[第十話]灯ちゃんヒートアップ!
「しばらくはこの街に滞在して修行をつける」
次の街に着いて、最初にヴァンさんが言った。なんか修行って言うと本格的な感じするよね!
「ここはドレシーア。帝都ロンディミアに次ぐ大都市だ。街の外に出りゃ魔物の巣も多くて駆け出し冒険者の訓練場みてぇなとこだ」
「あら、私たちを魔物の巣窟に投げ込んで見殺しにする気かしら?」
雫ちゃんが冗談めかして言う。流石に笑い話で済むだろうと笑って聞いてたら、ヴァンさんが「おう」と頷く。え、マジですか?
「見殺しにゃしねぇし、しっかり戦い方を仕込んでからだがな。っと、先に宿に入らねえとな」
よかった、見殺しにはされないみたい。部屋が空いてる宿屋を見つけて、さっさと手続きを済ませる。文字の読み方とお金の数え方を教わったらしい雫ちゃんが「……もしかして、昨日までもずっとこの料金を支払ってたの?」とドン引きしている。そんなに高いのかな。
部屋は無事に確保したけど、もう日が沈んでるから宿の夕食時は過ぎてたみたいで、私たちは仕方なく宿の外で夕食を探すことになった。結構遅めなのに賑わってるなぁ。
「ヴァンさんってお酒飲まないよね」
隣を歩くベラドンナちゃんに話し掛ける。今日はずっとフットワークとかの練習に付き合ってもらってたし、私としては結構仲良くなった気がする。凄く良い人。
「アイツ、お酒飲んだらすぐ気持ち悪くなるんだって。前に何回か宴会で飲まされて酷い目に遭ったってボヤいてたわ」
「えー、飲みそうな見た目なのに」
意外かもしれない。逆にベラドンナちゃんは全然酔わないから飲んでも楽しくないらしい。飲まない同士だったら相性いいのかも。
大衆食堂みたいなお店に入る。いっぱいテーブルが並んでて、なんか向こうの世界のファミレスを思い出すなぁ。びっくり◯ンキーみたいな。
「好きに注文しろよ」
と、言われても、私はメニュー読めないし。雫ちゃんに読んでもらおう。
「シチュー、ミートパイ、フィッシュフライ……うなぎゼリー? やっぱりイギリスの食文化に近いわね……」
「う、うなぎゼリー……食べたことないけどあんまり食欲湧かないね。私はミートパイでいいかな……」
私と雫ちゃんは無難にミートパイとフィッシュフライを頼む。他にもメニューはあるみたいだけど、雫ちゃんの顔が引き攣ってるってことはあんまりオススメじゃないってことだと思う。
「わたしうなぎゼリー」
「え、楓アレ食べるの?」
雫ちゃんがギョッとした顔で楓ちゃんを見る。アレってゼリーとは呼ばれてるけど、実際はうなぎの煮凝りって感じなんだよね、たしか。見た目がなんとも形容し難いと言うか……ね?
「美味しいよ?」
「いや、美味しいとかそういう問題ではないんだけど……」
た、食べたことあるのか……未だに楓ちゃんのことあんまり知らないけど、なんか更に謎が増えた気がするよ……。
「……まあ、今日はよく食ってよく休め。明日から厳しくするからな」
ヴァンさんが何か言ってるけど、それどころじゃなかった。うなぎゼリーを一口食べた楓ちゃんが顔を真っ青にしてギブアップし、残すのも悪いから私と雫ちゃんで食べてみようと挑戦するも、あまりの生臭さにやっぱり一口でギブアップ。どうやら楓ちゃんが前に食べたのが日本の料亭でアレンジされたものだったみたいで、イギリス本場さながらのうなぎゼリーは経験してなかったらしい。残りはヴァンさんが文句を言いながら完食した。本当にごめんなさい。
* * *
翌朝、私たちはより本格的に戦い方を教えてもらうことになった。街の外のだだっ広い平原で特訓開始!
「まずは何よりも先に、身体強化魔法について教えるぞ」
そう言ってヴァンさんは後ろにあった大きな岩に近付いて、腕を振りかぶる。ドゴッ、という音とともに岩が砕け、破片が飛ぶ。素手で岩を!?
