[第二話]吟遊詩人のヴァン

「わ、凄い景色!」


 森を抜けた私たちを迎えたのは、果てしなく広がる平原。風で揺れる天然の芝生に、ゴツゴツとした岩場。観光だったなら感動で涙でも流してたくらい絶景だ。


「ほら、あの木陰で休憩しましょう」


 雫ちゃんが指差したのは平原に生えている背の低い木。さっきまでの森と比べたら控えめな木だけど、あの下で昼寝したら気持ち良さそう。レジャーシートとお弁当が欲しくなるね。


 焦らずゆっくりと木陰に移動した私たちは、もう限界とばかりに素早く座り込む。あ、風が気持ちいい。


「こんなサバンナみたいな場所、絶対に日本じゃないわね」


「シマウマかキリンでもいたら完全にサバンナだね」


 改めて周囲を見回しても、木と岩と芝生しか無い。あ、鳥は飛んでるね。


「ホントに、どこなんだろうねココ」


「……少し前に読んだ小説を参考にするなら、異世界。信じたくないけど、槍の質感が偽物じゃないことは流石に分かるから」


 雫ちゃんは一筋の汗を頬に伝わせながら私に槍を手渡してくる。……確かに重量感や手触り、光沢感なんかも演劇に使うような小道具なんかと比べ物にならない。そもそも、この槍が金属なのか、はたまた全く別の材質なのか、それすらも分からない。


 私の手を包むガントレットも、皮製の軟質部分は何の皮なのか初めての手触りだし、全体を覆う硬質部分は雫ちゃんの槍と同じ材質だ。少なくとも、ホームセンターなんかに売ってる皮手袋とは全然違う。なんというか高級感が凄い。


「……家に帰れるのかしら」


 雫ちゃんが珍しく弱々しく呟く。雫ちゃんは強そうに見えて結構繊細だ。毎日公園に来て読書してたのも、辛いことがあって現実逃避してたからだと聞いた。


「大丈夫だよ! 誰かに呼ばれてこの世界に来たんなら、その人に会えば帰らせてもらえると思うし!」


 根拠のない話だけど、私は誰かに呼ばれてココに来たんだという確信がある。あの白い光に包まれた時に見た雨の中で祈っていた女の子、あの子が私達を呼んだんだと心の何処かで分かっている。


「? 猫……?」


 楓ちゃんの声で、その腕の中で撫でられていた白猫へと目線を向けた。キョロキョロして、何かを警戒してる……?


「! 誰!?」


 雫ちゃんが後ろの岩場に向かって身構え声を上げる。


「見つかっちまったならしょうがねぇなぁ」


「!」


 岩場の後ろから出てきたのは10人以上のガラの悪い男の人たち。所々が破れた外套を纏った姿とその手に握られた片刃の剣で、その集団が盗賊団であろうことはすぐに分かった。男たちはこちらを取り囲むように素早く移動する。


「小綺麗な服だ、ありゃ高く売れるぜ」


「持ってる武器もなかなか質が良いなァ。おまけにガキだが美人揃いだ、知り合いの奴隷商が喜びそうだぜ」


 盗賊たちはへらへらと笑いながらジリジリと距離を詰めてくる。私は完全に腰が抜けて動けないし、雫ちゃんは私の手を握って震えている。楓ちゃんは猫を抱いたままやはり動かない。


「武器を持ってるから警戒してたが、どうやら冒険者ってわけでもなさそうだぜ。貴族の散歩かぁ?」


「身ぐるみ剥いで縛り上げろ! 俺たちで楽しんでから奴隷商に売り飛ばすぞッ!」


 リーダーと思われる大男が合図を出して、盗賊は一斉に動き出す。あ、もうダメだ。私は目を閉じて雫ちゃんの手を強く握り返す。


「……おいおいおい、大の男が寄ってたかってみっともねえなあ」


「!? 誰だテメェ!」


 盗賊たちは立ち止まり、全員が同じ方を見る。そこに立ってたのは、赤い三角帽子に赤いマントの、ギターのような楽器を携えた男の人。アゴヒゲを短く切り揃え、癖毛の金髪を無造作に跳ねさせるお兄さん。盗賊とは違う方向性で怪しい。


