第4話
六階、最奥――剥げたペンキの数字が「607」と読める。
ダニエルはポケットからハンカチを出し、ドアノブを包むように握った。金属は、夜の湿気をまだ残して冷たい。
低い音を立てて、ドアは開いた。
室内には、まるで一年間、時が止まっていたかのような空気が漂っていた。
ドアの開閉で生まれた風が、デスク上の古い新聞をめくり、その紙の擦れる音だけが部屋に響く。
窓はきちんと閉じられていた。ジョン・ハインズが飛び降りたという話――だが、窓枠は高く、よほど勢いをつけて身を投げない限り越えられない高さだ。偶然の転落など、ほぼ不可能に思えた。
ダニエルは窓枠に近寄り、桟を指でなぞった。泥も、靴跡の削れもない。
もちろん、警察が痕跡を回収していれば別だが――。
机脇の棚を開けると、船荷証券の写しや銀行との往復書簡が詰まっていた。用紙の端は、埃を被って黄ばんでいる。
(ヨーロッパとの貿易……具体的にはどこだ?)
仕向地を示す文字を追うと、その多くが「West Germany」の印字を持っていた。中には、ドイツ語で書かれた契約書や手紙も混じっている。
――警察は、本腰を入れていなかった。
もしやる気があったなら、これらは証拠品としてすべて持ち去られていたはずだ。
(まずは警察にも当たってみるか――)
そう思った瞬間だった。
バン!
閉めたはずのドアが、勢いよく開け放たれた。
ダニエルは反射的に身を引き、右手が上着の内ポケットへ伸びる。
背後から差し込んだ朝の光の中に、影が一つ。
細長く歪んだその輪郭は、逆光に溶け込みながら、じりじりと部屋の中へ踏み込んできた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます