[第八話]鳥人族の入浴事情
カバンや下着、たくさんの着替えを買い揃え、私たちは宿に入った。ヒゲ男の言っていた変わったカバン、というのが本当に便利で、魔術で空間を拡張してあるらしく買った荷物の全てを入れてもなお余裕のある四次元トランクだったのは驚きね。私と灯の通学カバンも中に入って、しかも重さは変わらないなんて。
「ヴァン、アンタ凄い物買うわね……そのカバン1個買うのに貴族の屋敷が1軒建つくらいの金額じゃなかった?」というベラドンナの言葉に私たちは鳥肌が立った。ヒゲ男が言うには「空間を広げるなんて大魔術を永続的に掛けられるヤツなんざ何人もいねえからな。世界に何百と無い貴重品だ、高いに決まってんだろ」と。それはそうね。そんな金額をポンと出してしまうヒゲ男がおかしいだけの話で。
ちなみに、あの後ベラドンナをさん付けで呼んだところ「そんなかしこまって呼ばれるの慣れてないから呼び捨てで良いわよ」と言われたため呼び捨てにしている。なんというか、サッパリしていて良い人ね。
「とりあえず買うもん買ったな。次の街は遠いからな、今日は早く寝とけよ」
「はーい!」「はい」「ん」
3人それぞれに返事をして、私たちの部屋に向かう。今日も2部屋取っているようで、ヒゲ男とベラドンナが同室になった。……なんか生々しくてイヤね。灯もなんかずっと顔赤いし。
それはそうと、流石に大きい街なだけあって宿は結構豪華ね。夕食だって美味しかったし。昨日は1つのベッドで狭苦しく3人並んで寝たけれど、今日はちゃんと1人1つのベッドで寝られるみたい。灯と楓の2人に抱き枕扱いされるのは流石に寝苦しかった。なんで灯を真ん中にして寝たのにいつの間にか2人から抱き枕扱いされてたのよ、ほんとにもう。
「お風呂行くでしょ?」
「うん! 楓ちゃんも行こ!」
「ん」
それでもやっぱり今日も大浴場。ヒゲ男の話を信じるなら1つ1つの部屋それぞれにお風呂が備え付けてあるような宿は帝都周辺にしか無いらしい。まあ、灯の初心な反応を見ながら入るお風呂も嫌いじゃないけれど。
共用スペースであるロビーを通り抜けて大浴場の脱衣所に来てみれば、ほとんど貸し切り状態なのが分かって心の中でガッツポーズ。灯や楓はなんとなく妹みたいなものだから良いけれど、知らない人ばっかりと一緒にお風呂というのも気が乗らないし。
「今日は着替えもちゃんとあるから心置きなくゆっくり入れるね!」
「灯と楓は昨日もあんまり気にせずゆっくり入ってたでしょ。私が訊くまで着替えのことなんか忘れてたくせに」
「そ、そうだっけ?」
そんな話をしながら服を脱ぐ。昨日も思っていたけれど、灯は身長こそ低いけれど結構筋肉質でアスリートみたいな身体なのよね。陸上部と言っていたから実際にアスリートなのだろうけど。
対して楓は、まあ言うまでもなく幼児体型で全体的にぷにっとしている。太っているわけではないけれど、なんというか腰のくびれもあまり無くて運動も得意ではないみたいで。予言を残したらしいアリアという人がそこまで読んで楓の武器に杖を用意していたのなら、割と本気ですごいと思うわ。
一応言っておくと、私が一番スタイル良いんだけどね。部活動で新体操をやっていたから、身長高めなことを抜きにしても程良く筋肉質で細くて手脚も長くて。まあ、大人っぽいという評価は必ずしも良い方向にばかり働かないのだから、低身長組の灯と楓が羨ましくもあるけど、それを言えば無い物ねだりと言われるから黙っておこうかしら。
「あ、あんまりジロジロ見ないでよーエッチ」
「ふふ、筋肉を見てただけよ。灯、陸上部で結構活躍してたでしょ?」
太ももの筋肉の付き方を見る感じ、細いけれどかなり脚力が強いように思う。陸上部ではハードル走をメインでやっていると言っていたかしら。
「まあ、全国大会とか出てたし活躍はしてたと思うけど、結局最後に全部タッちゃん先輩が持って行っちゃったからなぁ……」
「前に言ってた“ボロボロのスニーカーで日本記録を出した先輩”だったかしら? その先輩こそ救世主になれそうな気がするけど」
灯がよく話題に出していた“タッちゃん先輩”という人の噂を思い出す。短距離走日本代表の選手と競り合って勝ったとか、走り幅跳びで宙返りしつつ10m跳んだとか、円盤投げで円盤を校舎の壁に突き刺したとか、規格外かつ意味のわからない噂ばかり聞いている。私の中ではもう細めのゴリラでイメージしているんだけど、灯の話を聞く限りは細身で身長は特別高くなく、顔も綺麗でかっこいいんだとか。
「タッちゃん先輩ならドラゴンとか余裕で倒しそう。いや、普通にクマくらいならもう倒してるかも」
「……貴女の先輩、本当に人間?」
