第2話

 ハインズは一度、膝の上で帽子をもてあそび、それから息を吸い込んだ。

「叔父は――ちょうど一年前、ビルの窓から転落して亡くなりました。警察は『自殺』と断定し、私もそれを信じていました。ですが……先日、遺品を整理していて、こんなものを見つけたんです」

 青年は茶色い封筒をデスクに置いた。古びた紙の匂いが、タバコの煙に混じって漂う。

 スターリングは一瞥してから指先でつまみ、封を切る。中から出てきたのは、クリーム色の便箋一枚。手書きだが、活字体でびっしりと書かれている。

 そこには短く、こうあった。

「私の死因を突き止めた者に、何もかもを渡す。

ジョン・ハインズ」

 スターリングは紙を伏せ、煙を長く吐き出す。

「……『何もかも』とは、一体何でしょうか?」

「それが……莫大かもしれない遺産なんです。ただ、はっきりした額はわかりません」

「というと?」

「叔父は、自分に高額の生命保険を掛けていました。『自殺』をする、ちょうど一年前です」

 スターリングは眉をひそめ、椅子の背もたれに体を預けた。

「自殺なら保険金はおりないはずだ」

「ですが、他殺なら話は別です。それに、こんな手紙まで残していたとなると……」

 事務所の中は静まり返った。壁の時計が、秒針を一つ進める音がやけに大きく響く。

「相続の権利を持つのは、あなただけか?」

「ええ。叔父は生涯独身でした。血縁といえば兄――つまり私の亡くなった父ぐらい。私は独り身で、兄弟もいません」

 スターリングは便箋をもう一度眺めた。インクのかすれ具合、均等な文字の間隔――そこに感情の乱れはほとんど見えない。

 まるで、死を前にしても手元が揺れない人間の書いた文字だ。

 それが意味するのは、計画的な――あるいは強制された――終わり方か。

 窓の外で、路地の角を曲がるトロリーバスのモーター音が響いた。

 スターリングは煙草を灰皿に押しつけた。

「……いいだろう、ハインズさん。あなたの叔父が自分で死を選んだのか、誰かにそう仕向けられたのか、確かめてみる」

 青年の目がわずかに光った。だが、その奥に、不安と別の色――欲の影が見えた。

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