瞳の中に映る君は

@popopo-po

第1話

 涙が止まらなかった。

きっとこの量の涙を流すことはもうないのだろう。


 美彩はきれいだ。

名前の通り美彩は、誰もが認める抜群のスタイルと顔。美しいという言葉は美彩のためにあるのだと思う。高三の九月にに転校してきた私に周囲の目は冷たかった。それもそうだ。高三の九月なんて受験まっただ中でみんなピリピリしている。そんな中、転校生相手一人にかまっていられるわけはない。自分でもそう思う。だから別に辛くはない。でもそんな中、手を差し伸べてくれたのが美彩だった。天使に見えた。それからというもの彼女とはたくさんの時間をすごした。一緒に勉強したり、放課後遊びに行ったり。美彩とすごしているとイヤなことを何もかも忘れられるような気がした。そんな彼女のことが大好きだった。それが恋愛感情としてと気づくのは、すぐのことだった。


 美彩に彼氏ができた。

頬をピンク色に赤らめながら美彩はそう言った。単純にうれしかった。美彩が幸せそうだったから。

相手はサッカー部のキャプテンらしい。彼も学年で有名な人だった。お似合いだった。でも素直に喜べない自分がいることに気づいた。ここで確信した。私は1人の女の子として美彩のことが好きだと。

それからというもの毎日のように美彩は彼氏と過ごしていた。時には私のことも誘って三人で遊ぼうよと言ってくれた。彼女なりに私に気を使ってくれたのだと思う。

そのたび私は「邪魔は悪いよ~二人で楽しんでおいで」と言って美彩を送り出していた。三人で遊んだりなんかしたら私が耐えられない。彼女が幸せならそれでいい。彼女のそばにいられれば、それでよかった。


 ある時から美彩は変わってしまった。美彩の彼氏俊介が足を怪我してからだ。サッカーをしている彼にとって足を怪我するというのは致命的だ。しかも、彼の足のけがは思った以上にひどいものだった。彼が生活の一部になっていた彼女にとっても相当辛かったと思う。


 それからというもの美彩は、学校が終わるたびに俊介の病院に向かった。今思えば美彩のトレードマークの笑顔はこの時から少なくなっていた。私も美彩がどうしても外せない用事の時は、彼の病院に向かった。

「俊介」

「お、今日は詩か。」

「残念そうにするなよ(笑)これ美彩から俊介に。」

「げ、またこのまずい薬かよ。」

「おれきらいって言ってんのに」

「あんたのために買ってくれてんのよ美彩は。少しは感謝したらどうなのよ」

美彩にここまで尽くしてもらえてる俊介が羨ましく思えた。そう感じた瞬間だった。

「ところで早く詩、あれ」

トン。

「おぉー!これこれ。美彩に頼んでも絶対買ってくれないから、助かるわ。」

「あんたプリンとシュークリーム本当好きだね。糖はあんま体に良くないからって思ってんのよ美彩は。あんた以上にあんたのこと思ってる子なんて美彩以外そうそういないわよ。あんたが心底羨ましいわ。」思わず口に出てしまった。たぶん、これが私の本音なのだと思う。


 病室の窓から差し込んでくる光は、言葉に表せないほどきれいだった。

「詩。お前が好きだ。」

そう言われた瞬間、彼の目は、私の瞳を通り越していた。それくらいまっすぐだった。

「俺は、美彩みたいに過保護にされるのは好きじゃないんだ。もともと一人が好きなタイプだし。お前くらいサバサバしてて、俺に興味なさそうな奴のほうが、俺には合ってると思うんだよ。ほら。お前さ、俺の好きなもん買ってきてくれるだろ。そういう優しさにひかれたんだよ。」

違う。私が彼に甘いものを買ってきてあげるのは美彩から、

「ほら、私はさあんま素直じゃないし一人っ子だし。甘えられるのとか慣れてないからさ、もし俊介に何か頼まれたらできるだけ叶えてやってくれないかな?ごめんね、こんなめんどいこと頼んじゃって。俊介のわがまま聞いてやれるの詩しかいないから。」

