白木和登、富山美南――静かな屋上②
裏面のタッチパネル液晶に触れるも、反応はない。少し力を込めて振ってみるが、振動検知で作動するという風もない。確かに、少なくともスリープモードか、本当に電源がオフになっているようだった。
「はい、確かに」
そういって返すと、彼女はカメラの画角を切るように、下向きにして手に持った。
「どこで、知りました? 一応、戸籍上の名前も白木に変えてるんですけど」
「あ、デッドネーミングになっちゃいます?」
「いや、加瀬の名前でも活動してるので、大丈夫ですけど……それよりデッドネーミングの使い方、間違ってますよ」
「あは、すみません。……初めて避難訓練でお会いしたときに声をきいて、反戦デモのスピーチをしていたハイレールの機長のお子さんの高校生と声が似てるなーって思ったんですよ」
『加瀬機長の息子』として活動していた頃だ。確かにあの頃はイベントが画像系SNSのライブ機能などで配信されていたりもしたし、国内外を問わず反戦アクティビストや政治系インフルエンサーのショート動画アカウントにもインタビューを受けた。いまでも探せば数十本は出てくるだろう。累計再生数はわからないが、数百万から数千万には達していると思う。
「ああ……」
納得とも狼狽ともいえない声が、返事として漏れた。そして、すぐに次の言葉が出てこなかった。
当時中学生だった彼女のような子が見ていてもなんら不思議ではない。
問題なのは敢えてこの仮面持参で接触をしてきた意図だ。上官の教員士官に突き出されるのか、体のどこかに隠しカメラでも仕込んでこの場で本人特定の動画でも取られてしまっているのか、それともこの仮面と本人特定を口実になにか脅迫でもしようというのか。
いずれにせよ、嫌な予感ばかりがする。
冷や汗を乾かすように、服の襟をつまんでぱたぱたと風を服の中に送った。気温39度の直射日光下での風は、ほとんどエアコンの衣類乾燥モードの温風のようだった。
「どういったご要件かうかがってもよろしいですか?」
ほぼ無意識に、初めての相手からインタビューのアポイントメントの連絡を受けた時と同じような口調になっていた。完全に警戒モードである。
これがインタビューのアポであれば、相手のメディアの政治的立ち位置を特定するために、きちんと調べる必要がある。相手によっては、平和的な反戦活動をおとしめたり揶揄するために自分のインタビューが使われてしまうおそれがある。
そのリスク管理には、初っ端から相手の素性を聞き出せるだけ聞き出す必要がある。
「まず、勝手に持ち出してごめんなさい」
そういって彼女は深々と頭を下げた。
(まだだ。これは警戒心を解くための動きかもしれない。まだ判断できない)
「いつ、これを?」
「6月の中旬くらいですかね。部室の戸締まりの見回りに行ったらPSCの部室の鍵が開いてて、そのとき入ったら目について、パソコンの裏になにか隠してると思って中身を見たら、これだったので……ああ、やっぱりあの機長の息子さんなんだ、って確信して。7月に入って、戦争終わりそうだなって感じになってきた頃に避難訓練あったじゃないですか。あの時に真っ先にPSCの部室に入って、鋼鉄窓を閉めるどさくさに紛れて持ち込んだ自分のカバンに詰め込みました。それ以来今日まで自宅の自分の部屋の収納に」
それを聞いて、白木は大きく息をついた。ほとんどタッチの差のようなタイミングで取られていたのだ。彼女は話続けた。
「まあ、最初はアラート避難訓練の後、撤収の後片付け中にあの部室で、よく見たらこの部屋みたことあるなーと思って……家に帰って中学の時よく見てたユース国際フォーラムの配信のアーカイブを見直したら、平和シンポジウムで薔舎のPSC名義で加瀬さんが日本人パネリストとしてあの部屋からオンライン参加してらしたので」
それを聞いて、白木はにわかに表情を険しくした。
確かに、この国が派兵する直前開かれた台湾半島有事に関する講和を考えるシンポジウムにパブリック・スピーキング・クラブの副部長名義で参加したことがあった。たしか『Wato.K』という名義で参加していたはずだ。
数少ない顔出しの公開オンライン配信の参加である。
だが、そのシンポジウムの国内配信視聴者数は1000人にも満たなかったと記憶している。要するに、よほどそうした活動に興味があるか、反戦活動者の個人特定や監視や追跡が趣味というような偏執的な右派思想者かである。
「私、本当は一般で薔舎の受験考えてたんですよ。ただ模試でC判定って出ちゃいましてね。……うち、親が神社の宮司やってて、境内には戦没者慰霊碑があって、8月15日とかも地元の市議会議員の慰霊の会の主催で祈祷とかやっちゃうような、いわゆるコテコテの右翼系なんです。まあ、そのおかげでオーダー科枠での推薦が取れたんですけどね……ま、私は実家継ぐ気は全くないし、はっきり言って親の思想も嫌いです」
「うん」
「今回の戦争も、本来ならこの国の国際的立ち位置なら、派兵ではなく対話のテーブルを用意するべきだったと思ってるんです。なにより資源で依存してる大国と長年友好的だった国が、原油から砂糖まであらゆる物の輸出入で重要な海域で戦争しようとしてたんですから、本当に将来を考えたらそのケンカに混ざるのではなく、仲裁に入れよって……けど、その大国から侵略を受けてると思い込んでる人らは、そんなの聞かないんですよね」
「うん」
白木は相槌をうちながら立ち上がり、屋上の流し台に向かった。
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