第3話「幸せな思い出を作ろう」
パラレルワールド。それが今、町で流行っている小説のジャンル。特に人気なのは複数のパラレルワールドを行き来して、恋人を救うといった感動ストーリーだ。私も何作品か読んでみたけれど、確かに面白いし感動した。
そして実際にパラレルワールドは存在していて、色んな私がいるのかもしれないという想像を膨らませることもあった。
別世界線の私はどんな感じなのかな?
「次、プロッシュ・ガーデニア」
そんな風に色々考えていると、神声人に名前を呼ばれた。今日で十八歳になった私は、これから神の命令を受ける。
私は昨日親に教わった丁寧な身の振る舞いを意識しながら教会の中へと入った。
そして神声人の前に行き、言う。
「神、そして神声人よ。私に
数秒の静寂の後、神声人は口を開いた。
「プロッシュ・ガーデニア。あなたは幸せになりなさい」
この瞬間、私は声が出なかった。予想外の命令だったからだ。
「……幸せ、ですか?」
「その通りです。幸せになりなさいというのが神からの命令です」
神からの命令というのは『医者になりなさい』や『教師になりなさい』といったものだと聞いていた。実際、私より先に命令を受けた人も似たような命令を受けていた。しかし今、私に下された命令はそれらとは全然違うものだ。
「プロッシュ・ガーデニア。今から私が言うことを覚えておくように。とても大切なことです」
そう言われた私は、心を落ち着かせて聞く準備をした。
「今までの命令は特定の職業がほとんどで、道しるべがありました。しかしあなたに下されたのは『幸せになりなさい』という漠然としたものです。その命令には道しるべがありません。つまり自由であり不自由でもあるのです」
幸せになるためであれば、どんな職業でもいい。それどころか何をしてもいいということ。しかし神声人が言った通り、それは自由でありながらも、何をしたらいいのか分からないという不自由さもある。特定の職業であれば、そこにたどり着くための道は見えているが、幸せになるための道はどこにもない。
「ですが人生というのは、それが本来あるべき姿なのではないかと私は考えています。自由であり、不自由でもある人生の中で自分なりの幸せを見つけることこそが、大切なのではないかと思っているのです」
神声人の言葉が私の心に溶け込んでいく。
「今まで神がこのような命令をしたことはありませんでした。つまりこれはチャンスなのです」
神声人は私の肩を強く掴んで言う。
「プロッシュ・ガーデニア。あなたは幸せになりなさい。それは自由で果てしない旅かもしれないけれど、いつかきっと報われる。本当の自由の中で見つけた幸せは、あなたにとっての輝きになる」
そして神声人は最後にこう言って、私を送り出した。
「あなたに幸せが訪れますように」
*
神からの命令を受けて四年が経った。今の私には恋人がいる。
「やぁ、ガーデニア」
私の家にやってきた彼の名前はナナカマド・ライデン。ライデンとは町の書店で私が気になった本を手に取ろうとしたら、たまたまライデンもその本を手に取ろうとしていたらしく、互いの手がぶつかった。ということがきっかけで知り合った。あまりにも変な出会い方だったので、親にも笑われた記憶がある。
「今日も会いに来てくれたんだ。ありがとう」
そう言うと、ライデンは「毎日でも会いたいよ」とニッコリ笑った。そうして私たちは向かい合う形で椅子に座った。
「それでさ、その、結婚式の話なんだけど……」
「う、うん」
実は少し前に私はライデンにプロポーズをされ、結婚することになった。今後は婚約届けを出して、一緒に住むことも決めている。
「近くに有名な花畑があると思うんだけど、できればそこで結婚式をしたいなって考えてて……どうかな?」
「あの花畑?いいね! 綺麗な場所だし、何回か結婚式をしてるとこも見たことあるから良いと思う」
そう答えるとライデンは嬉しそうに笑った。そしてその笑顔を見ると、温かくて優しい何かが私の心が満たしてくれる。
私にとっての幸せはライデンの笑顔……いや、ライデンという存在自体なのかもしれない。
「私、今日は時間あるけど下見とか行ってみる?」
「いいね、俺も時間あるから行こうか」
そうして私たちは町にある花畑へと向かった。その花畑は昔、お年寄りの方が一人で花を植えたらしい。ただ息子さんが、管理費を確保しないと花畑を維持することが難しいと感じたため、観光スポット化したり結婚式で使えるようにしたらしい。
その努力もあって今ではこの町以外の場所からも、花畑を見るために多くの人が訪れる有名な場所となっている。
私は花と戯れながらライデンのことを見た。するとライデンは少しだけ頬を赤らめた。
「ガーデニアと花畑はすごく似合うね。すごく綺麗だよ」
そう言われ、恥ずかしさと嬉しさが混じり合う。
「いつかさ、家の庭を綺麗な花で埋め尽くしたいんだ。規模は小さいけど、それでいい。俺の夢の一つだよ」
夢を語るライデンはすごくたくましく見えた。
「庭を花で……素敵だね。たくさんの花を眺めながら、それまでの思い出を語り合ったりとかしたいな」
「だったら、良い思い出をたくさん作らないといけないね」
「うん。これからたくさん、幸せな思い出を作ろう」
すると手にライデンの手が当たった。お互い指先で馴れ合いをしながら少しずつ近づき、やがて指を絡めて触れる。その瞬間、温もりを感じることができて嬉しい気持ちになった。
そうして私とライデンは風になびく花畑で、互いの唇を寄せ合った。
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