[第四話]魔法と魔術とエトセトラ
朝、綺麗になった制服を着て私たちは宿を出た。なんと、洗濯した後にヴァンさんが魔法で乾かしてくれたのだ! 下着を見られて雫ちゃんも私も怒ってたけど、やっぱりヴァンさんは「お前らみたいな小娘のパンツ見てもなんとも思わねえよ」と馬鹿にした。酷い。
「ここから帝都までは徒歩で10日くらいだ。途中にいくらか街があるからな、必要なもんはそこで調達すりゃ良い」
……遠回しに下着の替えも買っとけ、と言われた気がした。私たちがめちゃくちゃに怒ったから、多分面倒臭くなったんだと思う。でも、男の人に下着を見られたうえに小娘小娘って馬鹿にされたら誰でも怒ると思う。……楓ちゃんは気にしてなかったけど。
「準備……は特にいらねえな。じゃあ行くぞ」
色々と不満はあるけど、とりあえず出発。不安とワクワクが混ざり合って胸が高鳴る。不機嫌そうな顔の雫ちゃんと、相変わらず猫を撫でる眠そうな顔の楓ちゃんと頷き合って歩き出す。
そうして村を出てすぐ、雫ちゃんが機嫌が悪いのを隠さないままの声色でヴァンさんに話しかけた。
「……世界滅亡の危機、どういうことか教えてもらっても?」
「ん? ああ、そういや昨日は途中で止めたんだったか。滅亡の危機って言っても今日明日どうなるってもんでもねえが」
ヴァンさんはわりと軽いノリで説明し始める。え、世界の滅亡ってそういうノリで喋るものだっけ?
「滅亡の危機って言われ始めたのも700年くらい前だって話だからなぁ。簡単に言えば天変地異だな。雨の神殿の止まない雨もそうだが、一番酷ぇのはアレだ」
そう言って指差した先、かなり遠くだけど空中に何かが浮いているのが見える。アレって島……?
「天気や季節に影響が出てるだけなら世界滅亡なんて言い出すヤツもいなかったろうが、浮島が出来たり地表面が陥没すりゃあそんな話も出るだろうよ。俺も昔ちょいと世界各地に調査に行ったが、滅亡の危機ってのもまあ満更嘘でもねえな」
「原因があったりするのでしょうか?」
「原因なぁ。俺が調査に行った時は結局分からずじまいで終わっちまったが、少なくとも自然現象じゃ説明できねえな。あの浮島、周辺の重力が歪んでるんだが、そこに魔力の痕跡があった。そんな魔術なんざ見たことねえが、もし人為的なもんなら相当の化け物がやってんだろうよ」
島を浮かせられるような魔法を使う相手。具体的にどれくらい凄いのかよく分からないけど、それが途方もなく強大な相手であることだけは分かった。
「そんな化け物に挑むんなら、まずは戦えるようにならねえとな。お前らの世界に魔法とか魔術が無いってのは聞いたが、異世界人でも才能があるんなら魔術くらいは使えるようになるから安心しろ」
そう言ってヴァンさんは何か呪文のようなものを呟いて立てた右手の人差し指に火を灯す。もう何回か見てるけど、自分にこんなことが出来るのか全然想像も出来ない。魔法を見たのが異世界に来たんだって実感した一番のことだよね。
「まずは才能があるかどうかを試させてもらうぜ」と言いつつ、ヴァンさんは腰のポーチから金属の筒みたいなものを取り出した。500ml缶くらいの大きさの、ランタンみたいなやつ。
「コレは魔力の属性を見る道具だ。この筒に魔力を通すと真ん中にはめ込まれた石が光る。その色で属性が、光の強さでだいたいの魔力量が分かるってわけだ。こんな風にな」
ヴァンさんの手の中で筒の石が眩しいくらいに赤く光る。なるほど、炎の属性ってことかな。人によって魔力の属性が決まってるなんて、やっぱりRPGみたいだなぁ。
「まずはアカリ、やってみろ」
筒が投げ渡される。魔力を通すってどうやるんだろう、と思って受け取ると、その瞬間に石が真っ赤に光った。
「え、めっちゃ光るよコレ!?」
「アカリも炎属性か。魔力量は俺と同じかちょっと少ないくらいだな」
「こ、コレどうやって光消すの!?」
ひたすらに光る筒をブンブン振り回して、ちょっとパニック。いや、消す必要は無いんだけど、ヴァンさんの時となんか違うんだけど! そうしてパニクる私にヴァンさんは「魔力垂れ流しだな。多分だが魔術の才能無いぞ」とバッサリ。え、私才能無いの?
