多喜、富山、渡辺――学食①
試験最終日の学食にはめずらしいものがあった。
食券のオプションに『ゆで玉子50円(1人1つまで)』とあるのだ。
その値段を見て、多喜達は終戦をまじまじと実感した。
定食のサンプルの方は、いつもとさほど代わり映えはしない。
キュウリの薄切りが付け合せのおから入りのミニハンバーグと切り干し大根の小鉢のセットか、明らかにひじきとみじん切りにされた玉ねぎと思われる黒い筋と白い四角が練り込まれたピーマンの肉詰めとにんじんとこんにゃくの白和えの小鉢のセットだ。どちらもひき肉の体をしているが輸入大豆由来の代替肉である。
それぞれ麦飯と味噌汁がつくが、味噌汁は椀の底が透けて見えるほど味噌が薄く、せめてもの具の足しのつもりか、出汁がらとおぼしき煮干しが一匹、わかめの間を漂っている。
国産の味噌も醤油も国産大豆の流通量が限られるため、一般世帯でも購入数制限のための配給クーポンがなければ買えない上、店頭入荷数も安定していない。学食などでは学食の運営会社が卸業者から買い付けているらしいが、その卸業者が配給停止してしまったときに備えて、調味料類は塩以外は薄めの傾向が高い。
購買部の惣菜パンに挟まれたフライにも当然のように具におからが練り込まれているが、こちらはソースの方が貴重だったりする。
これでも入学直後にくらべればだいぶマシだった。多喜が入学して初めて食べた学食のラーメンは、ラーメンというよりネギともやししか具のない細く縮れた中華麺だった。スープもうどんとラーメンで出汁が共用されているようで妙に甘かった。あれ以来、学食でラーメン類は頼んだことがない。
それでも、期末試験を終えたばかりの学食の空気はいつもより明るく思えた。
試験が終わったせいもあるが、なにしろ終戦のめどが立ったのだ。
船便や高架高速道路での物流の安全が確保され、元々輸入飼料で育っていた卵や牛乳などは既に値下げを始めている。8月の選挙では実質的な消費税増税であった戦費特別税が撤廃される事を強く期待されている。
多喜はいつも食事をともにしている富山らと共に、定食とゆで玉子の食券を買った。
そして注文した定食のトレーを持ち、窓辺のカウンター席を3人並んで座る。
支給されているボディカムに集音機能はない。対話のAI解析は原則的に映像データの顔認証と合わせて読唇によって行われるためだ。それを逆手にとって自由に話したい時は、敢えてこの席で互いの顔が映り込まないようにしていた。
そろっていただきますと手を合わせて、それぞれ自前の箸箱から箸を出す。
学食には箸立てもあるし、そこには同じ長さで揃った臙脂の塗箸もささっているが、なんとなく皆箸だけは自分のものを持ち込むようになっていた。割り箸の類は間伐材系の国産品しかなく、それらもコンビニなどでは有料になっている。
「新しいクラスになったら、どうなるんだろうな」
「お昼はみんなで食べようよ、お弁当に切り替える人がいるなら、どこかの空き教室か屋上に持っていって食べればいいし」
「俺はとりあえず、一度ちゃんとした肉が食いたい。フライドチキンとか豚の生姜焼きとか贅沢なことはいわない。パリッとしたソーセージとかハムとか、なんならコンビーフでもいい。肉って感じのものが食べたい。ひき肉に豆やおからが混ざってるのは家でも出されるし」
「私、今朝久々にハムエッグ食べた。やばかった」
富山の言葉に身を乗り出す男子二人。ちなみに多喜と、もう一人の名前を渡辺
「マジか!」
「おいしかったよー、塩と肉の油分と半熟の黄身が混ざるの本当最高」
「いいなぁ、俺等も買えるようになったら食いたいわ」
そう言い合いながら、それぞれ皿に箸をつけた。卓上には醤油やソースの瓶はない。あるのは塩だけだ。それを近い1人がとって、ほかの2人と回す。
オーダー科は現在のところ食事時は3つのグループに分かれている。
多喜や富山のような元々薔舎学園志望だった3人のグループ、家庭の経済的事情で国防コース志望という4人組、そしてそのどちらでもない何もしなければ孤立していたであろう子らの固まった行儀はいいが内向的な2人組だ。上田はこの内向的な2人組と一緒に行動していた。
「それで、二学期以降の身の振り方、なにか考えてる?」
「ぼくは、上田の件で仲良くなった先輩や大山先生がいるから、合唱部に混ざると思う」
多喜は素直にそう言った。
これに渡辺はすこし呆れた顔をした。
「
そう言われて、ふっと吹き出すように笑った。
「いや、合唱部ってゆるくて居心地いいんだよ。あそこは合法的にハーネス緩められるし」
「そうなの?」
「うん、発声練習で、ハーネスが胸と腹に余計な負荷をかけてるから外しなさい、って言われる」
「そうなんだ……」
「一応、今のところ留め具を外すだけで完全には外さないんだけどね。なんていうか、なんかあって城戸先生が見回りに来たときに外してるの見られたら絶対プランクじゃん?」
「ああ、わかる」
「まあ、2尉殿と一緒にボディカムとか警棒もなくなるんだよね」
「制服もでしょ」
「そうなの?」
「うん、一応統合秩序推進局の支払いで買ってもらったものだし……タブレットのリースだけは中途退学以外の理由での返却返金ナシの契約で借りてるらしいから、取り上げないでいてくれるらしいけど」
「そっか……そういえばタブレットの破損保険だけはうちらの自腹だったしね」
「そうそう、権利はもう私らにあんのよ」
「薔舎は私服だからいいけどさ、制服の高校の子らとか、買い直しだろ?」
「らしいね。国防ネットも制服代だけでも政府か自治体に支給してもらえないか署名活動やってるし、私も一応署名したから」
「みんな金ないから国防コースだもんね」
「そうそう」
「辛いねえ、学費問題で公立目指して、そのかわりにDOS選んだ子らはみんな学費発生だもんね」
「俺の中学の時のタメで、行政区内の私立にDOS行った子は、通信制に編入するっていってた。なんでも国防コース系の子ら向けの学費助成プログラムをやるって発表してる学校があるらしいから」
「あー、そういう学校も出てくるだろうね、通信なら自由度高いだろうし」
「けど、俺等もそうだけど、そういう子らもマイナ・スコアには元国防コースって残されちゃうんだろうな」
「案外それで国防軍とか予備役から勧誘かかってくるかもよ?」
「嫌だよ、元々戦争反対の思想が強いトコに入りたかったから薔舎入りたいと思ってたのに、そこで憲兵の真似事させられて、また第一列島線でドンパチはじまったら今度は前線送りなんて」
渡辺の言葉にまじまじと頷く富山。
「わかる。私も徴兵はイヤ。統合コースになったら、できるだけバイト代稼いで、カナダにでも留学するんだ。最悪あっちに戦災難民として亡命するくらいのつもりで」
「英語とフランス語はどうすんの?」
「そこで二学期以降の身の振り方の問題。私、
それを聞きながら、咀嚼していた麦飯をほとんど味噌味のしょっぱいにぼし汁といった趣きの薄い味噌汁で流し込んで、多喜が相槌をうつ。
「えーと、大学受験で英文科とか外国語専攻狙う人が入るんだよね、あそこ」
「うん、まさにソレ」
「ツテとかあるの? PSCって戦前は海外の平和活動のユースフォーラムとかにもオンラインで参加してたくらい反戦派の部活でしょ。元オーダー科ってスティグマえぐくない?」
そう言われて、富山は不敵に笑んだ。
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