[第七話]四刀魔剣のベラドンナ
「すっごく美味しい、このサンドイッチ!」
元気に感想を述べる灯に、私も頷く。レタスに似た葉物野菜とベーコンが挟んであるシンプルなサンドイッチだけど、パン自体がまず美味しい。塩味の効いた濃いめのソースもなかなか。
「それ食ったらそっちの通りの店行くぞ。ちょっと変わったカバンが売ってんだ、驚くぜ?」
ヴァンさんが、私たちがさっきまでいたのとは違う通りを指差し笑う。通りごとに売られている物のジャンルが違うのかしらね。若干、店の外観も違っているようだし。
私たちが食べ終わるのを待つ間、サンドイッチを取り出した後の紙袋を捨てに行こうとヴァンさんが立ち上がった時だった。
「あー!! やっと見つけた!!!」
そんな声が、私たちの上から聞こえた。その声にヴァンさんが「げ」と嫌そうに声を漏らす。残りのサンドイッチを食べながら、私たちは声のした方へと視線を向ける。え、上空?
「ずっと探したのよ、このバカ!」
「べ、ベラドンナか……」
上空から舞い降りたのは、茶色のショートボブに綺麗な紫の瞳をした12歳くらいに見える小さな女の子だった。強気そうな表情の可愛い子だったけど、驚くことにその両腕は羽毛に覆われた翼で、両脚もつま先から太ももの辺りまでが鳥のようだった。こういうの、何かの本で見たことあるわね……なんて言うんだったかしら。
困ったような、嫌そうな、複雑な表情のヴァンさんと、怒ったような、嬉しそうな、そんな顔のベラドンナと呼ばれた女の子。何かの因縁がありそうだし、胡散臭い自称吟遊詩人の素性が少しは分かるかもと期待する。
ベラドンナは私たちをちらりと見て、その瞬間に表情が完全に怒りに染まる。目尻には涙も浮かんでいる。
「アタシを置いていったくせに、こんなに女の子いっぱい連れちゃって! ほんっっっとあり得ない!!!!」
「いやソレはほら、な?」
「起きたら誰もいなくてどんだけ不安で怖くて悲しかったか、アンタ考えた!? アタシ何日泣いたと思う!!?」
これは、完全にこのヒゲ男が悪いと思う。こんな幼い女の子を放置して旅してたなんて、本当にろくでなし。そう思って聞いていたのだけど、事態はそれどころではなさそうで、ベラドンナは涙をポロポロ流しながら更に激昂する。
「アタシのこと抱いたくせに!!! やっぱり身体にしか興味なかったんだ!!!!!!」
「うわ」顔を赤くしつつドン引きする灯。
「最っ低」このヒゲ男を完全に見損なった私。
「あ、アレはああいうアレだったろ!?」目を泳がせながら必死に弁明しようとするヒゲ。アレって何よ。気持ち悪い。
「お前、お前なぁ! そういうこと大声でなぁ!?」
「事実でしょ!? アタシのことあんなに激しく抱いておいて次の朝起きたらいなくなって!!! ヴァンがアタシのこと認めてくれたと思って嬉しかったのに!!!!!」
あ、嬉しかったんだ。でも、こんな小さい子をキズモノにしてそのまま捨てるなんて、本当にクズ。そんなクソボケロリコンヒゲ男はなおも弁明しようと口をパクパク動かすけど、ベラドンナの「もういい!!」という一言で全ての音が消える。
「アンタを殺して全部無かったことにするから――」
ベラドンナの両翼が金属製の鋭い鎧に覆われる。ソレはまるで翼に沿って刃を伸ばした刀。重そうな鎧を装備した状態で、ベラドンナは高く舞い上がる。そして空いた両足で背負っていた短めの両刃剣を掴み、鞘から引き抜く。背負っていた剣が2本とも上下逆さまで柄が下だったのはこのためか。鳥の翼では剣なんか握れないのだから、実用性はともかく理に適っているわね。
「くらいなさい!」
ベラドンナが空中でくるりと旋回し、右足をヒゲ男に振り下ろす。今の私なんかじゃ全く目で追えないほどの速度で振り下ろされた短剣はヒゲ男の脳天に向けて一直線に迫るが、それは甲高い金属音とともに弾かれる。見れば、ヒゲ男の両手には十字の剣が握られていた。いつの間に。
