EVIL

Unknown

EVIL

 俺は来月で29歳のおっさん。俺は心を失った。何も感じなくなった。あとは堕ちるだけだ。

 誰と居ても何をしても心が駆動しない。人間そのものに価値を感じない俺が大前提に存在していて、その上で何とか価値を見つけようとしている。

 でも俺は好きな人を傷付けた。彼女にとって俺はEVILな存在だった。

 俺は15時30分にいつもの在宅ワークを終えた今、酒を飲んでいる。安い缶チューハイだ。(ちなみに、仕事中にも酒を飲んでいるというのは、ここだけの秘密だ……)

「何かを感じる」という事に飽きている。病むのにも飽きている。前向きを装うのも飽きている。生きることにも飽きているんだ。毎日同じ動作の繰り返し。過去の反省の繰り返しばかりで、前には一歩も進めやしない。

 俺の感性が極限まで削ぎ落されて、残ったのは何もない生活と、何もないアパートの一室と、何もない俺。

 仕事が終わるたびに職員たちから送られてくるLINEは「明日もまたよろしくお願いします」という言葉。俺は明日の生存を望まれている。なら明日も俺はきっと生きている。きっと明日も仕事をしている。俺なりの本気を出している。それが何になるの? って聞かれたら、言葉に詰まるけど。

 普通の人にはなれなかったけど、生きる道を探してる最中なんだ。

 あーあ、夏だな。暑いな。もう全てがどうでもいいぜ。


「──もう全てがどうでもよくでも、私はそんな優雅ゆうがの事が大好きだよ」

「こ、この声は!?」


 椅子に座ってボーッとしていた俺は、椅子ごと振り返った。

 俺の背後には、いつものように愛莉あいりが立っていた。愛莉は俺の恋人であり、パートナーである。年齢は俺と同じ28歳だ。

 ちなみに愛莉の職業は花屋の店員のアルバイトだ。愛莉は俺のアパートの近所で実家暮らしをしている。愛莉には俺のアパートの部屋の合鍵を渡しており、いつでも俺の部屋に来れるようにしている。(このアパートの入居時に同じ鍵を不動産屋から2つ渡された)

 やがて愛莉は笑顔で言った。


「ねぇ優雅、これからデートしない? 優雅がまた禁酒に失敗したから。2人で居酒屋にでも行こ~」

「ああ、いいぜ。今、17時か。居酒屋が開店し始めるタイミングだな」

「いつものクソ汚い居酒屋に久しぶりに行こうよ!」

「お、いいな。行こうぜ」

「うん。あそこの烏龍ハイいつも濃いよね」

「だから俺は最初から最後まで烏龍ハイしか注文しねえんだ」

「あ、そうだったんだ。やけに烏龍ハイ大好きだなあって思ってたんだよ」

「アル中は酒の味なんて度外視する。とにかく酔えるなら、俺はそれでいいんだ」

「そっか。じゃあ、行こうか」

「うん」

「久しぶりの居酒屋だね~」

「そうだね」

「テンション低いね。もっと上げて行こうよ」

「無理だ」


 俺と愛莉はそんな調子で外に出た。そして繁華街を歩いた。

 ああ、こんな退屈な日は空から核爆弾が降ればいい。人類は滅亡しても構わない。この世に意味のあるものなんて何もない。死んでしまうのだろう。いつかは全てが。だったら生前に何の意味がある? 俺達はただの動物として死んでいく。それだけだろう。

 俺がそんなことを思いながら繁華街を歩いていると、恋人の愛莉が、勢いよく腕を組んできて、密着してきた。夏だから暑苦しい。

 俺は言った。


「周りから恋人だと思われるの恥ずかしいから、くっ付くのやめてくれ。腕とか組まないでよ」

「お前、思春期の男子かよ。来月で29歳になるおっさんでしょ」

「たしかに」

「だんだん優雅の思考もアップデートしていかないと駄目だね」

「俺も過去に女性と色んな経験を積んだ。だが性行為に関しては1度も経験が無い。知的好奇心から、性行為がどんなものなのか気になっている」

「あっそ。私はいつでも襲われる覚悟は出来てるけどね」

「穴の位置が特定できねえよ」

「じゃあ、正式な場面で照明があるところでやろうか?」

「そうだな。しっかりエスコートしてくれるとありがたい」


 ◆


 俺の目は今日も死んでいた。

 表情筋も全て死んでいる。声も発さない。そんな日々だ。

 ああ、全てがどうでもいい。

 全てがどうでもいい。

 ならば、ああ、俺はもうどうでもいい。

 坂口安吾の話ができる女の子と知り合いたい。読書が好きな女の子と喋りたい

 そんな偶然、あるわけないだろう。

 そもそも俺が坂口安吾の作品を全く読んでいないんだからな……。

 YouTubeで勉強しただけさ。坂口安吾の堕落論に関しては。

 坂口安吾が好きと言っておきながら、本人の著作は読んでいない。それが俺なのだ。

 俺はクズだろう。バカだろう。

 クズだと言ってくれ。

 俺は坂口安吾が好きだけど、彼の著作を全く読んだことが無いのさ。

 そんな悲しみは、日々のタバコの煙の如き何気ない悲しみによって霧散していくのさ。

 俺は君を愛している。

 俺は君を愛している。

 俺は君を愛している。

 心を失くしたって、俺は君を愛している。


 俺は君を愛してる。忘れることは無い。いつまでも、馬鹿みたいに記憶していた。


 叶わないって事も、知っている。それでも俺は君を愛しいていた。


 だって大好きだからな。


 なんで大好きなのかって? そりゃ今までのあなたの蓄積とか、色々あるよ。


 あなたが俺を愛してくれて、本当に何よりもうれしかった。


 ただそれだけだ。


 だから俺は走り続ける。あなたが辛くなった時は俺が一緒に走るよ。人生はマラソンだ。


 気にすんな。俺は何も感じねえよ。行こう。うんこ共。


 なんか疲れたなあ。生きるのは疲れるぜ。













 終わり

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