第4話 ブルーグレイの空(side 諒平)

 この風景を、俺はこれからも見続けるのかな。

 いや、見届ける、が正しいのか。


 冬の合間。ブルーグレイの空から、久々に太陽が顔を出している。

 まだ風は冷たいが、日向にいればそれなりに暖かい。

 

 俺はホットドリンクを両手に持ったまま、少し離れた位置から、河川敷で笑い合っている男女二人の姿をぼんやりと眺めた。美男美女。お似合いの二人だ。


 二人とも幸せそうな笑顔で。その姿を見ていると、胸の奥の柔らかな部分に、棘が刺さったみたいな鈍い痛みがじわりと広がる。


「二人とも、幸せそうね」


 振り向けば、真樹子まきこが俺の隣に立ち、今俺が見ていた視線の先と同じ方を見て微笑んでいる。


「そうだな。アイツ、あんな優しい笑顔出来るんだな……」


 笑い合っている二人へ視線を戻す。


 俺達四人は大学を卒業後も、週一のペースで会っている。そのくらい、仲が良い。


 なんて。


 きっとあの二人はそう思っているんだろう。


 俺の好きな人。それは、初めて好きになった同性の人。


 アイツが、ああやって笑顔でいられるのは、俺の隣じゃない。


 だからこそ、俺は人畜無害な顔をして【親友】っていう枠を手放さない様に。細心の注意を払って、あの二人と接している。


 俺のよこしまな気持ちは、この先もずっと隠していく。例え、あの二人が結婚しても。親友であり、一番の理解者みたいな顔をして。ずっと側に居るために。


 俺は、元々は異性愛者だ。だから、周に「みくりと付き合う」と言われた時、大きなショックを受けた自分に驚いたものだ。

 頭のどこかで、周は俺を好きなんじゃないかと、思っていたから。

 周は同性だが、どこか放っておけない、そんな危うさがある。骨格は男なのにどこか儚く、容姿はその辺の女より綺麗だ。初めて会ったあの日オリエンテーションから、何故か気になって。家でもバイト先でもずっと。頭の中が暇になると周の事を考えているのに、その気持ちの名前が、まだ分からなかった。そんな俺が、周に恋人が出来たと聞いて、その相手が自分では無い事にショックを受けたのだ。その時、俺が周を思う気持ちの名前が、愛情とかもっと深いものだと知った。


 みくりのストーカー未遂事件をきっかけに、常に四人で行動していた。男女の垣根など無いくらい、四人とも自然体で。

 だからこそ、あの二人が互いに惹かれあっているなど微塵も思わなかった。

 遠い目で、あの日を思い出せば、未だ鮮度を保ったショックが胸の奥に疼く。そんな俺を他所に、真樹子が俺を呼んだ。


「ねぇ、諒平」

「ん〜?」

「諒平には、ずっと相談乗ってもらってたし。先に言っとくね」


 改まっていう真樹子に「なにを?」と訊ねる。いや、形式的に訊ねただけで、何となく次の言葉は分かっていた。


「私、みくりに

「……」

「何となくさ、あの二人、結婚しそうじゃん?」


 俺が思っていた事を、サラリと口にする真樹子に、俺は冷静を装って「そうか?」と返す。


 真樹子がみくりを好きだと知ったのは、図らずも俺が自分の気持ちを自覚した時と同時だった。

 その頃から、俺と真樹子は何となく同士の様な。お互い誰にも言えない秘密を共有し、共感しあった。その同士が、前に進もうとしている。


「私さ、少しずつ諦めようって思ってたのに。全然、五年経った今も諦められない。それならいっそ、みくりに打ち明けて、バッサリ振られて。女同士なんて気持ち悪いとか言われてさ。次に進もうって思う」


 真っ直ぐ前を向いていた真樹子の顔が、俺を向く。見上げて来るその瞳は、どこまでも澄んでいて。好きな人を好きだと言える彼女を、とても綺麗だと思った。


「フラれたら、慰めてやるよ」

「ふふ。ありがと」


 ボーイッシュだが、笑うと女性らしく柔らかだ。その顔が、スッと引き締まる。


「諒平」

「ん〜?」

「アンタは、このままで良いの?」


 真っ直ぐ俺を見る大きな瞳に負けて、そっと逸らす。


「……俺は、いいんだよ。周が、周の好きなひとの隣で笑って幸せでいるなら、それで」

「後悔しない?」

「真樹子みたいに、玉砕して次に行けるほど根性ないんでね、俺は」


 戯けてニカッと笑えば、それは道化よろしく。真樹子が声を出し笑った。俺達の笑い声に河川敷にいる二人がこちらに気が付く。

 二人とも良い笑顔で手を振って、俺達を呼ぶ。


 俺は、俺の名を呼ぶアイツの声を、失いたく無い。だから俺は、この先も隠し続ける。

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