やっぱりゴリラかもしれないわ、などと思いつつ、脱衣が終わったので浴場に入る。広々とした浴場には誰もおらず貸し切り……とはいかず、洗い場には身体を洗うのに苦戦するベラドンナがいた。ああ、両腕が翼だから身体を洗うのが難しいのね。
「……お、アンタたちいいところに。ちょっと身体洗うの手伝ってくれない?」
呼ばれ、仕方なくベラドンナのもとに。まあ、見た目幼い女の子だから実年齢を知っていても接しやすいけど。少し羽根の感触とか気になっていたし。
「いつもは近くにいる人にお金渡して洗ってもらってるんだけど、今日は全然誰も入って来なくて困ってたの。助かるわ」
「ご飯の時も不便そうだったもんね」
翼を折り畳み、鎧の隙間にフォークを挟み込んで器用に扱ってはいたけれど不便そうだったのは事実。身体を洗うとなれば更に難しいということは私にも分かる。
「アタシにとってはコレが普通だから不便とかは考えたことなかったわね。鳥人族の集落では仲間たちと洗い合うのが普通だったし」
「そういうものかぁ」
私たちにとって不便と思うことでも、それを常識だと思っている人にとっては不便でもなんでもないってことね。ベラドンナは「アタシからしたら飛べないアンタたちの方がよっぽど不便に見えるわ」と付け加える。そう言われるとそう思えるのだから不思議なものね。飛びたいかどうかは別として。
「あ、髪と背中だけ洗ってくれたら良いわ。その後は羽を泡立ててくれたら自分で洗うし」
「……確かによく泡立ちそうね」
フサフサで触り心地の良さそうな茶色の翼。形状や色はスズメとかに近い感じはするけれど、そう考えれば小柄なのも納得する。私が髪と背中を洗っているから灯と楓が翼を泡立てている。私もちょっと触ってみたかったんだけど。
「不便と言えば、服を着替えるのは結構大変よ。脱ぐだけなら簡単だけど、着る方はなかなか上手くいかないの」
ベラドンナの着ていた服はチュニックとショートパンツだったけれど、チュニックは脇の部分がボタンで留めるようになっていて上から被るだけで良いから、アレでもかなり着替えやすい方ではあると思うけれど、両腕が翼だったらボタンなんか留められないわね。肩から腕に伸びる鎧もどうやって装着してるのかしら。着替えも手伝おうかしらね。
そんな話をするうちに、髪と背中を洗い終わる。意外にも向こうの世界より質の良さそうなシャンプーの泡を洗い流し、灯と楓の様子を見てから残りをベラドンナに委ねる。
「フワッフワだったよ、雫ちゃん! 羽毛布団!」
「コラ、失礼よ」
羽根の持ち主本人の前で羽毛布団呼ばわりもないでしょ。というか布団ではないでしょ。
それはそうと、私たちも自分の髪や身体を洗わなければならない。お湯に浸かる前に洗っておくのはマナーよね。
「……それにしても、器用なものね」
自らの翼で身体を洗うベラドンナを見て、思わず感心する。戦うためなのか物凄く身体も柔らかいようで、両腕の翼で全身を洗っている。全然背中まで届きそうに見えるけれど。
「あ、お湯かけてくれる?」
身体を洗い終わったベラドンナに、ゆっくりとお湯をかける。あの羽根はよほど泡立ちがいいのか、全身泡まみれでそういう生き物みたいになっているのが少し面白い。翼や尾羽根、両脚の羽毛に至るまで、ぬるつきが消えるまでお湯で流す。なかなかに大変ね。
全ての泡を流し終わり、私たちもようやく湯船に入れる。少し熱い気もするけれど、天然の温泉なのか肌にジワジワと心地好い熱を感じる。
「やっぱり湯船に浸かると疲れも取れるよねぇ……」
フニャフニャと締まりの無い顔で灯が言う。まあ、そうなる気持ちも分かるけれど。結構な距離を歩いたし、魔力の感覚を探るという慣れないことをしたのだから。それに、楓も暴走して大変だったし。
楓はというと、湯船から半身乗り出して猫の身体を洗っている。あの白猫、お風呂を嫌がらないどころかむしろ気持ち良さそうに洗われていて、私のイメージにある猫という生き物と若干違和感あるわね。まあ、異世界の猫が自分たちの知る猫と同じという偏見も良くないけれど。
「そういえば、ベラドンナは帝都に行ったことあるの?」
「ん? あるわよ、当然。まあ、アタシが帝都に行ったのってつい最近だけど。ヴァンのこと噂で聞いてこっちに飛んできたの」
人探しをするなら大きい街の方が情報も集めやすいでしょうしね。13年も探し続けていたのは素直に凄いと思うわ。
「帝都は広いわよ。でも飛んだら怒られるから移動は不便だったわ」
不満げに笑うベラドンナだけど、それは当然だと思う。人の往来の多い街で飛び回ってたら危険だものね。自身の種族を自慢に思っているみたいだけど、少しくらいは地面を歩くことを我慢すべきじゃないかしら。
