8話 感染までのタイムリミット

 耳元をかすめる鳥のさえずりで、意識がふっと浮かび上がった。薄く目を開けると、扉の隙間からまっすぐ伸びた金色の線が、豆腐みたいな壁を斜めに切り取っている。


「ふわぁ~、よく寝た」


 ベッドの軋みが背中に心地いい。伸びをひとつすると肋骨が軽く鳴り、昨日までの疲労が霧のように薄れていく。こっちに来てもう4日目、随分とこの景色にも慣れてきた。お腹の調子も問題なさそうだし、外にはゾンビの気配もないみたい。インベントリを開いてパンを一つ取り出すと、ひとかじり。もちっとした甘さが舌に広がり、全身へしみわたる。こんな当たり前の味を、俺は何年ないがしろにしてきたんだろう。


「あとは感染だな……早いところ何とかしないと」


 パンを飲み込みながら、ステータスを呼び出す。


【中島佑太】〈感染〉残り10:00:00

レベル:4 スキルポイント:2 能力値振り分け:1

体力:10

筋力:7

敏捷:5

技術:5

感性:5

魅力:5


 おっ、レベルが上がってたんだ……。なるほど、経験値でレベルが上がったらスキルポイントも1つ獲得できる計算か、だとしたらスキルポイントの計算方法に合点がいくぞ、こりゃ毎朝、ステータスとクエストは確認しなきゃダメかもな。だが問題は感染まで残り10時間という事……。時間はそう長くない、今日の夕方ごろには……そう思いながらふけっていると、ある事に気が付いた。


「あ、そういえば昨日、クエスト見てない! 成功したのを見て満足してたわ! 昨日のクエストなんだったんだろ?」


《クエスト失敗!》

水を汲んで、薬草と調合して回復薬を1つ作成しろ!

報酬:経験値+10、解毒薬+2


「……マジ?」


 俺はしばらくその場で呆然としていた。まさか、解毒薬が手に入っていたなんて……。俺の昨日の苦労は何だったんだよ。しかも、水を汲むだけだぞ!? すり鉢が薬を作る道具ってわかったし、薬草も手元にあった、木の棒なんてすぐに集められた……ほとんど正解に辿り着いていたのに! 俺は頭をガシガシと掻きむしった。


「あぁ! クソ! しっかりクエスト確認しとけばよかった!」


 後悔しても後の祭り、仕方ない、自力で解毒薬を調合するしかない。次からは絶対に毎朝クエストチェックだ! というわけで、さっそく今日のクエストを確認しよう。


《クエスト発行!》

ゾンビを3体倒せ!

制限時間:24時間

報酬:経験値+30、スキルポイント+2、石炭+10


 あ~、無理無理。ねぇ、わかってる? ゾンビ1体を倒すのにあれだけ苦労したのに、3体なんてできるわけないじゃん。報酬は魅力的だけどさ、装備が揃ってない間は、夜は出歩かないって決めてるから。悪いなUIよ。時には割り切ることも大事なんだ。俺は今回のクエストを諦めることにして、最優先の感染を止めることに集中した。


「さてと、まずはすり鉢をクラフトするところからだな」


 確か、必要な資材は木材と木の棒だよな。外へ出ると朝靄が木々の間をゆっくり泳いでいた。俺はすぐ近くに生えている木から、木の枝を採取するとインベントリにしまった。木の棒は意外と使い道が多い、この際できる限り採取して、困らないようにしておこう。ついでに集めれそうな食料になる木の実も採取して、拠点に戻ろうか。


〈インベントリ〉

木の槍:6/10

木材:6

神経草:1

毒草:1

毒キノコ:1

パン:1


――


毒消し草:16

薬草:8

木の棒:16

木の実:16


 うん、インベントリも充実してきた。すり鉢を持てるだけのスペースは確保しておかないと、この前みたいに回収ができなくなったら困るから1つ分は空けておこう。拠点に戻ってきた俺は、作業台ですり鉢をクラフト。よし、これで、ようやく解毒剤が作れるぞ。感染まで残り6時間、急いで作らないとな。え~と、前のクエストを思い出せ。確か、水と薬草を調合しろだったよな。ってことは、おそらく解毒薬も容量は同じなはずだ。


「う~ん、水をどうやって汲んでくるか……」


 こういう時は……現地調達に限る。俺は拠点を出ると川に向かい、いつでも水が汲める距離まで近づくとその付近にすり鉢を置いた。川の流れるせせらぎは俺の焦った気持ちを少しだけ落ち着かせてくれる。こういう時の自然の声ってのはやっぱり、いくつになってもいいもんだな。さて、あとは、どうやって調合するか……。


「とりあえず、まず二つ程、毒消し草を入れて、すり鉢でペーストにしていくか」


 まずはテストを兼ねて……水を入れるってことは、粉というより、塗り薬に近い感じになるのかな? とにかく、水は少しずつ加えながらやっていけば何とかなるだろう。俺は毒消し草をすり鉢で擂りながら水を加えていく、次第に毒消し草は粘り気を出し始め、やがて塗り薬に近い粘液性の高い液体へと変化していく。


「よし、できたかな? どれ、試しに塗ってみるか」


 俺は手のひらに作成した液体を傷口に塗ってみる。少し傷が癒えてきている感じがするが、効果は薄そう……。いや、これは量が足りないんだ。恐らく、2つじゃなくて3つ、いや4つは使いそうだ。俺は今度は一気に4つの毒消し草をすり鉢に投入して再度ペースト状になるまで同じ工程を繰り返した。今度は手のひら一杯に乗るぐらいの量、これなら、さすがに効くだろ。傷口にたくさん塗り込んでみたがこれも効果はあまり得られてないように感じる。


「……う~ん、どうだろ? ちょっとステータスを確認してみるか?」


 【中島佑太】〈感染〉残り2:59:00

レベル:4 スキルポイント:2 能力値振り分け:1

体力:10

筋力:7

敏捷:5

技術:5

感性:5

魅力:5


 いや、感染は治癒できてないぞ。どうすれば……そう思ったとき、突然目まいで目の前がグラグラと揺れた。倒れそうになるのを必死に堪え、両ひざに手を添える。


「マズい、もしかして感染の症状が出てきたか?」


 それもそうか、残り時間は3時間を切っている、少しずつだが、感染の症状が出てきてもおかしくはない。このままだと本当にゾンビになっちまう。塗っても効果が無いとなると……もしかして、飲み薬!? よくよく考えれば、傷口が感染しているわけじゃないもんな。こんな簡単なことに気づかないなんて! でももし失敗なんかしたら……。どこかにヒントはないのか? 俺は試しにすり鉢に残っている液体をインベントリにしまってみる。インベントリには〈解毒薬の素:1〉と表記されていた。


「なるほど……という事は、作り方はあってるってわけだ……問題はその量。塗り薬じゃないなら、飲み薬ってわけだな」


 よし、残りの毒消し草は10個、解毒薬の素もすり鉢に再度投入して、毒消し草を4つ追加、残りは万が一失敗したとき用で置いておこう。ゾンビ化まで残り2時間を切っている、そろそろ意識も保てそうになくなってきているぞ。気力を振り絞れ、男中島! 意識が朦朧とする中、やっと飲み薬の形をした解毒薬が完成した。すり鉢のなかにタプタプに入った解毒薬、完全に青汁のような見た目だが、仮に失敗したとしても、まだ余力は残している。


「よし、これでいけるか?」


 俺は一口運んでみる……――苦い! まるで目がハッキリと覚めるほどの苦さだ。青汁も十分苦いがこれはそれ以上だな。だが、良薬は口に苦しという言葉がある。死ぬよりマシだ、とりあえず全部飲み干そう。


「うげぇ、やっぱ苦い……う~、クソ!」


 俺は鼻をつまんで、何とか一気に飲み干した。これだけの量を飲み干したんだ、さすがに効果は期待できるはずだ……――


 っ!!


 体から何か重苦しい何かが取り除かれていくような気分だった。目の前がすっきりし始め、輪郭がはっきりしていく。頭にもやがかかっていたのが晴れたように爽やかになっていく。俺は襲われた傷口を確認すると、紫色に変色していた腕も、傷口を残して肌色が徐々に良くなっていく。もしかして、これは……! 慌ててステータスを覗いた。


【中島佑太】

レベル:4 スキルポイント:2 能力値振り分け:1

体力:10

筋力:7

敏捷:5

技術:5

感性:5

魅力:5


 俺のステータスから〈感染〉の二文字が消えている!? ってことは、解毒薬を作り上げたのか? おぉ! 危なっ! 感染まで残り1時間とちょっと、ギリギリだったぞ……。俺は助かった安堵感から、その場にへたり込んだ。そして両手で顔を覆った。


 生きられる……――


 俺はまだ生きてられるんだ! 喜びに浸ってガッツポーズをしていると、クエストタブが淡く光っていることに気が付く。これはもしかして……。


《サブクエスト達成! 報酬獲得!》

感染を完治させろ!

