2.確か読むのは3回目だが、ストーリーやキャラの大半を忘れていた



 銀金との最初の出会いは、図書館の10代向けの本を集めたヤングアダルトコーナーだった。

 小学生のころから平安ものが大好きだった私は、ここで氷室さんの代表作「ざ・ちぇんじ」や「なんて素敵にジャパネスク」と出会い、大いに楽しみ、その延長線上で何気なく銀金も手にとったのである。

 当時、古代日本史にはほとんど興味がなかった(というより単純に知らなかった)のが、手塚治虫の「火の鳥」と銀金のおかげで、古代を扱った歴史小説やファンタジー作品も積極的に読むようになった。この出会いは、偶然にして運命の僥倖というほかない。

 銀金は、読むジャンルや世界を広げてくれた至高の扉ともいうべき作品なのである。


 余談だが、この図書館のヤングアダルトコーナーはなぜか角川ルビー文庫の本が置かれていた。赤い背表紙の文庫本が本棚にぎっしり並んでいた。

 私は美麗な表紙に惹かれて借りて読んだのだが……延々と続く男同士の熱く濃厚な絡みに終始「???」のまま完読してしまった。

 当時は同性愛がなんなのかもわからなかったのである。後年になって「あれはBLだったのか!」と思い至った次第。おそらく司書の方は、レーベルや本の内容を知らなかったのだろう。

 図書館は本を愛する者にとっては宝の山で、銀金以外にも多くの傑作や名作に出会えたが、たまに予期せぬ珍妙な出会いもあった。当時はわからないなりにどれも大真面目に読んでいたが、今となっては笑い話である。


 話を戻そう。

 初めて銀金を読んだときにいだいた感情は、今でも鮮明に覚えている。

 私は「日本語はなんて美しいのだろう」と感動したのだった。

 正確には、美しい日本語というより「美しい日本語表現」というべきか。

 銀金の文章に出てくる漢字は、たいてい訓読み、やまとことばでルビがふってあり、その柔らかく優しい響きがなんともいえず好きだった。

 読み方は氷室さんの造語もあるようで、全部が全部やまとことばではないようだが、族を「うから」眼前を「まなさき」王宮を「みあらか」伝言を「ことづて」と読む独特の響きに魅了された。

 ルビがなければ、ぞく、がんぜん、おうきゅう、でんごん、と読んでいたであろう文章のリズム、音がとにかく心地よかった。音楽に近いような気もして、私はただ文章を読んでいるだけで満足だった。


 図書館で初めて出会い、その当時も古代日本ファンタジーを満喫したはずの銀金。

 正確な年数はわからないが、おそらく読むのは十数年ぶりである。

 どんなに好きで楽しんだ作品であっても、人間は忘却する生きものであって、定期的に読み返しでもしない限りは内容を忘れてしまう。

 私も銀金のキャラや細かいストーリーは、ほぼ忘れてしまっていた。


 ネームドキャラで覚えているのは、まず主人公の真秀。「大和まほろば」の真秀。

 彼女はたぶん一生忘れない。好きとか嫌いとかいうレベルではなく、否応なしに刻みつけられた焼き印のような、痛々しい傷跡でも誇らしげに掲げたくなるような凄烈な青春の軌跡である。

 さらに真秀の兄である真澄、母の御影みかげ。他は佐保彦、佐保姫、美知主みちのうし真若王まわかおうくらいか。

 あと、私には小説内で印象に残った一文だけを覚えているという変な癖がある。

 銀金の場合は、キャラも話も忘れたが「輪姦されて森に打ち捨てられた女の股から流れ出した鮮血に蟻が這っている」というものだった。余程強烈だったのだろう。

(これは再読の結果、11巻に収録されている番外編『月が見ていた』にある一文と判明)


 かろうじて覚えていたあらすじは以下のとおり。

「主人公は14歳の少女・真秀。奴婢同然の身分で、病身で5歳児の知能しかない母と障害のある兄の世話をしながら必死に働いている。美人とバレると男たちが言い寄ってくる。さらには佐保を滅ぼすと予言された『滅びの子』であるため、佐保の刺客に命を狙われる。迂余曲折あって佐保へ行くが、母親は病気で死ぬ。真秀は佐保の王子である佐保彦と結ばれるが、真秀を愛していた兄は失恋の絶望から自殺する」

「迂余曲折あって」の部分はごっそり抜け落ちていた。

 今簡単に書き出した数行だけでもすさまじい気配がするが、実際話はすさまじいのである。

 銀金には、奴婢の少女とイケメン王子が運命の恋をして結ばれてハピエンになるような甘さはカケラもない。甘くないどころか、辛いを越えた激辛である。生と死が交錯する狂瀾怒濤のハードな展開が本領である。

 私はそのことをすっかり忘れており、お気楽気分で読み始めた。結果、ボコボコに打ちのめされる羽目になった。

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