[第五話]魔力の制御、そんな初歩

 楓ちゃんの暴走が収まって数分、ようやく私たちは歩き出す。いや、楓ちゃんの起こした暴風で草原に大きなミステリーサークルみたいなの出来ちゃったからちょっと直してたんだけど。


「にしても、本当に魔法の才能まであるとはなぁ。異世界人で魔法使いなんざ聞いたことねえが」


「……」


 さっきの怒ってた時とは全然違うカラッとした態度でヴァンさんが言うけど、叱られてすっかりテンションの下がりきった楓ちゃんは無反応。猫を撫でるのも止めちゃったし、よっぽど効いたんだろうね。


 猫の方は楓ちゃんが抱いて歩くのを止めても同じペースで歩いて付いてくる。さっきも楓ちゃんを止めてくれたみたいだし、本当に賢いね、この猫。なんか凄く賢そうな顔だし。


「っと、だいぶ話が逸れちまったが、まずはアカリの魔力を制御させようってことだったな」


「そ、そうだった! 出来るんですか!?」


 完全に頭から抜けてた。楓ちゃんの魔法を間近で体験しても、全然魔力の感覚なんか分からなかったし。


「まあまずは魔力の感覚を知ってもらうのが良いんだが……おいシズク、ちょっとアカリの手を握ってみろ」


「え? ええ……」


 ちょっとボーッとしてた雫ちゃんだけど、ガシッと私の手を握る。あ、震えてる。


「んじゃ、次はアカリの手に向けてさっき筒に流したみたいに魔力を流してみろ」


「……こう、かしら」


「お、おお?」


 雫ちゃんの手から、なんだかジワジワと感じる。なんて説明したらいいんだろ……なんかこう、冷たい鼓動みたいなのが、手のひらから腕の中心を通って胸の奥に流れ込んでくるような……あれ?


「あ、コレが……」


「そう、魔力の感覚だ。多分例外はあるが、基本的に生物が魔力を生み出すのは心臓の辺りだ。そこに他人の魔力を流して感応させりゃあ、才能が無い奴でも魔力を感じるってワケだ」


 ヴァンさんの言葉通り、私も心臓の辺りに温かい何かを感じるようになった。そこに雫ちゃんから流れる冷たい感覚が一緒にあって、私の全身を包む温かさにも気付くことが出来た。


「こういうのは別の属性の方が分かりやすいって話でな、シズクに魔術の才能があったことを感謝しとけよ」


「あ、ありがとう雫ちゃん!」


「どういたしまして」


 ちょっと顔を赤くした雫ちゃんが私から離れていく。うん、雫ちゃんが離れていくのと同時に冷たい感覚が無くなった。コレが魔力か……不思議な感じだね。


 ……でも、自分の全身を覆う温かいものはどうしたら良いのか分からない。肌の表面からずっと熱が出ていってる感覚。


「こっからが難しいんだが……自分から出ていってるものは感じてるな? それを全部内側に押し込めるイメージだ、分かるか?」


「え、どうやって?」


「どうやってと言われてもな……例えるなら空気が漏れていってる風船の穴を塞ぐ、って感じなんだが」


 自分は穴が空いてる風船……でも塞ぐってどうやるんだろう。風船だったらテープでも貼ればいいけど、そもそも例えだし。毛穴閉じろってこと?


 意味が分からなくなって雫ちゃんの顔を見てヘルプミー。あ、今こっち見んな的な顔した!


「何よ。言っておくけど、私にアドバイスを求められても言えることは無いわよ」


「えー! だって雫ちゃんもう魔力使いこなしてるじゃん!」


「ソレとコレとは話が別でしょ。私には灯の感覚なんて分からないんだから」


 うん、ごもっとも。でも何かコツみたいなの無いのかな? いまいちイメージ湧かないんだよなぁ。


「もっと違うアドバイス無いんですか!? こうしろ、みたいなの!」


 ヴァンさんは頬を掻きながら「そう言われてもな……」と考え始める。属性も同じなんだし分かりやすい言い方してほしい。


「溢れてる魔力自体は感じてんだよな? だったらソレを動かしてみろ」


「魔力を動かす……?」


 目を閉じて、改めて自分から出続けてる魔力を意識する。肌の表面から絶えず離れて行く魔力。なんとなく、肌から10cmくらいまでなら感じられる。それを、ぐにゃぐにゃと動かすイメージをする。あ、なんとなく肌の近くで波打ってる感じがする。


 ちょっと驚いて目を開けると、ヴァンさんが笑顔になっていた。この感覚か! じゃあこの感じで……。


「で、できた……!」


「よし、そのまま維持しろ。まだ意識してねえと魔力が霧散するだろうからな」


 ヴァンさんに言われるまま、肌の内側まで押さえ込んだ魔力を維持する。あ、この状態なら穴の開いた風船っていうのも分かるかも。今は必死に手で押さえてる感じで、これが無意識で出来るようになったらテープを貼った感じになるのかな?


