ショート・ショート

@spoonbird_1122

世襲

私は44歳の新人議員。

親子三代続く地方議員の家系で、先日務めていた大手商社の火星開発部門の部長職を辞して、父親の地盤を引き継ぎ初当選した。

祖父は副大臣、父は議長まで務めたことがあるどこに出しても恥ずかしくないエリート一家だ。

今日は初登院。子どもたちは誇らしげに私のことを送り出してくれ、妻も慣れない手つきで火打石を鳴らしてくれた。

「いってらっしゃいませ、旦那様」

「あぁ行ってくる」

会社員時代にもあった当たり前のやり取りだが、今日は気合の入り方が違う。気合を入れて頑張らなくては。


家の門を抜けると父の代から手助けしてくれる5人の秘書たちが、車のドアを開けて待っていた。

「ぼっちゃん…いえ、先生!今日はよろしくお願いします!」

彼らも晴れやかな日を迎えることができ、どこか誇らしげだ。

国会に向かう車中で、秘書たちが改めて今日の流れを確認してくれた。議員全員がこなすスケジュールの合間に、父とつながりのあるベテラン議員や、派閥の代表、野党の有力者など、あちこちに挨拶をして回る必要がある。夜には所属予定の委員会の会合も予定されており、帰宅予定は深夜0時を超える。朝から晩まで大忙しとなるはずだ。

期待と不安を胸に国会までの道を進んでいく。


まもなく到着…というころ、最も古株の秘書がポツリとこぼした。

「ぼっちゃま。世襲議員にはお気を付けください」

一族の地盤を引き継ぎ、多くの利権をかかえた世襲議員は確かに曲者と言われる。遺伝した血なのか、英才教育の賜物なのか、時に大胆に、時にしたたかに、政界を生き抜いてきた魔物たちだ。しかし私も世襲議員の一人ではある。ある程度のことは理解している。

「そんなに心配するな。私も世襲の一人だ。国会が華やかなだけではないことくらい承知している」

「それならばよいのですが…。しかし決して油断だけはされませんように…」

何か意味ありげなことを言われ、車の中での会話は終わった。


国会にたどり着き、威厳ある建物を前にすると身が引き締まる。

表門を通り過ぎ、正面の階段にたどり着くと、何人かの議員が報告用か、自分のためか記念撮影をしているのが見える。私も送り出してくれた家族のために、秘書に写真を撮ってもらった。そこに当選5回のベテラン議員が現れる。

「あぁ!君か!いやぁ~お父さんにはお世話になってねぇ」

「これは先生!ご無沙汰しております。今日からはお世話になります!」

次に前大臣の大物議員も現れる。地縁などを使わずとも当選し、今後の政界で活躍を期待されている男だ。

「いやぁ、初登院か。喜ばしいねぇ。今日からは国のために頑張ってもらわなくては」

「もちろんです。粉骨砕身、国のため、皆さんのために頑張ってまいります!」

父がお世話になった人、お世話をした人、様々な人たちに囲まれて自分が議員としての生活を始めるのだと真に実感がわいてきた。


あちらこちらにペコペコと挨拶していると、うっかり後ろにいた男性にぶつかってしまった。

「あ、スミマセン…」

私はあわてて謝るが、近くにいたベテラン議員の顔が青ざめる。

「そ…そのお方は……!!」

ぶつかった相手、30代前半の若手議員と思われる男は不満そうな顔をして私に悪態をつく。

「まったく…新人議員は周囲が見えていなくて困るなぁ!」

年齢の割にずいぶん横柄な態度だと感じていると、ベテラン議員が私を押しのけて前に出る。

「大変申し訳ございませんでした。この若造には私の方できつく言っておきますので何卒…」

ベテラン議員は親子ほどにも年の離れた若手議員に対してへこへこと謝っている。

その向こうでは前大臣もどこかよそよそしい。いったいどういうことなんだ?私は疑問に感じながらも、空気を察してひとまずは謝る。

「不注意ですみません」

「なんだ?その態度は。もっとしっかり謝れよ!!」

何か気に障ったのか、若手議員はさらに横柄な態度になる。私はむっとして言い返した。

「すこしぶつかっただけじゃないですか、そこまでムキにならないで下さいよ!」

それを見ていたベテラン議員は慌てて私を止める。

「お…おい、君!そんな失礼なことを言ってはいけない!!」

不自然な慌てぶりを見るに、もしかして若手議員は私の予想以上に年上で、議員歴も長いのだろうか?

「ですが先生、少し背中が当たっただけでそんな…」

「いいから謝るんだ!!こちらのかたは世襲議員!それも7代に続く名門の方だぞ!年齢も議員歴も関係ない!お前も変な意地をはるんじゃない!」

これが世襲議員の恐ろしさか…。秘書から言われたことを思い出しつつ、私は苦々しい思いを押さえつけ、改めて彼に頭を下げ謝罪した。

「お前は一度反抗したんだ。そんな謝罪で済むと思うのか?地に伏せるのが当たり前だろう!」

若手議員は大声で私を怒鳴りつけ、土下座まで要求してきた。私もさすがに耐え兼ね、ベテラン議員や周囲も止めようとする。


「あら、何をなさっているのかしら?」

そこへ場にふさわしくないような涼やかな声が響いた。どう見ても20代前半にしか見えない、まだ少女のようなあどけなさすら残す女性が、秘書をぞろぞろと引き連れて現れたのだ。

ベテラン議員は先ほどよりもあわてた様子で弁解する。

「こ…これはお騒がせいたしました。いえ、ちょっとしたトラブルで、もう解決しますので大丈夫です。はい」

話し方までしどろもどろになりつつ、ベテラン議員は人ごみの陰にすすーっと隠れて行ってしまった。

人ごみの手前では、逃げ損ねたネズミのようにおどおどとした前大臣が地面に膝をついてひれ伏そうとすらしている。

先ほどまであんなに横柄だった若手議員も、今では借りてきた猫のようにおとなしくなり頭を下げて押し黙っている。

「みなさん、今日は選挙後初の登院の日。せっかくのハレの日なのですから、仲良くしましょうね」

涼やかな声色でそう述べると、女性は階段を上り議場の方へ向かっていった…。

先ほどの険悪なムードはどこへやら、若手議員は私のほうへ歩いてきた。

「さっきはこちらもいいすぎた。すこし、緊張していたのかもしれない」

私も改めて謝罪をし、和解の握手を交わしたとき、私は先ほど女性について尋ねた。

「あの、不勉強で申し訳ないのですが、先ほどの女性は一体…?」

私が問うと若手議員の背筋はふたたびピンと伸び、周囲を確認してからこっそりと私に耳打ちした。

「あの方も世襲議員だ。ご本人は今回初当選だが、ご家族・親族含め24代目に当たる超名門だぞ。よく勉強しておけ」

「24……!?」

わたしは驚きのあまり思わず声がこぼれた。しかし若手議員はさらに続ける。

「しかし24代はまだ序の口。僕の知っている限りでは32代、41代、53代あたりまではいるぞ。そして噂では108代という圧倒的な家系もあるという…」

話を聞いているうちに、私は何が何やらわからなくなってきた。

国会。その中でも世襲議員というのは本当に恐ろしいものだ。登院初日にして、私はこの国の恐ろしさの片鱗を学んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ショート・ショート @spoonbird_1122

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