報酬:経験値+20、スキルポイント+2、スキル〈感染耐性〉


「えっ? スキルを獲得したぞ?」


 それにスキルポイントまでおまけに獲得できてる。もしかして体に免疫ができたってことか? 感染に耐性ができたなら、ゾンビに襲われてもすこしは問題なさそうだな。よし、この調子で回復薬も調合しようか。解毒薬の容量で作れるはずだから、両腕の傷を治すには恐らく薬草は全部使いそう、ここは出し惜しみをせずに使っていくか。


 俺は川ですり鉢を一度洗ってから、薬草を全て投入、水を少しずつ加えてペースト状の回復薬の完成だ。急いで両腕の傷口に塗り込んでいくと、両腕から淡い緑色の光を放ち始め、見る見るうちに傷が塞がっていく。両腕の痛みも徐々になくなっていき、緑色の光が収まる頃、深い裂傷は綺麗に塞がり、爪痕のような薄っすらとした線が両腕に残った。指でなぞると、微かに疼く。


「さすがに……あれだけの負傷なら傷跡は残っちまうか……」


 まぁ、この世界に来た時の自分の戒めみたいなもんだ。いつかこの傷を治せるぐらいになる時までこの傷は残しておこう。すっかり日も暮れてきている、早いとこ戻ろうか。俺はすり鉢を持って拠点に戻って扉の戸を閉めると、作業台の横にすり鉢をゆっくりと置いた。


「さてと、ここからは情報収集だな」


 まずは自分のステータスの確認からだ。体力とか筋力は何となくイメージが湧くんだが、魅力って何だろう? どうにかして詳細を見れたりは……――俺がステータス画面を開き、体力に意識をすると、薄っすらと文字が浮かび上がる。それは6つの項目すべてに現れた。


【中島佑太】

レベル:4 スキルポイント:4 能力値振り分け:1

体力:10(数値が高いほど、攻撃に耐えうる屈強な肉体を得られる。持久力にも影響)

筋力:7(攻撃力や重いアイテムを持ち運びやすくなる、身体的外見にも影響)

敏捷:5(攻撃速度、移動速度や、回避力に影響)

技術:5(採取、クラフトの精度および、射撃精度に影響)

感性:5(資材発見率、モンスターの察知に影響)

魅力:5(外見に影響し、NPCとの交渉、取引、交流が成功しやすくなる)


 うわぁ、まるで人事評価シートを眺めているような気分だな。体力・筋力・敏捷はどちらかというと身体的能力。技術・感性・魅力は内面的な能力に起因している感じか。能力値の振り分けによっては今後の生活を左右しそうだ。やはり、ここは慎重にもう少し能力値振り分けができるようになってから考えよう。次はスキルだな、そろそろクラフトに関係するスキルが欲しい所だな。俺は以前気になっていたスキルに再度目を通した。


〈クラフトLv1〉

消費ポイント:2

効果:クラフト時のスピード-5%減少。


「やっぱり、これが欲しいよな~」


 なんといってもクラフト時間が短縮されるのは、凄い助かるんだよな。今後クラフトは重要になってくるはずだし、そこに時間を使ってたんじゃ他に時間を割くこともできなくなる。それにスキルポイント2でコスパも最高ときている。俺はスキルポイントを使用して〈クラフトLv1〉を取得した。


 よし、これでスキルは4つ、感染、両腕も治したし、食料もパン、木の実を考えて食べれば2日分はあるだろう、木の槍もあるから明日は草原を探索するとしようか……森と違って視界も開けているから迷うことも少ないはずだ。ここまで整えるのにだいぶ時間はかかったが、仕方がない。だがここからが俺の本当のスタートだ。明日からどう生活していこうかな……そんなことを思いながらベッドで耽っていると、瞼が重たくなってくる。


「ふわぁ~、さてと、もう夜も近づいてきたし、今日はもう寝るとするか、明日、絶対クエスト見よ」


 そう決意を固め、俺はベッドの上で静かに瞼を閉じた――

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