それでも君はここにいる
星乃
第1話
まだ綺麗だった赤いランドセルにはワクワクがいっぱいに詰まっていた。六年生のお姉さんに連れられて教室に入り席に座る。前の席には淡い青色のランドセルの女の子が座っていた。
「
なんの躊躇いもなく話しかける。その女の子は名札を刺しながら「
それが、麻衣との始まりだった。麻衣はおっちょこちょいで放って置けない。だから、その不器用さでみんなに愛される。雑草公園の、大きな木の下のベンチに座って、私はそんなことを思い出していた。暖かい匂いがする。毎月第三土曜日の一時半にこの場所に集まろうと麻衣と約束して九ヶ月が経った。入学式のあの日から約一年。私たちはもうすぐ二年生になろうとしていた。
「時間セーフ?」
麻衣は走ってきて聞いた。公園の大きな時計の針は八のところを指していた。
「セーフじゃない」
私は呆れながら言う。
「ごめん」
麻衣は小さくなった。
「まあいいや、今日はこれを持ってきたの」
私はショルダーバッグの中からノートを取り出す。
「ジャーン、交換日記」
文房具屋さんでこの小さなノートを見つけた時、真っ先に麻衣のことを思い出した。これで、毎日のおしゃべりの続きをしたら楽しいんじゃないかって。そのノートの表紙にはマッキーペンで「交換日記」と大きく書いてある。二年前から習字を習ってるから結構上手に書けたと思う。
「最初は私が書いてきたから、次はまいやんね」
麻衣はノートを受け取ってパラパラとページを捲る。
「ありがとう、月曜日に返事書いて学校で渡すね」
麻衣は私の目を見て笑顔で言った。この笑顔が見れてよかった。
月曜日の朝に麻衣は私にノートを渡そうとした。そしたら先生に見つかった。私たちの担任の石山先生は「橋口さん、三浦さん交換日記はトラブルの原因になるから学校でやってはいけません」って言った。帰りの会でもクラスのみんなに「交換日記はトラブルの原因になるからやってはいけません」って。トラブルってなんだろう。私と麻衣は仲良しだからそんなことにはならないと思う。でも、これをママに話したら「学校のルールはちゃんと守りなさい」って。
中学生になれば人間関係はリセットされるって誰かが言ってたけど多分嘘だ。中学生になっても相変わらず私は麻衣と仲良しで対日一緒に帰ってる。もちろん他にも友達はいる。麻衣はテニス部、私は吹奏楽部と学級委員もやっている。それでもやっぱりマイが一番大事な友達であることに変わりはない。
でも、そう思っていたのは私だけだったのかもしれない。中学生になってからの麻衣はどこか冷たい。今までにはなかったような離を感じる。今日は初めて麻衣が一緒に帰ってくれなかった。部活の友達と一緒に帰るらしい。今週末は第三土曜日。麻衣は部活があるらしくて雑草公園にはいけないって。冷たい風が頬に触れる。麻衣は私のことを友達のうちの一人としか思ってないのかな。私の麻衣を大事にする気持ちは麻衣にとってはめんどくさいのかな。麻衣はリセットしたのかな。
二〇二四年三月十六日。雑草公園。約束を交わして九年。もうすぐ中学校の卒業式だ。一時二十分、いつも通りピンクのショルダーバッグを持って私は遠くで遊ぶ小学生をぼーっと眺めていた。きっと麻衣は十分フライ遅れてやって来る。九年間も連れ添った私にはそんなこと手に取るように分かっていた。それでも集合時間より前に来ることに特に意味はなかった。
一時四十一分、時計を確認し、そろそろかと周りを見渡すと麻衣が小走りでこちらに向かって来るのが見えた。お日様の匂いを纏っている。
「お詫びの品です」
麻衣はトートバッグからコンソメ味のポテトチップスを差し出し、私の隣に腰掛けた。麻衣は遅刻すると毎回私の好きなお菓子を持ってくる。少し前に来ていたのはこれを期待していたからだと言われれば否定はできない。
「来月からジェーケーなのやばいよね」
大好きなコンソメポテチをつまみながら呟いた。
「ね、来月卒業式でしょ?」
ウェットティッシュで手を拭く麻衣が答える。
「学校行ってもまいやん居ないのかな怖すぎるー」
麻衣の方を見ながら、私は伸びをする。
「確かに、九年間ずっと学校に行けば会える存在だったのにね」
麻衣は遠くを見ている。九年間ずっと見てきた横顔。
「土曜日も学校だから、もうここで会えなくなっちゃうね」
私はショルダーバッグから水筒を取り出す。
「気が向いたら手紙送るね」
私の方へm向き直すと、麻衣は笑っていた。
「いいね、毎月送り合おう!」
やっと目が合った。
拝啓 橋口麻衣様
やっぱ堅苦しいの嫌だな、やめよ
やっほー 元気してる?