「俺ぁただの通りすがりの吟遊詩人だ。自己紹介代わりに1曲どうだい?」


 吟遊詩人を名乗るお兄さんは楽器を構え、苛立ち始めた盗賊たちを気にせず歌い始める。ちょっと下手だけど。


「勝手に始めてんじゃねえぞ下手くそッ! 邪魔するならテメェからぶっ殺してやるッ!」


 盗賊のリーダーっぽい大男は鉈を振り上げて吟遊詩人さんに斬り掛かる。吟遊詩人さんは一歩だけ飛び退き、楽器を背負ってクククと笑いながらマントの中へと手を伸ばす。


「まあ待てって。1曲くらい聴いていけよなぁ全く」


 そう言いながら、吟遊詩人さんは腰にぶら下げた大きな十字架2本を握る。アレって剣……?


「おいテメェら! ボサッとしてねえでさっさとこんなとぼけた野郎ぶっ殺しちまえッ!」


「おうよ!」


 盗賊たちは各々の武器を構えながら、吟遊詩人さんへと飛び掛かる。あんな人数差なのに吟遊詩人さんは余裕そうにゆっくりと2本の細い剣を抜き、独特の構えでポーズを決める。


「久しぶりの相手がこんな連中とはな」


 キーン、という甲高い金属音とともに、盗賊の1人が大きく吹き飛ばされる。何が起こったのか分からなかった。すばしっこそうな小柄な盗賊が雄叫びを上げながらナイフを振り抜いた瞬間、気付けば盗賊は離れた場所に倒れていた。


「おいおい、コレでおしまいか?」


「――ッ、てめぇら一斉にかかれ! 人数はこっちが圧倒的なんだぞッ!」


 盗賊たちは一瞬気圧された様子だったけど、大男の一言で再び動き出す。吟遊詩人さんは「はぁ」とため息を吐いたあと、踊るように剣を振る。それはまるで、テレビで見る演舞みたいで。


「……あ? なんだもう終わったのかよ」


 盗賊たちに何もさせる暇を与えず、一方的に倒してしまった。


「クソッ! どいつもこいつも使えねぇヤツばっかだッ!! オレ様がやってやるッ!!!!」


 リーダーっぽい大男は倒れていた仲間の盗賊を蹴り飛ばして舌打ちする。その様子に吟遊詩人さんはさっきよりも深くため息を吐いて、不機嫌そうに剣を構え直す。


「曲がりなりにも仲間だろうに。やっぱりテメェは俺の歌を聴いとくべきだったな」


 吟遊詩人さんは2本の剣を交差させ剣先を大男に向ける。そして低く腰を落とすと剣を中心に風が吹き始める。


「“これは祖なる光、内なる熱、吹き荒ぶ風、我が血潮”」


 右手の剣は赤く輝き、左手の剣は風を纏う。その2つが混ざり合い、風は熱を帯びて空気を歪ませる。


「“天地を灼き尽くす劫火よ、我が呼び掛けに応えよ”」


 帯びた熱が炎となり、剣の先端を中心に渦を巻く。渦がどんどん小さくなって、球状にまとまる。


「け、剣士が魔術だとッ!?」


「悪いがソイツは勘違いだ。剣士が魔術をやってんじゃねえ、魔法使いが剣術を極めてんだ。“赫灼弩弓ガルダシーファ”」


 目を疑う光景だった。吟遊詩人さんの剣から炎が迸って、小さな火球が盗賊を撃つ。盗賊は吹き飛び、そのまま大きな岩に叩きつけられた。


「す、すごい……」


 ほんの僅かな間に、盗賊たちは全滅した。吟遊詩人さんはフッと息を吐き、2本の剣をくるりと回して腰の鞘に納める。


「さて、自己紹介がまだだったか。俺ぁ吟遊詩人のヴァン。ヴァン・ザカードだ」


 私たちはその出会いに大きく感謝することになる。吟遊詩人、ヴァンさんとの出会いに。

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