Sランク魔物が徘徊する森で生き延びた桜剣士は、気づけば世界最強だった
星鯨の夢
第1話 樹海に咲く焔桜
夜のアパート。カーテンの隙間から街灯の光が差し込み、六畳一間の部屋をぼんやりと照らしていた。
机の上には漫画とラノベが山積み。空いたカップ麺の容器が、空気清浄機の隣に無造作に置かれている。
「よし……今日こそ、クリアする」
茉莉は小さく気合を入れ、ノートパソコンの画面を見つめた。
映っているのは、自分が愛してやまないファンタジーRPGの世界。
その中央に立つのは、自分が魂を込めて作り上げたオリジナルキャラ——桐原 一葉。
長い桜色の髪、鋭くも優しげな瞳、倒した敵の魂を吸収する妖刀、火と花を操る唯一無二の剣士。
「やっぱり一葉は最高にカッコいい……」
ゲームの中で一葉が
現実の自分は平凡なOLで、上司の機嫌取りや満員電車にうんざりする日々。
だが、一葉を動かしている間だけは、そんなもの全部忘れられた。
——気づけば深夜二時を回っていた。
「……あ、やば、明日も仕事……」
ゲームを保存しようとマウスを動かしたその瞬間、画面が強烈な光で覆われた。
「え、なに……バグ?」
次の瞬間、茉莉の視界は真っ白に染まり、耳がキーンと鳴る。
重力がなくなったような浮遊感——そして、何かに引きずり込まれる感覚。
『——桐原 一葉、召喚完了』
誰かの声が頭の中で響いた。
驚く間もなく、足元から地面の感触が消え、茉莉の意識は闇に落ちた。
湿った土の匂いが鼻をついた。
ゆっくりと目を開けると、頭上には分厚い木々の枝葉。葉と葉の隙間から差し込む光が、まだ眠気の残る視界を揺らしていた。
「……ここ、どこ……?」
声が、低い。
反響するような響きが喉から伝わり、自分のものではないように聞こえた。
体を起こすと、背中に張り付いたマントが土の上でざらりと音を立てる。
視界の端に、見慣れない装飾の刀の柄が揺れていた。
ふらつく足取りで近くの小川へ向かう。澄んだ水面に顔を近づけ——息をのむ。
映っていたのは、桜色の長髪を後ろで束ね、鋭い眼差しを持つ青年の顔。
ゲームで作った、自分のキャラクター——桐原 一葉。
「……っ、うそ」
頬に触れると、水面の中の青年も同じ動きをした。
指は長く、手の甲は骨張り、肩幅は広く、胸は……平ら。
全身から力が湧くような感覚はあるのに、背筋を撫でるのは強烈な違和感。
——女だったはずの自分が、男になっている。
動揺を飲み込みきれないまま、耳に微かな音が届いた。
「……足音……?」
次第に大きく、そして重く。地面を踏みしめる振動が足裏から伝わってくる。
枝が折れる音。唸り声。
木々の間から現れたのは、漆黒の毛並みを持つ巨大な狼だった。
赤い瞳が、氷のような殺意を帯びてこちらを射抜く。
息が詰まり、背筋が凍る。逃げれば一瞬で喉笛を噛み切られる。
本能が告げた。戦うしかない、と。
「……来いよ」
低く唸る自分の声は、もう茉莉のものではなかった。
桜色の刀が鞘を飛び出し、光の花弁が空気を舞う。
——異世界での、生き残りを賭けた最初の戦いが始まった。
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