一撃目を防がれたベラドンナは防がれることを予測していたのか、そのまま左足を突き上げる。しかしそれも防がれ、ベラドンナは翼を広げて上空に再び舞い上がる。
「や、止めとけって。お前に剣を教えたのは――」
「うるさいっ!」
上空から重力に任せ、ベラドンナが急降下する。その動きはまるで昔ドキュメンタリー番組で見たハヤブサの狩りのようで、激しい風切音とともに次なる一撃が放たれる。
「こんなもん――!」
「こっちよ!!」
翼に纏った刃で撫で切ろうとするベラドンナをヒゲ男がまたも止めるが、それはフェイントだったようで、ベラドンナはそのまま空中で身体を捻って両足の剣を振り回す。ヒゲ男は一瞬驚いたような顔をしたけど、上体を反らして紙一重躱す。ちっ、惜しい。
またも上空に飛ぶベラドンナ。なるほど、自分が飛べるというアドバンテージを活かしたヒット&アウェイが得意なのね。私たち3人は完全にベラドンナを応援している。サンドイッチを食べながらで悪いけど。
「――次で仕留めるんだから!!!!」
そう宣言したベラドンナが、再び急降下する。ハヤブサの最高速度は時速300kmをゆうに超える。ベラドンナがどこまで加速しているのかは分からないけれど、近距離だと目で追うのが難しいほどの速度での急接近。あんな勢いで振り下ろされる剣なんて、当たれば間違いなく真っ二つね。
3度目の攻防。ベラドンナはきりもみ回転しながらヒゲ男に迫る。次はどう防ぐのだろうと思った瞬間、ヒゲ男は両手の剣を地面に投げ捨てる。
「え――」
驚いたようなベラドンナの声だったけれど、目前まで迫った状態でもはや速度を落とす暇さえない。本当に殺してしまうのだろうか、と私たちが息を呑んだ時だった。
「もう良いだろ」
「は、え?」
ベラドンナはヒゲ男の腕の中で顔を真っ赤にして固まっていた。その姿に私は思わず「あらあら」と声を漏らしてしまった。そんなラブコメみたいな展開、現実で見ることになるなんてね。ヒゲ男のことは納得していないけど、好きな相手に不意打ちで抱きしめられたら誰だってときめくものよね。
「ちゃんと説明させてくれねえか?」
「ひゃ、ひゃい……」
耳元で囁かれ、ふにゃふにゃになったベラドンナ。どんな事情があるかは知らないけど、面白いからゆっくり見させてもらおうかしら。
「うわ、雫ちゃん悪そうな顔」
「そう?」
灯に指摘されて、上がった口角を下げようとする。こんな面白い痴話喧嘩、にやけない方がおかしいと思うけど。
固まったままのベラドンナを連れ、私たちは広場を離れる。あんな激しい戦闘をしておいて注目されないわけもないし、ここはさっさと撤退ね。広場には、ベラドンナの剣が付けた大きな爪痕のような痕跡だけが残っている。
* * *
広場から少し通りに入ったところにある喫茶店で、私たちは食後のティータイムとなった。こちらの世界にも紅茶があると分かって少し嬉しいわね。コーヒーも紅茶も苦手らしい灯は不満そうにミルクを飲んでいる。楓はコーヒー。砂糖とミルクたっぷりだけど。
「せ、説明してよね!」
「分かってるから静かにしろって」
部外者の私たちとは隣のテーブルで、ベラドンナとヒゲ男が向かい合っている。ベラドンナはさっきまでの怒りに満ちた顔と違って、もう完全に恋する乙女の顔になっているのが面白い。
「……まず先に、何も言わずに去ってすまん」
「それは許さない!」
「せ、説明するからよぉ……」
情けなく頭を下げるヒゲ男。こう見ると、親子か兄妹に見えなくもない。ろくでなしの大学生兄と、思春期の中学生妹。あら、意外としっくり来るわね。
「端的に言うとだな、まあアレだ。巻き込まねえためって言うのか、守るためって言うのか……」
「アンタ、アタシが守られるほど弱いとでも思ってるの!?」
「いやまあ、お前が強いのは戦い方教えた俺が一番よく知ってるけども……」
なんとも言い訳っぽい説明ね。ちょっとベラドンナに助け舟を出そうかしら。そういえば……。
「この男、貴女が見えた瞬間『げ』って言ってたわよ」
「ちょ、おい――」
「なんですって!?」
