[第一話]旅立ちの日に

「歩いても歩いても、森! 森!! 森!!! どこに行けばいいの!?」


 鬱蒼と茂る木々の中で、思わず叫んでしまった私は天道灯、中学2年生。夜桜中陸上部の次期エースだった普通の女の子である。走りやすさとオシャレさを両立するウルフカットの黒髪がチャームポイント。


「静かになさい。野生動物に襲われでもしたらどうするの?」


 冷静に私を窘めるこの子は海原雫、同じく中学2年生。割と最近友達になったばかりの月野女学園に通うクールビューティーな女の子。長く伸ばしたサラサラな黒髪もクールな印象を加速させてる。マジ美人。


「ニャーニャー、だねー」


 そして、抱えた白猫と会話(?)をしているマイペースなこの子は森野楓、中学1年生。月野女学園に通っているらしいけど、さっき出会ったばかりでよく知らないゆるふわな女の子。ふわふわロングの栗色の髪を二つ結びにしていて可愛い。


 抱えられた白猫もまた出会ったばかりでよく分からない。毛並みも良いし賢そうだし何処かの飼い猫かな? 言葉を理解してるっぽいのが少し不思議。


「それにしても、私達はいったい何処に来てしまったのかしら。日本に生えてなさそうな樹木がいっぱいね」


 雫ちゃんは近くの木を手で撫でながら言う。確かに、近所の森林なんかで見たことがない植物が盛り沢山。アマゾンの奥地かな?


「なんでこんなことに…」



 * * *



 遡ること2時間くらい前。私と雫ちゃんは家の近所にある公園で何気ない会話をしていた。部活が休みだったから私から連絡して待ち合わせたんだけどね。


「雫ちゃん、期末テストの勉強捗ってる……?」


「言っておくけど。テストなんて普段の授業をちゃんと聞いていれば苦労してテスト勉強なんてする必要ないのよ」


 7月前半、そろそろ夏休み前の期末テストが近付く時期。そう、部活が休みなのもテスト期間なのでね。


「授業を聞いて、聞いた内容をしっかり復習するの。黒板よりも先生の話す内容が重要よ」


「うあぁ……聞きたくない聞きたくない……」


「灯が振ってきた話題でしょうに……」


 そんな話をしていた。勉強が苦手なもんですみませんね! ……というのは置いといて、私が狙っていたのは雫ちゃんに勉強を教えてもらえないかなぁ、なんて。私立で中高一貫の月野女学園は我らが夜桜中よりも学力高いし、雫ちゃんはその中でも学年上位だからね。羨ましい。


「あら、あの子……」


 雫ちゃんが公園の入口を見る。ふらふらと歩く月野女学園中等部の制服を着た女の子。雫ちゃんに「知り合い?」と聞いてみるけど、首を横に振っている。でも、何故か知っているような気がする。雫ちゃんも私も不思議な既視感を覚えていた。


「え?」


 その声は誰が出したのか。公園を照らしていた赤い夕焼けが、突如として真っ白い閃光にかき消される。足元が急に崩れたと錯覚する浮遊感につい蹲る。


「し、雫ちゃん!」


 手を伸ばそうとして、そのまま地面を叩きつけてしまう。あ、ダメだ、これ意識飛ぶかも。


 意識が遠のく最中、私が見たのは雨の中で祈る女の子の幻影だった。



 * * *



「――さい! 起きなさい、灯!」


「んえ? あ、雫ちゃん、おはよー」


 雫ちゃんの呼び声で目を覚まして、気持ちの良い目覚め。最近テスト勉強で寝不足気味だったからねぇ。


「呑気に挨拶してるような状況じゃないわよ。ほら見なさい」


「え」


 いつもの公園、じゃない!? 見渡す限りの草原、そして謎の神殿みたいな建物。足元には祭壇みたいな床。え、どこココ。


「ん……」


「あ、さっきの子」


 後ろで寝ていたらしい公園で見かけた女の子が目を覚ます。やっぱり見たことないのになんか知ってる、不思議な既視感。雫ちゃんと初めて会った時も同じだったけど、久しぶりに会う親戚みたいな、そんな感じがする。