そう言われたから。美彩に頼ってもらえてうれしかったから。ただそれだけのことだ。別に俊介のことを思いやって甘いものを買ってたわけじゃない。

「俊介落ち着いて。何か勘違いしてると思うの。甘いものの件は違くて…」

「美彩とは、別れる。だから」

そう言って俊介は私の手を握ってきた。私はすぐ離そうとしたけど離れなかった。

「や、やめてっ、離しっ」

パサッ。

何かが落ちた音がした。横を見ると美彩がいた。その下には

「half year anniversary」

と書かれたカードと共に花束が落ちていた。

そう。今日は俊介と美彩が付き合って半年記念日だったのだ。花束を取りに行くから、先病室行って時間稼ぎしといてくれと頼まれていたのだ。わたしはとっさに俊介との手を離した。

「み、美彩、これ、これは違くて」

美彩は呆然と立ち尽くしていた。病室の中の空気は一気に重くなり、呼吸するのが苦しくなり、心臓の音がうるさく感じた。私の声はたぶん、美彩には届いていなかったと思う。

「ど、どういうことなの。俊介あんた、何してんのよ」

吐き出されたその声はとてつもなく震えていた。

俊介はうつむきながらずっと黙ったままだった。

「詩、詩はどうなの、俊介のこと…好きなの。」

「私、私が好きなのは」

私が好きなのは、美彩。ただ一人。あなただよ。そう言いたかった。ずっと前から好きだった。ずっとずっと前から。あなたが私に手を差し伸べてくれたあの時から。美彩が私のすべてだった。美彩が隣にいてくれればそれでよかった。そう言いたかった。でも、言えなかった。言ったら今の関係が崩れてしまうかもしれない。今まで何でも言い合えていた友達が、急に「好きだ。」なんて言ったら気持ち悪がられてしまうかもしれない。しかもそれが同姓だなんて。美彩はそんな私を受け入れてくれるだろうか、信じてくれるだろうか。いろいろな感情が困惑してしまい、私はその場から出てしまった。ただただその空間から逃げ出したくて。美彩の私を見る目線に耐えられなくて。走って逃げた。

もう何でもいいから美彩の顔を見ることはしたくなかった。いや、できなかった。


 それからというもの、美彩とは関わらなくなった。もちろん、俊介とも。

その出来事があってから風の噂で美彩と俊介が別れていたことが分かった。校内でも美男美女と言われていた二人の破局は瞬く間に広がり、その話で持ちきりだった。でも別れた原因だけは絶対に広がらなかった。だからたくさんの憶測が飛んだ。どちらかが浮気したんじゃないか。俊介の足のけがが関わっているんじゃないか。円満別れじゃないか。美彩と仲いい私は何人にも聞かれた。

私は言えなかった。まさか原因が自分だなんて。もし言ったら少しは楽になるんじゃないか、この事実を言ったらみんなは何と思うだろうか。辛かったねと私に同情してくれるだろうか。少しでも美彩のためになれるだろうか。最初は言おうと思った。全部をぶちまけてしまおうと思った。でもいざとなると口にできなかった。怖かった。喉の奥までは言葉は来ていたのに。口元が震えて足も立ちすくんでしまった。あの時と同じ感覚。

次聞かれたら言おう。必ず。絶対。

でも結果は変わらず言えなかった。こんな自分が嫌いだった。誰でもいいからこんな私を認めてほしかった。


 そして月日がたち、卒業式の日になった。桜がきれいだった。春風が涼しく、頬に当たる優しい風が心地よかった。この学校に来たのはほんの少し前なのにたくさんの思い入れがある。私は高校を卒業したら地元の大学へ行く。だからこの場所はこれが最後だ。

「詩」

聞きなじみのある声だった。心臓が高ぶる。そこにいたのは美彩だった。春空の下にいる美彩は、相変わらず美しかった。そうだ。私はあの出来事からずっと美彩のことで頭がいっぱいだった。でもそんな自分が嫌で美彩と会うのを避けていたのに。いざ彼女の前に立つと、胸が熱くなる。視線が合っただけで呼吸が乱れる。

