多喜亮珠――予備登校日①

 予備登校日は3月下旬、中学の制服で来るようにとの事で、指示に従い中学の冬服に学校指定のコートで登校した。先日降った雪のせいで、気温は20度近いというのに日陰だと底冷えするような日だった。


 この年の3月下旬は既に桜の開花も盛りを過ぎており、天気予報は明け方の気温は一桁、昼は快晴で最高気温25度近くという、気温差のある予報を出していた。


 その上通学電車の混雑もあって人いきれで半ばのぼせてしまい、ぼくは薔舎学園高校の最寄り駅、薔公園駅の改札を出たところでコートを脱いだ。

 それを抱えて受験の時に通った道の記憶を頼りに国立薔公園の中央にある池の橋を渡った。


 途中、公園の開けた広場の真ん中に、黒黄色オリーブドラブと濃い緑の迷彩色の自走式地対空ミサイルの車両が同色の随伴車両や天幕に囲まれて、まるで建て掛けのまつりの櫓のように直上にミサイルの箱を向けて、停まっているのが見えた。


 その光景は推薦入試の受験のときも見た。あの時からまるで微動だにしていないかのようだった。

 地元では見ないものだったから、携帯で撮影しようかとも思った。

 だが他の新入生と思しき他校の制服コート姿の女子学生が、すぐ眼の前で陸軍制服の兵士に呼び止められていた。そして携帯電話で撮影した画像を削除するよう指示されているのを見て、携帯を取り出すことすらやめた。


 試験の後、家に帰ってネットで国防軍の首都圏の防空に関する情報を見たところ、各都立公園には中距離地対空誘導兵器が設置されているという情報が出てきた。約半径30キロ圏内を守備範囲とし、巡航ミサイルや長距離無人機等の迎撃に使用されるという。


 この30キロ圏内には、薔舎学園はもとより薔公園の南西にある国内の南の小島への定期便の出ている飛行場や近隣の国立大学なども含まれており、そちらには更に短距離地対空ミサイル、長距離無人機迎撃用の対空機関砲なども配備されているという。


 幸い開戦から今まで、まだこの近辺で迎撃兵器が使用されたとか、何かを撃墜したとかというニュースは目にしていない。そういうニュースは本土の北西沿岸部や北面を海に面した西の地方都市エリアなどを中心に毎日のように目にする。


 特に、原子力発電所が攻撃を受けた影響はいまだに続いている。まず偏西風の風下の地域は広く帰宅困難地域に指定されている。

 一般家庭の制限停電は発生していないが、消費電力量を抑制するためにエアコンなどは過去10年以内に製造された機種への買い替え要請が出ているし、街灯も一つおきに消灯されている。


 民間企業でも電力消費量の多いAI技術使用は制限され、物流拠点もロボットから人力に置き換えられている。

 いわゆるネットショッピングの注文即日配送などもサービス休止となり、大抵は受取まで最短でも1週間はかかる。例外は近隣に実店舗を持つネットスーパーや出前くらいだ。


 首都圏の電車も環状鉄道と首都を東西に横断する電車の一部区間を中心に都心部の電車の多くが本数制限をし、かわりにそれらの各駅沿いの一般道を公営バスが増発されて走っている。


 このバスを利用するのも避けたい人達の間で自転車が流行っているという。そしてその自転車が一般道の渋滞の原因にもなっている。ひと昔前に流行ったレンタルの電動キックボードは、電力制限の影響でサービス休止中だ。


 自動車も太平洋航路を除いて海路の安全が断たれて原油の輸入量が減り、燃料価格高騰を被っている。EV車等への移行も、バッテリーや一般家庭向けのソーラー発電の原料や資材の輸出国が台湾や敵性国の中国である都合から、今はプレミア化している。


 都市部のタワーマンションの住人も、郊外地域の低層マンションや中古住宅に移っているらしい。こちらは重要攻撃標的度の高いタワーマンションに住み続けることを警戒した人々が分散した結果だ。

 首都郊外の空き家は高級リフォーム住宅に変わり、地価も地元産野菜の価格も上がっている。


 いずれにせよ、あらゆるものが高価で不便で、貧しくなっていた。

 ……我が家でも首都の高架高速道路が爆撃被害を受けたら、両親は農家をやっている母親の実家に一家で疎開しようかという話をしている。


 そしてテレビニュースは派兵に伴い国内の防衛兵力人員が減っているという話をしている。

 ネットではこのニュースのウェブ版のリンクを貼り付けて、『#徴兵反対戦争反対』という話題がバズっている。

 

 ……おそらく、これから高校生活中に戦争が終わらない限り、国内の状況は更に悪化することになるのだろう。

 それを思うと、頭を抱えずにはいられなかった。


 本当は、ぼくだってさっさとこんな戦争終わってほしい。ぼくが小学生の頃は、ファストフードの一番安いハンバーガーは1個200円で買えた。それが今はどうだ、500円もする。プラスチックのおもちゃつきだったキッズメニューセットだって今では再生紙のキャラクターカードだ。


 それもこれも資源依存度の高かった大国を敵国とし、アジア航路を塞ぐ戦争のせいだ。


 本当なら、そういう話を洗いざらい誰かと話したい。

 けれどできない。

 そんなことをすれば、監視カメラとAIの読唇術機能リップリーディングで、ぼくが抱える戦争反対の思想が個人情報としてマイナンバースコアに反映されてしまう。


 そういう感情をひた隠しにしてきたから、今回の統合秩序推進局の推薦入試枠も得られたのだ。

 この際、最低でも入学するまでは本音は誰にも話せない。

 どうしても話したければ、わざと学校を何日も休んで心療内科のようなところに行って、監視カメラのないカウンセリングルームの中で話すくらいしかない。


 だがそういうことをすれば、おそらく精神的に弱いと捉えられて、この推薦枠での通学は取り消しになってしまうかもしれない。


 そうなったら、今度はどこに通学できるだろう。


 今は通信制高校すら、レポートは校内クラウドへのレポートファイルのアップロードではなく、紙と切手のやりとりをする状況にまで退行している。


 ネットもIPアドレスやSIMカードとマイナンバースコアが紐づけられているから、検閲を避けようとすれば、米国系のブラウザにVPNのアドオンなどを噛ませる必要がある状況だ。


 実際、中学のクラスメイトでも国内報道ではない本当の戦況を知りたくてパソコン部に入ってlinuxの使い方を一から勉強し、VPNとキャッシュ削除を駆使しながら英国国営放送の英語版サイトを見ているという子がいるくらいだ。

 その子が言うには、台湾の戦況はかなりの激戦らしい。特に海峡部と北部は両軍あらゆる無人兵器が飛び交っていて、その爆撃によってかつてのパレスチナのガザ地区のような瓦礫の山の有り様だという。一方で、比較的安全な台南沿岸部からは難民を乗せた民間船が毎日のようにインドやオーストラリア、ニュージーランド方面へ出ているという。


 実際、そうした難民の一部受け入れをわが国が決めたというニュースが流れていた。その難民の多くは、農村部に迎えられて労働力として期待されているらしい。


 数日前のテレビニュースでも、わずかな家財道具と思しき荷物を背負った疲れ切った表情の女性が、向こうの言葉でインタビューを受けていた。


『安全な場所で、きちんとご飯が食べられればそれ以上何も望まない』


 そんな字幕がついていた。彼女が本当にそう言っていたのかどうか、それがわかる語学力はない。

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