「これが身体強化魔法。まあ、魔法と言われちゃいるが正しくは魔力をコントロールして身体能力を高めてるだけだが」
「……なるほど、確かにそれが出来れば大きな熊とかが相手でも素手で圧倒出来そうね」
雫ちゃんが真面目な顔で言う。私も昨日の夕方辺りからやっと魔力を上手くコントロール出来るようになってきてたし、なんだか出来そうな感じがしてきた。
「まずは脚力の強化が分かりやすいか。脚全体に魔力を満たすイメージだ。アカリに教えた内側に留めるのとは違うぞ」
……内側に留めるんじゃなくて、満たす? 頑張って抑え込んでた魔力を、脚の内側に広げていく。ジワジワと脚が温かくなっていって、太ももの辺りがピクピク動きたがってる感じ。よし。
「――ッ」
クラウチングスタートの構えを取る。少し動いて骨と関節、皮膚も若干痛かったから、魔力をそっちにも満たしていく。腕を振るために両腕にも。行くぞ。よーい……。
「……どんッ!」
勢いよく地面を蹴る。エールズの街で買ったブーツのソールが、スパイクになって上手く地面に食い込む。一歩目はあまりの推進力にちょっと驚いたけど、二歩目はそのままフルスロットルで。感覚で200mほどダッシュして、すぐさまみんなの所に戻る。今までより段違いに速い。
「それが身体強化だ。特にアカリは極めるつもりで練習しとけよ。魔術の才能が無いってことは、基本近接戦闘主体になるんだからな」
「はい!」
正直、今まで陸上部で練習してたのは何だったんだろうかと思うほどの速さ。脚の筋肉にもほとんど疲れがない。でもまだまだ魔力の制御が甘いし、頑張ればもっと速くなれそう。
「灯、陸上の世界選手権でも見ないような速さで走ってたわよ。流石に例の“タッちゃん先輩”よりも速いんじゃない?」
「うーん……多分コレくらいじゃ良くて互角って感じかなぁ……タッちゃん先輩もっと速かったし」
思い出してみても、ボロボロのスニーカーからランニングシューズに履き替えて本気で走った時のタッちゃん先輩の方がまだ速い。タッちゃん先輩、“黄金の閃光”なんてあだ名で呼ばれてたくらいだし。雫ちゃんが「……貴女の先輩ってチーターなの?」とドン引きしてるけど、事実めちゃくちゃ速かったのは間違いない。
とりあえず、強化の感覚は分かったからもう一度脚に魔力を込める。さっきより濃く、強く、それでいて繊細に。脚が魔力で満たされたような感覚で、今度は昨日練習してたフットワークを。
(右、右、バックステップ。その後は――)
腕に魔力を込めて、鋭く右ストレート! 昨日までは軽く風を切るようなシュッという音だったのが、金属バットを振り抜いた時みたいなブンッていう音になった。例えるなら、空気を殴ったような感じかな。
「アカリの方はコツを掴んできたみたいだな。シズクとカエデもやってみろ。魔術が使えても動けなきゃ速い相手にゃ当てられねぇ、こりゃ経験則だ」
雫ちゃんと楓ちゃんも魔力を脚に集中させてるみたい。2人が練習してる間に、私はベラドンナちゃんに実践を付き合ってもらわなきゃ!
「アカリは魔術の才能無いらしいけど、身体強化の方は筋が良いわね。アタシも同じタイプだし、意外とそういう物なのかしら?」
「魔術も身体強化も出来なかったら救世主も何も無いから良かったよー!」
何の才能も無かったら、何のために異世界に来たのか分からないし。少なくとも接近戦の才能はあるかもしれなくて安心した。いや、出来れば戦いたくなんか無いけども!
「じゃあ早速、アタシと手合わせしましょ!」
「お、押忍!!」
ベラドンナちゃんは足で太めの枝を2本拾い上げ、構えを取る。脇を広げたファイティングポーズのような上半身と、左脚を上げ右足を軸に立つ下半身。四刀魔剣、なんて異名の通りにどこからでも攻撃が飛んできそうな無駄のない構え。ヴァンさん相手の時と違ってまだ飛ばずに地に足着けてくれてるだけ手加減してくれてるんだなって分かる。
「ふぅ……」
深く息を吐いて私も構える。まあ昨日1日練習してて、普通にファイティングポーズを取るのでは咄嗟に反応しづらい時があると気付いたから、構えと言ってもちょっと右足を後ろに引くだけだけどね。
どこに魔力を集めれば良いのか、考えても意味が無い気がした。脚も腕も胴も首も頭も、蔑ろにして良い場所なんか無い。だから、全身に満遍なく魔力を行き渡らせていく。そしてそこから更に脚と腕に強く濃く魔力を込める。今はコレが最適解!
「行くわよ!」
ベラドンナちゃんが右脚一本で地面を蹴る。右足の枝が来ると判断して、私は右足を更に後ろに引いて深く腰を落とす。頭に魔力を集中させているからか、ベラドンナちゃんの動きがちょっとゆっくりに見える。だから、私の首があった位置を狙う右足の動きに合わせて右の拳を放つ。ボクシングというよりも、昔見たカンフー映画のように。
(枝を握る根元!)
「――ッ!」
真っ先に武器を奪いにいった私に驚いたのか、ベラドンナちゃんは翼を広げて空中で体制を変えて私の攻撃を避ける。そして、それがそのままフェイントになって左足が来るのも、ヴァンさんと戦ってたのを見たおかげで予想していた。腰を落として上半身を捻っている状態、ここから右手も左手も脚だって間に合わない。だから。
「エルボーッ!」
前に振り抜いた右腕をそのまま後ろに叩きつける。肘でベラドンナちゃんの左足を打って、枝を落とさせる。普段の私程度だったら意味のない攻撃だけど、当てる瞬間に合わせて腰、肩、肘に魔力を更に込めた。狙い通り、ベラドンナちゃんは左足に握っていた枝を落とす。
「――やるじゃない! 手加減してたとはいえアタシの一撃を見切るなんて、アンタやっぱり才能あるわ!」
「でもまだまだ魔力の扱いが下手くそだよ……肘に魔力を集中させたのに結構痛かったし……」
見たら右肘が赤くなってちょっと内出血してる。うーん、やっぱり肘にも鎧みたいなのいるのかなぁ。後で買ってもらおうっと。
「まあ戦いながら状況に合わせて瞬時に魔力を集めるのも結構コツがいるもの。アカリは飲み込みが早いからしばらく手合わせしてるうちに慣れると思うし、シズクとカエデが身体強化を覚える頃にはある程度上手くなるわよ!」
「そうかな? じゃあ今日はとことんまでお願いします!」
もう一度構えを作って、ベラドンナちゃんと向き合う。何度でも何度でも、少しでも強くなって雫ちゃんと楓ちゃんを守れるように。大丈夫、私は努力できるはず。ひたすら走り続けた陸上部の日々を思い出して、倒れても、痛くても、ひたすらに立ち上がる。頑張った先に、みんなで笑って帰れる日があるはずだから!
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