(……結構熱いわね)
そろそろ出ようかと思い立ち上がろうとしたところで、先にベラドンナが立ち上がる。着替えも手伝おうと思っていたし、都合がいいのでそのまま湯船を出ることにした。
「そろそろ上がるわ。灯たちは?」
「私はもう少し入ってく……」
「わたしも……」
「そう。のぼせないようにね」
まだまだ蕩けきった様子の2人を置いて、ベラドンナを追いかけ脱衣所に向かう。身体を拭くのも手伝った方がいいかしらね。
「大変でしょ、手伝うわ」
「ありがと。アンタ、シズクだっけ? あとで飲み物でも奢るわ」
ベラドンナはうっかりタオルを忘れていたようで、買ったばかりのバスタオルを持ってベラドンナの所に。身体は小さいけれど翼が大きいからタオル1枚で足りるかしらね。何枚か出しておいた方が良いかもしれないわね。
「拭くわよ」
「うん、お願い」
まず最初に髪を優しく拭いて水気を切る。あまり擦ると髪が傷むからタオルで房ごとに挟み込んで水気を吸う程度に。そして肩、背中の辺りにタオルを当て、少し恥ずかしいけれど後ろから抱きしめるように前半分を包んで軽く拭く。そして一度両腕を上げてもらって腰、脚へとタオルを下げていく。くすぐったそうにベラドンナが笑うけれど、気にしないようにしながらそのまま続ける。
「拭くの上手ね。妹でもいたの?」
「ひとりっ子よ。でも昔、従姉妹の子をお風呂に入れてあげたことはあるから、その経験かしらね」
雑談を交えつつ、尾羽根と両脚の羽毛を丁寧に拭く。さりげなく触ってみた感じ、確かに肌触りが良いわね。でもあまりベタベタ触るのも迷惑なので程々にしておいて、水気が無くなったらとうとう最後の山場、両腕の翼に取り掛かる――のだけど、ここまでで既にタオル1枚がずぶ濡れ。一度タオルを取りに行き、用意していた4枚の中から自分用に置いておいた物を手に取る。自分の身体を拭くのは灯の分でも借りようかしら。予備を1枚用意していたのに、結局足りないなんてね。
「悪いわね、タオル借りちゃって」
「良いのよ。足りない分は部屋に取りに行くから」
あの様子では灯も楓もしばらく出てこないでしょうし。さっさと着替えて荷物を取りに行けばいいだけよ。
気を取り直して翼を拭く。あまり刺激して抜け落ちたりしたら申し訳ないから、細心の注意を払って丁寧に水気を取っていく。それにしても、タオルなんかよりよっぽどフワフワね、この羽根。羽毛布団、なんて言った灯の気持ちも分からないでもないわね。ベラドンナは毎日この羽毛に包まれて寝ているのかと思えば、少し鳥人族が羨ましく思えてしまう。流石に人間の手と引き換えと考えたら不便に思うけれど。
「はい、これで終了ね」
概ねの予想通り、タオル2枚を使い切る形でベラドンナの身体を拭き終わった。私の魔力属性が風で、魔術や魔法を十二分に使えるならドライヤー代わりになれたんだけどね。ついでにベラドンナへ「今度からはタオル2枚、忘れずに用意しておいてほしいわね」と軽口を叩きつつ、灯に用意しておいた分のタオルで自分の身体を拭く。
「着替えも手伝った方が良いでしょ?」
「うん、ありがと。服着たら先にアンタたちの部屋からタオルを取ってきといてあげるわ」
自分の身体はとりあえず適当に水気を拭き取り、髪を後回しにして下着だけ身に着けてから先にベラドンナに服を着せることにする。正直、他人に下着を穿かせたりするのは多少の抵抗感があるけれど、手伝うと決めた以上は最後まで手伝うことにする。言ったら悪いけど幸いなことにベラドンナは容姿が幼いので、そこまで絶対的な忌避感も無いし。
目を逸らしつつショーツを穿かせ、上にもキャミソールを着せる。そして両脇が完全に開きボタンで留めるようになった丈の長いチュニックワンピースを着せる。奇しくもチュニックがシンプルな貫頭衣に先祖返りしているのは興味深いわね。
「手際いいわね。じゃあタオル取ってくるわ」
「ええ、お願い」
鍵を渡し、脱衣所を後にするベラドンナを見送りつつ自分も髪を拭くことにする。拭いてもドライヤーが無いから自然乾燥になるわね、なんて思いながら、ベラドンナが戻ってくるのを、そして灯と楓がお風呂から出てくるのを待つ。随分な長風呂ね、と思っていたけれど、灯と楓がのぼせて出てくるのはベラドンナが無事にタオルを取ってきた後のこと。忠告しても無駄だったことを笑いつつ、2人が回復するまでベラドンナとは他愛のない話で盛り上がった。今日は早く眠れそうにはないわね。
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