第5話 スーツを着た女

意識が朦朧のまま光の川に身を任せて体感2秒ほど、身体が面に浮いていく。と言うより、上にゆっくりと落ちているような感覚。


重力を感じた。背中と手のひらで地面を触ると先程の様な水面とは反転、小さな凸凹を感じる。砂利のような、しかしより硬く冷たい。腰をあげると少し雲の覆い被さる空に、色彩取り取りの花が見えた。一本の灰色の地面が続いている。一尺一寸のズレも無い真っ直ぐな道が終わりなく続く。


腰を曲げたまま前に重心を掛けて膝を着く。左腰に刀が刺さっていないのを確認し、自分が死んだ事を思い出す。


取り敢えずは行くしかない。私は歩みを進める。

ここには沢山の花が咲いている。紅色に藍色、薄ら梅色。生きている時はここまで花に目をやった事が無かったが悪くないと思える。


ここは日が傾かないのか、どれ程歩いたのかが測れない事に気づいた。


「奇だ」


道の途中、蜃気楼の中に影が見えた。団子屋、かと思えば大きな蛇腹傘と長椅子だけがあり屋は無い。何より、誰か座っている。水面の婆さんの仲間なのだろうか。ならば敵対では無いと思うが警戒はしよう。


蜃気楼が霞から鮮明に変わる。


椅子に腰掛けるそいつは顔をこちらに向けると恐らく口角をあげている。短い黒髪だが艶がある、城下の人間だろうか。しかし全身を見るとそれは奇怪な格好をしていた。足元には黒く艶のある、実に硬そうな履物を履いている。足首から腰に掛けて身体の形に合った腰巻、しかし股下が別れている。極めつけはちゃんちゃんこにしては余りに身体の形に沿っている着物だ。金が無いのか童が着る物を無理矢理着ているのか。

団子を食っている。


近づくと、そいつは座ったまま私を見つめていた。団子を食う手を止めない。


「おい、これで新しい着物でも買うといい」


私はもう使わぬだろうと帯に挟んでおいた三文を渡す。


『あれ、話が早いですね』


何だ此の無礼者が。人の親切を何と捉えているのか。

それどころかそいつの声を聞いて私はとある疑問が沸いた。


『貴様、女子か』


「え、はいそうですが」


こんなに髪が短く黒い着物を選ぶ女子がいるか。それなりに珍しい家系なのか。


「お前もあの婆さんの仲間であるか」


『婆さん...?あぁ..!奪衣のババァの事ですね!まぁ、仲間っちゃ仲間...なのかな?同業者?かな?』


侍にヘラヘラと、と思ったがもう死んだ身。そこに身分なんぞ無いのか。


『あっ、そうだそうだ確認しないと。えっと、その婆さんに貰った紙はお持ちですか?』


ペラペラな小さな和紙を渡す。


『これです!ありがとうございます!』


そいつは暫く紙を覗く。


『木宮さんですね。かっこいい、侍は初めてです。没時47歳、死因は病死。へー、侍でも殺傷をしない方もいるんですね。だからか...』


「貴様なぜ私を知っている。」


腰に手を当てるが刀は無い。


『あぁ!そんな敵対しないで!これ、ここに書いてあるんですよ』


そいつは紙を指す。


「何を冗談を」


『えっと、これ死んだ人には見えないんです。我々冥界に仕える者にしか見えなくて、えっと、貴方の全てが書いてあるんですよ』


奇怪な世界だ。何たるカラクリか。着いて行けなく頭が痛くなる気がする。


『ちょ、そんな気を落とさないで下さい。ほら、疲れたでしょう座って下さい。』


疲れてはいない。何なら疲れを感じない。身体は大丈夫だと言うが心が安めと言っていた。


「かたじけない」


『すげ〜、侍だ。』


五月蝿い。


『抜刀斎として怖がれていたらしいですけど、なぜ原罪がこんなに少ないんでしょう。』


「私は誰も手にかけて居らぬ」


『侍なのに?』


「女子、ここは何処だ。あの湖とは違うんだろう」


『ここは輪廻0号線です。それにおなごって、私は秋です』


「零号線?」


『無視っすか、初めて死んだ魂は三途の川を流れて、この0号線へと辿り着くんです。そこから1から9号線の何れかに歩いて行ってもらって、また0号線に戻って来なきゃいけないんです。』


「何だ、修行か?」


『まぁ...そーっちゃそう...?で、地獄道は9号線、9号線に着いたらより複雑で斑で歪な道を通り、0号線まで引き返さなければならないんです。木宮さんは1号線ですからご心配要りません。』


「一でも九でも無ければどうなる」


『えっと、5とかですか?んー中途半端に辛い?というか歩きにくい感じです。数はその道の歪さを表すので。でも相当何かしでかしてないと9号線は行かないです。私は一人二人しか見たことないですよ。』


「しかし私も人を殺していないが、切った事には変わらぬ」


『足や手を負傷させて、犠牲者を出さずに戦を終わらせた、と書かれています。まぁ妥当なんじゃないですか?その時代スマホも無いし』


「ん...じゃあ私はここから一号へ行き戻ってくれば良いのか」


『そうなりますね』


「では行ってくる」


『え、あ待って!下さい』


椅子から立とうとした所で中腰の状態で止められた。そいつは少し寂しさを覚えた目で此方を見ている。


『あ、すいません。死者が来るの久しぶりで。もうちょいその、お話と言うか』


今後も長い旅になるだろう。それにこいつは戻ってきた時に又間見えるかもしれない。話でも聞いておこうと思いまた腰を下ろした。

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