夢中の剣士

戸部湯歌郎

第1話

 夢を見た。なぜこんな夢を見たのかはわからないが印象深い夢だった。

 誰かに話したいとも思うし、別段人に話すようなことでもないようにも思うので、忘れてしまわないうちにここに書き留めておこうと思う。

 次のような夢である。


 気が付くと全く知らない場所にいた。全く覚えのない見知らぬ建物の中。

 5メートル×7メートル程度の広さの板敷きの間。

 私は防具をつけて竹刀を握っているようだ。ここは剣道場の中なのだろうか?私には剣道を習った経験がない。せいぜい高校生の頃、選択体育の授業で剣道を選んだくらいである。

 そんな私が、ここでは指導をする立場のようなのである。

 私の口から声が出る。

「敵を刀で斬るな、体で斬れ斬れ」

 私は二重に驚いた。一つは私の口から出た声がとても若く聞こえたこと。もう一つは「敵を斬る」という言葉にである。比喩表現だろうか?違う。と思う。建物の感じや道場内の雰囲気が現代のようには思えないのだ。

 現代ではない、近代以前の時代の若い剣術の先生に私はなっているようだ。

 しかし私?の指導は下手くそだった。非常に短気だったので弟子たちが恐れて萎縮してしまっている。

 弟子たちに稽古をつけながら私?が言う。

「攻められたときにいちいちあわてるな‼」

 とか、

「腰を引くな、気を入れろ!」

 などというのはまだましで、しまいには

「同じことを言わせるな!」

 と言って弟子をどついてしまう始末である。

 小休止を挟んで稽古は続く。私?は弟子に突きをうたせている。が、弟子のうつ突きを難なく払いながら言う。

「遅い遅い、どうしてそんなに遅いんだ!鈍いんだよ、あなた方は。そんなんじゃ、あなた方が一突きする間に私なら三度は突けてしまう」

 びくびくしながらも弟子のひとりが言う。

「先生、いくら何でもそれは言いすぎでは」

 弟子の言にカチンときたのか私?は、

「だったら試してみようか。私が今から突く。私は突きしかうたないから払うなり避けるなりしてみせろ。一人ずつかかってこい」

 と言って一人ずつ立たせて向かい合う。

 まずは一人目。どん、と足を鳴らして踏み込む。一人目はかんたんに突かれていた。

「どうして突きがくるとわかっているのにかんたんに突かれるんだ!」

 と、また怒る。

 二人目を立たせたところで声がかかった。先程、恐る恐るもの申してきた弟子である。

「先生、今のは一突きでしたよね。先生は先程三度突くと仰っていたような」

 火に油を注ぐような物言いである。この弟子はほかの弟子と違って私?に対する恐れが薄いようだ。

「よし、いいだろう。三度突いてやる。お前が変わって立て」

 声をかけてきた弟子を交代して立たせる。売り言葉に買い言葉ではないが私?は完全にやる気になっている。

「ヤッ!」と声を上げて踏み込む。三度踏み込んだが私の耳には、そしておそらく周りの弟子の耳にも一つの音としか聞こえなかった。

 向かい合っていた弟子は突きを一度に三度も喰らい吹っ飛ばされて悶絶している。

 周りの弟子たちは唖然としている。そして突きを放った私?自身は、

「本当にできるとは、私も思わなかったな」

 などとのんきに言っている。

 と、時代と場所にそぐわない電子音が私の耳に聞こえてきた。そして──


 そして気が付くとよく知る自分の部屋の天井が見えた。よく知る自分のベッドの上。夢を見ていたのだと悟る。今見ていた夢はあの有名な三段突きの誕生の瞬間だったのか。とすると私は夢の中で沖田総司になっていたのか。

 冒頭にも書いたがなぜこんな夢を見たのだろうか?理由はわからない。また、この夢の内容が本当にあった出来事だとも思わない。

 これは私のただの夢の記録である。

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夢中の剣士 戸部湯歌郎 @uta2025

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