多喜亮珠――ぼくが入学に至るまで①
ぼくはその時、翌年に控えた高校受験のために週末はボランティア活動、平日は夜は学習塾に通う日々を過ごしていた。
正直、テレビやSNSを見ている暇などなかった。
志望校は首都郊外の公立と私立だ。どちらも私服で頭髪制限がない。
公立校の方は風通しのいい校風で居心地が良いと同校に進学した卒業生から聞かされていた。
私立の方は地元自治体が私立高校への学費助成制度を実現しているため実質的には公立校に通うのと負担は変わらない。校風としては自由放任主義で、戦争直前まで学校全体を上げて台湾戦争の講和実現と本邦の参戦反対運動を行うほどの平和主義路線だった。更に今年から、体育館棟の一部改築が済んだばかりだという。
どちらの高校も、毎年入試では時事性のある社会問題や政治課題を長文問題として扱う性質があり、去年一昨年は台湾戦争と憲法改正の社説が問題文に引用された。
必然的にぼく自身も引用頻度の高い地元地方紙の新聞社のネット記事を読む機会が増えた。記事の内容はどちらかといえば参戦や派兵には消極的で、国防費の多くが地対空の迎撃兵器や海軍や空軍の装備へと割かれていて、国内の都市部の耐爆シェルターなどの配備に全く予算を割いていない現状を問題視していた。
実際、改憲と国防軍創設以来中道ないし左派政党の多くが、台湾戦争の停戦協議の場を設けるよう政府に訴えかけると同時に、国防費による市民保護シェルターの建設を強く求める主張を展開していた。
だが政府は、一般国民の標的リスクの低い地方への疎開移住の推奨、およびサイバー攻撃対策および早期警戒情報と
テレビを見ることはなくても、ハイレール爆撃の報道映像は何度となく見た。
あの事件から1週間、あの事件から1ヶ月、あの事件から3ヶ月、半年、1年……というように。まるであの瞬間の怒りを国民が忘れないように燃料を継ぎ足すかのようだった。
監視カメラと思しき画質の荒い固定映像で、何機も斜めに連なった飛行機の間に、一瞬小さな影のようなものが落ちてきて、次の瞬間オレンジの閃光と振動が生じた。
地震のようにカメラは激しく揺れながら、子供向け特撮ドラマのナパーム爆炎のように次々と火柱をあげる並んだ旅客機の翼を映していた。
炎上する機体の一つ、ハイレール機の黄色地に青でHRのロゴの入った尾翼も一瞬で爆炎のオレンジの光と灰色の煙に巻かれて見えなくなった。
この黄色に青のラインの柄は、間もなくリボン型のバッジとなり、衆院選の極右野党と参戦派与党議員によってJH8213便搭乗員を悼む政治的モチーフとして用いられた。
「この国の国民からさらなる被害を生み出さないために、我々はかの島の人々と共に戦わなければならない。左翼の連中のようなお花畑の綺麗事を言っていられる状況ではないのです」
などという文句とともに何度となく動画投稿SNSのショート動画で流れてきた。
だが、その一方で『機長の息子』を名乗る顔照合妨害効果のある透明なモザイク柄の仮面をつけた若者が、停戦と参戦反対を唱えるデモや集会などでマイクを握っている動画も同じくらい流れてきた。
ぼくは、どちらに対しても同調も反対もしなかった。
ただ、全国統一模試でJH8213便と参戦機運を題材とした長文題の記述問題に対してだけ、こう書いた。
『乗組員達の死を悼むと共に、どんな事態になったとしても冷静さと客観性を失ってはいけない。この国の多くの都市が、かつて戦争という熱狂へと自らを鼓舞しながら、焼夷弾の火に焼かれたことを忘れてはいけない』
と。
この頃の全国統一模試は、既に国家主導の統合監視AIによる『マイナンバースコア』という国民個人の思想性や精神的傾向をまとめた個人検閲の調査情報対象となっていた。
正直に言って、ぼくはそれを含めて敢えて反戦的な傾向のある文章を書いたつもりだった。個人主義的で自由な校風の学校への適性として有利に判定してもらうためだ。
だが、模試の結果の志望校合格率判定は公立校はC、私立校はBだった。
そして備考欄として『志望校の国防軍統合秩序推進局推薦枠獲得の可能性あり』と出た。
統合秩序推進局なるものについて初めてその名を目にしたのがその時だった。
ネットで検索すると、真っ先に出てきたサジェストワードは『憲兵』と『軍警』そして『違い』だった。
……正直に言って、少し嫌な予感がした。
ぼくが参加していたボランティア活動は地元で数百年の歴史ある宗教団体が主催する地域貢献活動だった。
例えばお祭りの時にゴミを持ち帰るための防水紙の袋を配布したり、地域の清掃活動なんかが主な活動内容だ。
だがその頃は知らなかった、このボランティアを全国規模で統括しているのが、現与党の参戦支持派の支援組織である宗教系政治団体だということを。
そして、そこでのボランティア活動と模試への回答の中立性の高い視点が自由主義的な校風の学校での『憲兵役の生徒』に求められる資質としてマイナンバースコアにおいて認められてしまったのだということを。
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