「次はシズク、試してみろ」
「え、あ、はい、雫ちゃん!」
言われてようやく冷静になって、雫ちゃんに筒を渡す。そしたらすぐに光が消える。あ、本当に私才能無いかも。
「……魔力を通す感覚ってどんな感じですか?」
「あー……そうだな。心臓から手の先に向かって熱を送る、というのか……いや、コレは炎属性特有の感覚だったか……?」
「……まあなんとなく分かりました」
雫ちゃんが筒を握って真剣な表情になる。雫ちゃんって顔立ちが綺麗だし真剣な時とか本当に格好いいんだよね。……なんて見惚れていたら、ジワリジワリと青い光が溢れ出す。
「こりゃ水属性だな。魔力量はアカリと似たようなもんだが、魔力の扱いは段違いに上手い。魔術の才能あるんじゃねえか?」
「そうですか。……自分で魔力の感覚が分かってしまうと、もうコレが本当に異世界なんだって分かっちゃって複雑な気持ちね」
ちょっとシニカルな笑みを見せる雫ちゃんに、どういう声をかけていいのか分からなくなる。実際、私は全く魔力の感覚が分からないままだし。
「楓、次でしょ?」
「ん」
ヴァンさんが声を掛ける前に、雫ちゃんがさっさと筒を渡してしまう。受け取った楓ちゃんは何も言わずに筒の両端を両手で掴み、何を考えているのか予測出来ないボーッとした顔のまま筒に視線を向ける。
「……は?」
そんな驚きの声を上げたのはヴァンさんだった。筒は一瞬強く茶色く輝いたと思ったら消え、次の瞬間には緑色に変わり、また消えては茶色に変わり、激しく明滅していた。
「こりゃ……地と風の二重属性……か? 魔力量ももしかすると俺より……いやそれより、そんな瞬間的に切り替えられるもんか……?」
「……すごい?」
ちょっと得意げな顔で楓ちゃんが訊く。そんな顔も出来るんだ。可愛い。
ヴァンさんは「いや、凄いとか凄くないとか言う次元じゃねえよ!」と興奮気味に答えた。まだ魔力とかよく分からない私でも、楓ちゃんが今やって見せたことが異常なんだということは分かった。
「まず前提として説明するが、基本的にこの世界の生き物は魔力の属性ってのを必ず持って生まれる。それはほとんど魔力を持たずに生まれても同じだ。そして大抵は基本6属性、炎、水、風、地、光、闇のいずれか1つ、もしくは複合属性っつって……まあ説明するとキリがねえから割愛するが、2種類の基本属性が混ざりあった属性1つ、そのどっちかを持って生まれるわけだが」
ヴァンさんは楓ちゃんをチラリと見る。その目はやっぱり困惑気味に揺れていた。
「……コイツは生まれつき2種類の基本属性を持っていた、ってわけだな。前例が無いわけじゃあないが……今まで見てきた二重属性持ちは、その種族のトップにいるヤツとかそういう次元の存在だった。少なくとも、異世界人で、なんてのは聞いたことがねえ」
「じゃあ楓ちゃん、すっごい天才ってことですか!?」
「……まあ、そういうことになるな」
苦々しい顔で答えるヴァンさん。多分、自分よりも凄い子が見つかったから悔しいんだろうね。小娘とか言ってたくせに~。
「なんだよその目は。……とりあえず、コレでお前らの魔術の属性とか才能が分かったわけだが、まあ一言で言えばお前らはこの世界でも上位に入る魔力量の持ち主ってことだな。俺と同等のヤツなんざほとんどいねえぜ、もっと喜べよ」
「いや、基準が分からないし……」
喜べとか言われても。そもそも、ヴァンさんってどういう人なんだろう。え、吟遊詩人なんだよね?