青筋を立てて目をつり上げるベラドンナと、居心地悪そうに私を睨み顔を引き攣らせるヒゲ男。ふふ、いい気味ね。
「で、本当のところは?」
「……いや、本当に巻き込まねえようにとは思ってんだ。ただ『このままベラドンナを受け入れれば、ジョアンとの約束が果たせなくなる』と思っただけだ」
「……そっか。ジョアンが言ってたのはこの子たちのことなんだ」
ベラドンナが、納得したように微笑む。多分、ジョアンっていうのがヒゲ男の言っていた親友のことだと思う。ベラドンナの表情が、心做しか子どもを慈しむ大人のようで妙に色気を感じる。あれ、そういえばベラドンナのこととか全然知らないままね。
「別にアタシと一緒でも約束なんて果たせるでしょ? アタシだってジョアンの仲間よ!」
「お前には問題ねえよ。だが俺は駄目だ。愛する人なんてもんが出来ちまえば、腑抜けて約束なんぞ守れる気がしねえんだよ……」
うわ、結局は両思いでラブラブじゃない。愛する人、なんて言うからベラドンナ真っ赤よ、真っ赤。ついでに聞いてた灯も真っ赤だけど。少女漫画とか読んだこと……無さそうね。
「2人がラブラブなのは分かったから、そろそろベラドンナのこと紹介してくれない? 貴方達がどういう関係なのか、とか」
「シズク、お前さっきから俺に対して当たりキツくねえか? ……まあ良いか。改めて、コイツはベラドンナ。鳥人族、まあ俗にハーピィって呼ばれてる種族の剣士だ。通称“四刀魔剣のベラドンナ”」
四刀魔剣のベラドンナ。確かに、両翼の鎧と両足で握る短剣を合わせて四刀流になるわね。それにハーピィ、というのもなんとなく聞いたことがある。間近で見ると、ファンタジー世界だなぁとより実感する。
「ベラドンナとは昔一緒に旅をしててな……会うのは10年振りくらいか?」
「13年よ、バカ! ジョアンが死んで荒れてたアンタをなんとかしようとしたらいつの間にかいなかったんだから!」
「そ、そうだったか? ま、まあ何にせよ、久しぶりに会ったってことだ」
誤魔化すように頭を掻くヒゲ男。13年って、薄々感じてはいたけれど、ベラドンナもこのヒゲ男も見た目通りの年齢ではないのね。
「ずっと気になっていたけれど、貴方達の年齢って……」
「ん? ああ、そっちの世界じゃ年取る早さもだいたい同じなんだったか? こっちじゃ魔力量が多ければ多いほど老化も遅くてな。お前ら、俺が何歳に見える?」
「え……24、5歳くらい?」
灯の答えにヒゲ男がケラケラと笑う。実際、私としては大学生かそれより少し上くらいに思っている。高く見積もっても20代だと思っているけど。
「残念ながら、こんなでも50は超えてんだぜ。正確にゃあ数えちゃいねえが」
「アタシを拾った時で15って言ってなかった? アタシその時のこと覚えてないけど……多分57歳とかじゃない?」
「お前拾った時って赤ん坊だったじゃねえか」
……ということは、ベラドンナ、さんの年齢は42歳? そして冷静に考えると、57歳からしたら13、4歳の私たちなんて小娘でしかないわね……あれ、実はヒゲ男の方が最初から正しかったんじゃないの? う、混乱してきたわ……。
「と、とりあえず、2人とも私たちよりかなり年上ってこと、ですね?」
「なんかその言い方イヤだけど、まあそうよ。アタシのこと年下だと思ってた? こんな見た目でも立派に大人の女性なのよ?」
嘘を吐きそうなタイプでもないし、ベラドンナさんの言うことは本当のことなんでしょうね。ヒゲ男のロリコン疑惑は晴れないけど、少なくともそれが合法的な関係ではあると分かって良かったと思うべきかしら。いえ、こと世界の法律なんか知らないけれど。
話がようやく一段落して、ヒゲ男がコーヒーを飲み干して立ち上がる。そういえば買い物の途中だったと思い出し、ヒゲ男の「話も済んだ。さっさと買い物の続きといこうぜ」という言葉に一同頷く。まだ日が沈むには早そうね。
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