四月ですね。私は花粉症が辛いです。あなたは花粉症ではないのですか?いつも変わらないですよね。羨ましい
忘れてましたけど、私も高校生になったのですよ。私立西高等学校一年二組三十番です。イエイ!意外と出席番号前の方だった。不思議〜
まいやんも元気に生きていくんやで。三浦はぼちぼち友達作ってます。またいつか会おうぜ。ゴールデンウィークとかに会えるかな?まあ、また連絡します。スマホで連絡が取れますからね。そのくせ手紙書いてるのちょっと面白いねー
◯近況報告のコーナー いえーい ドンドンドン ぱふぱふぱふ
特に何もないですが、可愛い封筒を買いました。(どや)
では、また会う日まで元気でねー
三浦凛
電車を降りて見慣れない道を歩く。これから始まる生活に微かな希望を抱きながらくしゃみを一つ。浮つく気持ちを抑えながら、やけにコンビニの多いこの道を歩くことがいつか日常になるのだと思う。挑戦を避け安全校の私立高校へ進学を選んだ。促されるままに教室に入り、窓から二列目の一番後ろの席に着く。
「よろしくね」
前の席に座っていた子に話しかけられる。
「よろしく」
自然な笑顔で応えられただろうか。
「
「三浦凛です」
簡易的な挨拶を済ませて前へ向き直す。
「インスタやってる?」
茜が近づく。
「うん、交換しよう」
無愛想にならないように話を進める。
「推しとかいる?」
茜が会話を続ける。
「アイドルが好きで」
スマホの裏に入っている写真を見せながら話す。
「あー、知ってる。『ラッキーボーイズ』だよね」
茜と視線が合う。
「まじ?好きなんだよね、箱推ししてて」
目を合わせながら答える。
「へー、私はね『タペストリー』が好き。おり推し」
茜はスマホのホーム画面の写真を見せる。
「おりか、いいよね。私もこないだのドラマ見てたよ」
なるべく声のテンションを上げる。
「あれよかったよね。あれで落ちました」
会話に花が咲いたところで先鋭が教室に入る。
りんへ
やっほー おはようございます。四月分を五月に出して申し訳ありません。書かなきゃなーと思いながら買いていませんでした。今度会うときにポテチあげます。
あなたは部活に入りましたか? 返信いただけると嬉しいです、と言いつつ私が返信していませんでしたね。元気です。そして、花粉症ではあります。春ではなく秋に苦しむタイプです。
◯近況報告のコーナー わー パクるよー
なんと
まいより
この手紙が私の元に届いたのは五月も中盤。新生活にもなれ、五月病も治ってきた頃のことだった。返信が来ただけよかった。そう自分に言い聞かせながら封筒を取り出す。教科書に埋もれた机をかき分け、今月の出来事を記憶から呼び起こす。大きく息を吸い込みながらボールペンを置いた。
まいやんへ
部活には入りませんでした。無事に誇り高き帰宅部のエースとなりました。でも、委員会には入りました。代表委員です。学級委員のことを代表委員って呼ぶタイプの学校でした。一年二組の代表委員長です。語呂が悪いですね。あなたは相変わらず保健委員ですか?
ところで、あなた様がゴールデンウィークに毎日テニスなんかやってたせいでまた会えませんでした。ショック。許せません。コンソメポテチ二袋分の罪です。一月当たり一袋分利子が貯まっていきます。お早めにどうぞ
◯近況報告のコーナー いえいえーい
健康診断したの。なんと身長が六ミリ伸びました!急成長です。このペースで伸び続ければ七年後には二メートルを超えます。頑張りたいと思います。
りん
「茜、起きてー」
授業が終わり前の席の真鍋茜を起こす。茜はゆっくりと顔をあげて、急いで立ち上がる。
「気をつけ、礼」
挨拶を済ませると教室の空気が一気に緩む。この緊張感を解いてしまったのが自分であることが快感だ。
「めっちゃ寝てたわ」
寝起きの茜が私のノートを奪い眺める。
「凛、写していい?」
りんへ
今月は間に合いました。よかったねー
テニスなんかやってしまってすみません。早くお詫びをしたいところではありますが、夏休みまで会えそうにありませんね。全部コンソメ味でいいですか?それだけ確認しておきたく存じます。あとね、テニスの大会にね六月に出るんだ。佐倉ゆなとダブルスです。がんばります!
まいより
佐倉ゆなへの嫉妬と憎悪を感じ始めたのはずっと前のことだった。中学生になりテニス部に入った麻衣は同級生の佐倉ゆなと仲良くなり、共に工業高校に進学した。
橋口さんへ
一ヶ月ぶりですねー 六月やー 雨や 髪の毛うねってだるいね。低気圧で頭痛いね。辛いね。なんか、ポエムみたいになりましたね。ウケるー
ギャルマインド降臨中でーす。あげー
やばい、テスト勉強ピンチすぎて頭おかしくなってきた。一個のり塩、一個うすしお、その他コンソメでお願いします。
近況報告はない!テスト前。勉強する
三浦
りんへ
ご報告があります。この度私橋口麻衣は彼氏ができました!お相手は同じテニス部の
まいより
この短い手紙を読んだ時何故だか涙が止まらなくなった。麻衣が幸せで嬉しい。その思いももちろんある。でも、とてつもなく寂しかった。小学生の時には人見知りで私以外の人とほとんど話さなかった麻衣が私の手から離れてしまった。一番近くにいた人がどんどん遠くに行ってしまう。でも、そんな思いとは対照的に手が動く。
まいやん
おめでとう!あのまいやんに初彼氏ができるとは嬉しいです。ちゃんと幸せになって下さいね。まいやんが幸せじゃないと私は畑直樹のことを一生恨んでしまいます。初彼氏のお祝いも兼ねて八月の第三土曜日雑草公園で会いましょう。
りん
二〇二五年八月十六日十三時二十六分。雑草公園のいつものベンチで私は単語帳を開きながらのんびり麻衣を待っていた。セクション一まで終わったところで時計をするとすでにに十四時八分だった。流石に遅い。少しだけ心配になりスマホを開く。「無事?」とだけメッセージを送り視線を単語帳に戻す。公園にいた小学生が少なくなってきた時に再びスマホを開くと時刻は十六時をすぎていた。メッセージに既読はついてない。電話をかける。留守電につながる。これを三回ほど繰り返す間に小学生は一人もいなくなっていた。帰ろう。連絡がなかったことと暑かったことを除けば今日は十分充実していた。立ち上がり、公園を出る。
「ごめん」
麻衣がいた。
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