全校集会、多喜亮珠――混乱と結束②

「なお、本校担当士官としては、いつでも本件加害に関連すると思しき情報を実名匿名を問わず受け付けている。むろんこの報告内容によっては、報告者の本件に関する備考欄の修正および再評価も検討する。そして本件に関していじめ問題として確たる証拠が判明した際には、当該生徒を除いて他の生徒のマイナンバースコア備考欄の追記内容は抹消することをここに約束する。心当たりのある生徒からの貴重な情報の提供を、私は強く期待している」


 そういって城戸2尉は壇上のマイク前から下がった。


 ……これは、見ようによってはその意図はとても明確だった。


 監視者としてのオーダー科を忌避し、反戦や平和主義の思想で一体感を持つ一般生徒達を、進路に関わる内申評価を材料に崩壊させようというのだ。


 対する生徒側は、上田が1人で無人のトイレで首を吊っていたという事実を知らない。最後の言葉として同級生に短い謝罪の言葉メッセージを送っていたことも知らない。


 そのせいで、一般生徒の多くの胸中には、憶測と疑念が一気に高まったに違いない。なんらかの、他殺と見られる状況で発見されたのだという憶測である。


 大学の推薦入試の出願時期まで、まだ数ヶ月余裕がある。その間に犯人が特定されて、そのほかの生徒たちへのマイナンバースコア上の汚点が消えれば……。


 そんな期待に似た焦りの湧く生徒たちは、自然とどよめき始めていた。


 最後に生徒自治会長が壇上に上がり、こう述べた。


「とにかく、みなさん一度落ち着いてください。わかります、私も動揺しています。ですが、一つだけ何をどうしても変わらないことがあります。私は皆さんを信頼しています。先輩たちの薫陶くんとうを受けてこれまで平和的な戦いを続けてきた皆さんを強く信じます。地元警察も動いてくれています。なにか情報があればそちらから先生がたを通して、皆さんにも随時なんらかの報告が入ると思います。なんの根拠もなく誰かを疑ったり、誰かに罪や責任をなすりつけるようなことはせず、事実ファクトに基づいて動きましょう。今日、明日から先も、冷静に、私達は生き続けなければなりません。最後に、この場で私は亡くなった上田和伊さんに黙祷を捧げたいと思います。私と同じく仲間を信じる気持ちのある方は、どうかご一緒していただけると故人の慰めになると思います。よろしくお願いします。では、黙祷――」


 この言葉に、なおもざわつく一部の生徒をのぞいて、大半の生徒は共感を示すように沈黙し、祈りを捧げた。概ね、数十秒ほどだろうか。


「――ご協力ありがとうございます。先生がた、他になにかありますか? 無ければ昼休みの時間も限られますので、解散としたいのですが」


 これに、先生がたと城戸は顔を見合わせて、とくにないというように首を振って示す。


「では、追ってなにか情報が入りましたら、先生がた、城戸先生、どうか昼礼ないしショートホームルームなどでの生徒への報告をしてください。これは私達の進路にも関わる問題です。どうかよろしくお願いします」


 そういって、自治会長は体育館の舞台中央から左右の上下後方の先生がたに、頭を下げた。

 これに倣うように、いくらかの生徒が自治会長の所作に合わせて頭を下げた。

 誰かが号令を出したわけでもない、みな自主的な『お願い』である。


 多喜は体育館最後方、下手側壁沿いから生徒たちの背中を見守りながら、内心感心した。


 黙祷にせよ、先生がたに頭をさげるにせよ、所作もタイミングも揃っていないが、自由意志の中の確かな連帯のようなものを感じたのだ。


(やっぱり、普通の生徒としてこの学校に入りたかった)


 心からそう思うと同時に、昨日の心肺蘇生の筋肉痛がつらい肩甲骨から手首までをだらんと下げたまま、解散の合図を聞いた。これに併せて、前傾型の敬礼をした。


 緊急集会は生徒総会と同様に原則的に自治会と各クラス委員の仕切りだ。入退場の顔認証もない。


 多喜はただ、体育館の退出用の扉が開け放たれるのを待ち、大半の生徒が出ていったのを見送ってから、自分も出口へ向かった。



 ……放課後、音楽教員室に多喜はげっそりとした顔で現れた。

 その半袖のポロシャツに巻きつけられた黒いハーネスには警棒警笛だけがぶら下がっていた。

 ボディカムはまだ届いていない。


 つい数分前、多喜の方から大山先生に話がしたいと連絡したところ「音楽教員室に今居るからここにきなさい」とのことだった。


 第二音楽室と屋上は、練習前に茶や軽食を取ろうと集まった合唱部の部員がわらわらとしていた。


 そして、大山のいるであろう教官室を覗き込むと、ここも私服姿の部員がわちゃわちゃと話をしていた。彼らは黒い帽子に警棒と警笛を吊るしたハーネスを見るや、ややぎょっとした顔で口をつぐんだ。


「先生、クラスの子お見えですよ」


 誰からともなくそれまでのタメ口とは明らかに異なるトーンの声色で衝立代わりのように部屋の中央に連なったロッカー裏面の向こうに声をかけた。


「ん、そのままこっち連れてきて」


 そう促されて、おしゃべりの輪が割れるように道を譲られた。のど飴の入った籠や魔法瓶や卓上IHコンロが置かれたテーブルの側を迂回して、ロッカーの正面側のほうに回り込んだ。


 そこには、3つの灰色のデスクが向かい合わせに据えられていて、その正面には小さな戸棚とその上に液晶テレビとデスクトップパソコンが並べて置かれていた。


 そのテレビの正面の机の席に、大山光恵先生はいた。


 そして彼女の更に奥に、背もたれのない椅子に座った大山先生よりも頭一つ背の高い白いメッシュキャップを目深にかぶった肩にかかるほどの黒髪の女子が座っていた。


 その背格好と高い鼻筋の顔立ちには、見覚えがあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る