「で、出来たよ雫ちゃん!」


「ふふ、良かったわね。でも喋った時ちょっと漏れてたわよ」


「言い方!」


 確かに、喋ろうとすると意識がそっちに行って魔力が漏れ出す。でも漏れる漏れるってなんとなくイヤだなぁ。私の課題は、喋ろうと動こうと全く魔力が漏れ出さないようになること! やっとスタートラインだよー!


「と、というか、雫ちゃんも私の魔力感じるの!?」


「さっき灯に魔力を流したからかしら、灯の魔力だけは感じられるようになったみたいね」


 そ、そんなことあるの!? と声を出す前に「魔力が一時的にでも繋がったんだ、お前らお互いが身体の一部になったようなもんだな」とヴァンさんが何でもないように説明する。そ、そういうものかー!?


「ともかく、アカリはその状態を維持できるようにひたすら練習しとけ。カエデは……まあ魔法も使えてたからいいか。んじゃあシズク、渡した魔導書は読んだか?」


「読んだかと言われても……コレ、どう読むんですか? 私たちの世界には存在しない文字なので読めませんよ」


 魔導書を開いて見せる雫ちゃん。覗き込んでみても、なんかよく分からない文字、のようなものが並んでるだけ。うわ、こんなの読めないよ。


「ああ……そういやそっちの世界は言語が統一されてねえんだったか」


「言語が統一……? そういえば最初から疑問でしたが、なぜ私たちは言葉が通じているんですか? 文字は読めないのに言葉が通じているなんて……」


 確かに、よくよく考えたら日本語を喋ってるのに全部通じてる。英語もフランス語も、知ってる単語のほとんどがちゃんと通じてる。なんで?


「そこら辺は説明が難しいんだが、異世界人の言語学者とかいう奴が言うには『宇宙そのものが多言語を許していない』とかなんとかな。つまりは互いに違う言葉を喋ってるつもりでも互いの脳で勝手に変換してるから何語を喋ろうが通じるんだとよ」


「……なるほど。音として聞こえる言葉は個々人の脳内で知っている言語に変換されている、ということかしら。だけど書かれている文字には適用されないから読めない、と」


 雫ちゃんはなんとなく理解したみたいだけど、私は雫ちゃんの言うことも全然分からない。もう通じてるならいっか。


 ヴァンさんは困ったように頬を掻く。読めないんじゃ魔導書なんか貰っても意味ないじゃん。


「んー、どうすっかな……おいシズク、お前学生だよな。成績良い方か?」


「まあ、上から数えた方が早いくらいですけど……まさか」


「1個ずつ呪文を教えてたんじゃキリがねえし帝都に着いた後も文字読むのに苦労すっからな。文字の読み方教えた方が早いだろ」


 そんなヴァンさんの思い付きに、雫ちゃんは大きなため息を吐く。あ、私じゃなくてよかったな、なんて思っちゃったけど、雫ちゃんは学力高い私立中学の成績上位。残念ながら私は一般的な県立中学の真ん中から少し下くらいだから比較にもなりません。初めて思ったよ、成績悪くて良かったって。


「まあ安心しろ、文字の種類はせいぜい50かそこらだ。そっちの世界にゃ100種類とか余裕で超えるくらいの文字があんだろ?」


「……そうですね。漢検1級を目指しつつ英検1級も狙う、ということに比べたら全然余裕……ええ、余裕ですね」


 一瞬暗い顔をした雫ちゃんだけど、何か覚悟したみたいに余裕そうな顔になる。英語の成績5段階で2の私にはどれくらいのことなのか全然分からない。うん、私は陸上部しか無かったから……うん。


「カエデもこっち来い。お前は魔法の才能があるから攻撃以外の補助的な魔術を習得させる。風も地も、属性としちゃあ治癒魔術が使えるからな」


「ん……」


 楓ちゃんがとぼとぼとヴァンさんの所に行く。さっきの暴走はすっかり反省したみたいで、しゅんとしたままだけど。


 こうしてヴァンさんによる魔術教室が今日からスタートしたのである。私は完全に置いてきぼりだけど、そんなの気にせず魔力を制御することだけに集中する。いつまでも魔力垂れ流しじゃ困るもんね!

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