「あなた名前は?」


「ん……森野楓……」


 眠そうに欠伸をしながらも、女の子は名前を教えてくれた。制服のリボンが緑だから1年生ね、と雫ちゃんが教えてくれる。月野女学園ってそういうシステムなんだ。


「あ、猫……」


 楓ちゃんはふらふらと立ち上がると、私達の様子を伺っていたらしい白猫を見つけ出し向かっていく。猫が好きなのかな。


「灯が寝ている間に少し周囲を見て回ったけど、神殿と猫以外は何も無いわ。そして向こうは崖よ」


 雫ちゃんが神殿とは反対側を指差す。うわ、めっちゃ高い。具体的に表すなら東京タワーの展望台から街を見下ろしたくらいの高さ。想像したくないけど、落ちたら問答無用でミンチだね。


「とりあえず神殿を調べた方が良いと思うのだけど、どうする?」


 雫ちゃんの提案に頷く。何か情報が無いと、何をどうしてこうなって何をしていいかも分からない。近くには神殿しか無いし。それにしても立派な建物だなぁ、どう○つの森の博物館みたい。


「あ、猫」


 楓ちゃんに抱かれていた白猫がスルッと抜け出し、着いてこいとばかりに目配せをして神殿へと入っていった。なんとファンタジーな展開。


 私と雫ちゃんは頷き合い、楓ちゃんを連れて神殿へと足を踏み入れた。よく分からない状況で結構不安だけど、気分は若干ギリシャ観光みたいで楽しくもある。


「これ、石碑?」


 神殿の奥で最初に目に入ったのは謎の石碑。知らない字で書かれてて何のヒントにもならない。これは無視しよう。


「コレって……」


 雫ちゃんが呟いたのを聞いて、私も石碑の後ろに行く。雫ちゃんの視線の先には、3つの台座に納められた武具のような物。槍と杖と……籠手?


 更に近付いて、台座に彫られた記号のようなものを見て私も驚いた。コレって。


「胸の痣……」


「……灯も?」


 雫ちゃんは髪を掻き上げ、うなじを見せてくる。そこには、私の胸にあるのと似た痣があった。私の胸にあるのは籠手、雫ちゃんの首にあるのは槍と一致する。ということは。


「ねえ、楓ちゃんにも痣があるの?」


「ん、ここ」


 楓ちゃんは下腹部を指差し頷く。おへその下辺りかな。こんな所で見せてもらうのも気が引けるから制服のスカートをたくしあげようとしてるのは止めるけど。


「偶然、の訳ないよね」


「まるで西洋の昔話か神話ね。選ばれた3人の勇者と伝説の武器なんて、悪い冗談だわ」


 言いながら、雫ちゃんは槍に指を掛ける。罠とかあるんじゃないかと一瞬身構えたけど、ガラスが割れるような甲高い音が小さく響いた以外は何も起こらなかった。躊躇いないなぁ雫ちゃん。


 私と楓ちゃんも続いてそれぞれの痣に対応した武器に触れる。籠手は見た目より軽くて、持ち上げるとやっぱりガラスの割れるような音がした。


「あ、ぴったりだ」


 試しに手にはめてみたら、思った以上にしっくりくる。籠手って読んでるけど、多分正しくはガントレット。槍と杖、と考えたらこのガントレットも武器なんだろうか。……殴る?


「……で、どうしたらいいのかしら? これ以上何も見つからなさそうだけど」


「とりあえず神殿から出る? そのまま真っ直ぐ行ったら崖だから、神殿の後ろ側に行ってみるとか」


「ならそうしましょう。楓もそれでいいかしら?」


無問題モーマンタイ


 ……何でチャイニーズ? ともかく、白猫も特に不満そうじゃないから私の提案通りに進むことにした。



 * * *



 ――そして時間は現在に戻る。神殿の後ろ側から真っ直ぐ歩いていたら森に入って、それからずっと森、森、森。雫ちゃんは冷静に周囲を観察していて、楓ちゃんは白猫を撫でている。焦ってるの私だけ?


「……灯、もう少し落ち着きなさいよ」


「落ち着けないよ~! 森ってなんか窮屈だし不安だよ~!」


「閉所恐怖症なの? 確かに数歩ごとに木が生えていて視界も悪いけど」


 最初に言った通り私は陸上部。広いグラウンドが主戦場なのでこういう圧迫感のある場所が苦手なのである。さっきの草原に戻りたい!


「あっちだって」


 さっきまで猫を撫でていた楓ちゃんが森の奥を指差す。え、本当に猫と会話できるの!?


「……確かに向こうの方が明るいわ。行ってみましょう」


 雫ちゃんが私の手を掴んで歩き出す。心配してくれてるのかな? だとしたら嬉しい。


「あ、光が――」


 ついに森を抜ける。ずっと緩やかな下り坂だったからさっきの草原じゃない。森の閉塞感から開放されたからか、私は少しワクワクしていた。

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