「あの時はごめん、私ずっと美彩に言いたくて、その、あの」

彼女の表情は優しかった。まるで私をすべて受け入れてくれるような、そんな気がした。

「あの出来事の後、俊介から全部聞いたの。浮気じゃなかった。疑ってごめん。あの時もっと冷静になって詩の話を聞くべきだった。私もあの時彼のことで頭がいっぱいで普通じゃなかったんだと思う。ほんとごめんね。」

そういった彼女はとても申し訳なさそうにこちらを見ていた。なんで彼女が謝るの。優しすぎるよ。私なんて忘れたくてずっと美彩のこと避けてきたのに。美彩の優しさがひしひしと伝わり、それが私にはつらく感じた。自分がとても醜くく感じたから。真正面から思いを伝えてくれた彼女に私も、真正面からぶつかりたかった。

「私美彩のことがずっと好きなの。俊介なんかと付き合う前から。一人の女の子として美彩に恋愛感情を持ってる。」

いうか考える前に口が先に走っていた。そう言った私に美彩はずっと優しい視線を送ってくれた。

「そっか、そうだったんだ。気づけなくてごめんね。辛かったよね。伝えてくれてありがとう。でも、私は詩の気持ちには答えられないと思う。ごめん。」

そう言って私にハグをしてくれた。

「ひ、ひかないの?私は美彩のことが好きってことを。」

そう言うと美彩はおどろいた顔で

「引く?なんで(笑)私は男の子が好きで詩は私が好き、つまり女の子が好き。ただそれだけのこと。人間みんな同じわけじゃないし、そんなんじゃつまんないしさ。むしろ詩が私を好きなんてすっごくうれしいし、ありがたいことだと思ってるよ。すごく伝えづらかったと思うけど、ありがとう。私も詩が好きだよ。愛の形が違うってだけで。すっごくね。」

そう言って私の涙を拭ってくれた。美彩の手は温かくて、優しくて、涙が止まらなかった。


***十年後


 今日は、美彩の結婚式の日だ。高校を卒業しても、私たちは連絡を取り合っては、何回か会っていた。美彩は私に変わらず普通に接してくれる。だから私も普通に、「友達」として、今でも仲良くできている。そんな美彩が結婚なんて。本当にすばらしいことだ。美彩の披露姿は言うまでもなく、きれいだった。高校を卒業した後も色々なことがあり、そのたびに私を支えてくれたのは美彩だったし、ずっと私の味方でいてくれた。美彩には本当に幸せになってほしい。心の底からそう思う。美彩との思い出に浸っていたら、

「詩!来て!」

とステージ上で大きく手を振りながら美彩が言った。突然の出来事すぎてステージに向かう途中で軽くこけてしまった。会場に笑いが起こった。それも嫌な感じではなく、温かく幸せな感じ。そうか。今の美彩がいるのは、こういう温かい人たちのそばで育ったからなんだろうな、と思い色々な感情が湧き出て涙が出そうだったが、メイクが崩れてしまうためグッとこらえた。私はステージの上に立つと、美彩はあの時と変わらない優しい視線で私を見てくれた。

「はい。これ」

渡されたのはブーケだった。

「詩に受け取ってほしくて。今までたくさん色々なことがあって、どの瞬間にも詩が必ず私のそばにいてくれた。詩は私にとって、本当に大事な人なの。詩には誰よりも幸せになってほしい。だからこれをおくらせて。」

そう言って私にブーケを渡してくれた。


私は涙が止まらなかった。


うれしくて。


幸せで。


うれし涙が止まらなかった。会場は拍手で埋め尽くされていた。


こんな幸せなことがあっていいのだろうか。


いや、いいんだろう。


美彩がそう言ってくれている気がしたから。


未来は何があるかわからない。


でも、怖くはない。


だって私には美彩がついているから。


幸せになれる。


そう確信した瞬間だった。


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