「じゃあ次はちょっくら魔術の手解きでもしてやるか。まずは魔術と魔法についての説明だ」
「そういえば、ヴァンさんは魔術と魔法を区別している感じがしましたが、何か違いが?」
雫ちゃんが訊ねる。え、そんな感じした? 私は全然気付かなかったけど。
「俺が昨日盗賊に使ったのは魔術。呪文で縛り、自分自身のもつ
ヴァンさんは右手を前に突き出して、目の前の岩に向かって火球を放つ。
「コレが魔法。自身の周囲にある
なんとなく、私には魔法のほうが簡単そうに見えたけど、あんまり違いって言われても分からない。
「言ってみりゃ、魔術は自身の魔力のみを使う分燃費は悪く威力も出ねえが、呪文で制御するから細かいことが出来る。魔法は自身の持つ属性以外のことは何も出来ないが、周囲の魔力を使う分燃費は良く威力も出せる。で、魔術は多少才能があれば誰でも使えるが、魔法は自然の中の魔力を感知する才能があるヤツしか使えねえ」
「分かるような、分からないような……」
つまり、大味な魔法と繊細な魔術、みたいなことかな。あんまり分からない。
「アカリには魔術も魔法も才能がねえから分からなくても問題ねえよ」
ひ、酷い……というか雫ちゃんにも笑われてるんだけど。ちょっと才能があるからって調子に乗って!
未だチンプンカンプンな私を置いてヴァンさんは腰のポーチから小さな本を取り出して言う。
「魔法を使えるヤツはほとんどいねえから、とりあえずは呪文を覚えるところからだ。この魔導書には基礎的な魔術の呪文が一通り載ってる。渡しておくから暇な時にひたすら読んどけ」
「読んどけって……魔術講座はもう終わりですか?」
雫ちゃんが訊ねる。確かに、実践練習とかしないの? 雫ちゃんが魔術を使ってるとことかちょっと見てみたかったのに。
「何より先に、アカリのダダ漏れの魔力を制御させるのが先決でな。そのままだと魔力の感知が上手い魔物なんかに狙われまくるぞ」
「え、やだ」
そんなにダダ漏れなの、私。楓ちゃんにも「うん、灯の周りぽかぽかするよ」と言われる。気付いてたの!?
「そんなに魔力があって知覚出来ないのが不思議なくらいだがな。大抵、魔術の才能がねえヤツってのは魔力量も大したことないんだが、やっぱり異世界人だからか――というかカエデ、お前感じてんのか、コイツの魔力」
「ん。灯の魔力あったかいよ。雫はちょっとひんやり」
楓ちゃんの答えに、ヴァンさんはまた驚いたような表情になる。もしかして、楓ちゃんって本当に天才なんじゃ。
「……カエデ、お前魔法使えるんじゃないか?」
「?」
楓ちゃんは首を傾げるけど、ヴァンさんに「空気中の魔力を束ねてみろ。風の方だ」と言われて小さく頷く。そして右手を前にかざして、ゆっくりと目を閉じる。
「ん……」
静かだった草原が、ざわざわと揺れ始める。楓ちゃんの手に向かって落ち葉がふわりと浮かび上がり、その数がどんどん増えていく。そして楓ちゃんの手を中心に小さな竜巻が生まれ、どんどん大きくなっていく。
「ちょ、ちょっと楓……!」
際限なく大きくなる旋風に、雫ちゃんが止めようとするけど風が強くて近づけない。楓ちゃんは眠そうな顔から一転、目を爛々と輝かせて凄く楽しそうに台風の目の中にいた。ヴァンさんも「お、おい!」と声を掛けるけど、暴風が遮って届かない。
「こ、これヤバいよ!」
「ヴァンさん止めて……!」
大きくなり続ける竜巻に私たちが飲まれそうになった瞬間だった。突如として風が止んで、さっきまで竜巻の中心だった場所に楓ちゃんがぺたん、と座り込んでいた。その顔は少し苦痛に歪んでいるように見え、驚いたように腕の中の猫を見つめていた。
「ね、猫……?」
猫が楓ちゃんの腕に噛みついていて、どうやらその痛みで魔法を止めたらしい。ちょ、ちょっと心臓に悪かったよ、うん。
「テメエなぁ! 新しいこと出来るようになったらテンション上がんのも分かるが加減をしやがれ馬鹿!」
「……ご、ごめんなさい」
ヴァンさんに叱られてしゅんとする楓ちゃん。猫も楓ちゃんの顔をたしたしとネコパンチ。雫ちゃんと私は顔を見合わせて「魔法、怖いね」と頷き合った。草原はさっきの暴風が嘘みたいに静かだった。
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