちより断然大きいし怖いと言えば怖いけど!


「とりあえず、まず最初に楓が魔法で先手を取る。相手が怯んだら私と灯で牽制しつつ楓が必殺の一撃を用意するまでの援護。分かった?」


「うん!」


「ん、任せて」


 低木に隠れながら、様子を伺いつつとりあえずの作戦会議。楓ちゃんが杖に魔力を溜め始めて、私と雫ちゃんはゆっくりと凡竜との距離を詰める。魔法は呪文の詠唱が要らないからこっそり奇襲するのにちょうど良いね。


「今よ!」


「ん!」


 凡竜の下から鋭く尖った木が生える! 凡竜に直撃はしなかったけど、大きく体勢を崩した! よし、行くぞ!


「はぁっ!」


 全身に魔力を回して、一気に距離を詰める。身体を捻って体勢を整えようとする凡竜の懐に入り込んで、魔力を込めた右手でアッパー。アゴに一撃加えて更にバランスを崩させる。


「雫ちゃん!」


「ええ!」


 大きく跳躍して凡竜の上を取った雫ちゃんが魔力を込めた槍を突き立てる。凡竜の身体は硬い鱗と甲殻に覆われているけど、私のパンチでダメージが通るくらいだったら雫ちゃんの槍でも大丈夫!


「グォオオオオオアアアアアッッッ!」


 背中に深く槍を突き刺されて叫び声を上げる凡竜。コレで隙が作れた!


「楓っ!」


「“地に這う物、生命の根源、聳え立つ物、到達点。我が意志に応える物、鋭く太く貫き通せ”」


 雫ちゃんが凡竜の背中から飛び退いて、楓ちゃんが呪文を詠唱する。作戦通り!


「“森楼仙槍ハーヴェシンゼァ”」


「グギャオオオアアアアッッッ!!!??」


 凡竜の胴体に太い木の槍が突き刺さる。魔法で出したのは普通の木だけど、魔術で出したのは枝も葉も無い本当の槍。胴体に大きな穴を穿たれた凡竜はのたうち回って断末魔を上げる。しかし数秒で力尽きてすぐに沈黙した。


 初めて命を奪うのがこんな大きな生き物で、正直に言うと凄く怖くて辛い。だけど、殺さないと自分たちが死ぬんだと考えたら、仕方ないと割り切るしかない。


「……思ったよりもあっさり終わってしまったわね」


「……私たち、思ったよりも強くなってるのかも」


 あんなにビビっていたのが嘘みたいに、全くの無傷で余裕の勝利だった。少しくらいは怪我しそうなものだったんだけど。


 何はともあれ、無事に終わったなら良かった。今更だけど、コレなら本当に1人1匹倒せてたかも。いや、あんまり何回も戦いたくないけど。


「戻りましょ、少し汗を掻いたわ」


「うん、もう今日はゆっくり休ませてもらおう、緊張して疲れたし」


「楽しかった」


 ……楓ちゃんはともかく、私と雫ちゃんは疲れたから街に帰って宿で休ませてもらおうっと。まだお昼をちょっと過ぎたくらいだと思うけど、少しくらい休みの日があっても良いと思う。毎日毎日朝から晩まで修行の連続だったし。



 * * *



「アイツら、思った以上にやりやがるな」


「ヴァンを追い抜くのも時間の問題ね」


 離れて様子を見ていたヴァンとベラドンナは顔を見合わせて笑う。そこには先達として若い才能が成長していくことへの喜びと驚きがあった。


「ジョアンとの約束、無事に果たせそうで良かったわね」


「ああ……コレで後は帝都まで送り届けりゃ一先ずしばらくは休めるだろ」


 2人は立ち上がり、少女たちのもとへと向かう。コレから先に少女たちが経験するだろう苦難を思い浮かべて苦笑しながら。

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