雨降る丘で希望を唄う少女アリア

倉田星呑

第一章 旅立ち

[プロローグ]雨降る丘で希望を唄う少女アリア

 雨が降っていた。いつまでも、いつまでも、絶えること無く降り続いていた。


 風は冷え、濡れた肌を突き刺す。手足の末端から感覚を奪い、痛みと冷たさだけが指先に残る。


 切り立った崖から見下ろす大地は青々と木々が生い茂っている。雨に濡れて鈍く匂い立つペトリコールは丘の空気を優しく包む。


 崖の上に鎮座する石の祭壇で、1人の少女が祈りを捧げていた。雨の中で、雲の切れ間に捧げるように祈っていた。


 少女は雲の隙間から陽の光が僅かに差し込んだ瞬間に顔を上げて、光を身に受けてからもう一度深く頭を垂れて祈る。指先が冷えて青白く色を失っても、祈るために握った手を崩さない。


 そして少女は言葉を紡ぐ。唄うように、語るように、言い聞かせるように。


「どうかあの子たちの旅路が、辛く悲しいものになりませんように――」


 祈りの言葉は冷たい雨の中、温かさを世界に残す。祈りが届いてくれることに、どれほどの意味があるかは分からなくても、ただひたすらに、少女は祈る。


 そして少女は願う。この世界を旅することになる4人の少女たちの幸福を。自身の成し遂げられない世界の救済を。世界を滅びに導く者の安寧と救済を。


「私では救うことが出来ないこの世界に、どうか安らぎを――」


 祈りに応えるかのように、雨はまた激しさを増していく。それは怒りか悲しみか、世界の激情を表すように降り続く。痛いほどの雨の中、少女はそして立ち上がる。


「これは私の物語じゃない。あの子たちの旅の物語だ――」


 少女は祭壇を立ち去る。自身過去運命終わりを無視して、ただ未来現在への想いを馳せて。


 少女の名前はアリア。この物語の始点であり、終点へと至る道筋の守護者。少女の姿はもうどこにも無い。

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