私たち二人だけで。

照川 重

1+1=3

 十数年前、私がまだ中学生だった頃、よく一緒に行動している子がいた。

 周りとは、少し違った子だった。だから団体行動が求められる公立の中学校で、彼は少し浮いていた。別に、悪目立ちというわけではない。普通に、その存在が目立ってしまうのだ。他の人が言い出せないようなことを堂々と指摘する物だから。やりたくないことをはっきり「いや」という人だから。彼は中学生の目にはとても格好良く見えた。中学校では、“周りと違う、独特な個性”を持っていることが正義だったので、彼は非常に輝いていた。

 また、彼はカリスマ性を持っていた。だから、どんなに周りの人に「でしゃばり」と言われても、半分いじめのようなことをされても、大きなミスをしても、一定数の狂信者ファンがついていた。とにかく、彼は変わった人で、格好良かった。

 顔は素晴らしいというわけではないけれど、人並みには整っている。背も、同年代と比べて高かった。先ほども言ったが、彼はカリスマ性、言い換えれば「教祖性」を持っていたので、何人かの人が常に彼の周りにいた。彼らの前では恥をかくまいとしたのか、彼は学校では常に冷静であろうとしていた。「あろうとしていた」なのは、実は彼は結構感情が顔に出る人だったということだ。そんなギャップも彼の魅力だった。でも、感情が顔に出るだけで、彼は結局中二で転入してから卒業までの二年間の在学中、一度も失言の類や、センセイ《圧倒的上位存在》の怒りを大きく買うことはしなかった。一種のプライドだったのかもしれない。

 そんな彼の話をなぜ私がしているかというと、彼が私の前だけでは甘えるからだ。はっきりいうと、気持ち悪い。普段は、あなた何歳ですか?と聞きたくなるくらい大人びているのに、私の前だけでは五歳児並みの知能になる。本当に気持ち悪いし、不可解だ。

 彼曰く、私は一種の“移行対象”らしい。彼の素行を落ち着けるために、特定の人にだけ甘えることにして、他の人とは冷静に行動できるようにしていると、彼はいった。

「だから、私は君にどれだけ突き放されようが、また戻ってくるよ」

ブーメランみたいだね、と彼は笑った。放課後の廊下で、彼は私にだけ笑顔を見せる。

 一度だけ、なぜ私をその“移行対象”に選んだのか、聞いたことがある。彼は少し悩んだ後、首を傾げながら言った。

「好きだから?」

驚愕である。私はそれまで、遊びでしか他人に「好き」と言われることがなかったもんだから。自分の中にある、まさに思春期らしい初々しい気持ちに驚いていると、彼は付け足した。

「いや、違うな。移行対象だから好きなのか」

一気に冷めた。いや、私は理解していた。こいつはこういう人間だ。

「いやでも、君のことは愛しているよ」

軽々しく「愛」という言葉を使えるあたり、やはりこいつは普通の人間ではない。赤面すらしなかった。

 いつも彼と一緒と言っても、常に彼と話しているわけではない。大体二〜三メートル離れた所から見守っている。彼はよく、彼の「信者」たちと政治について話したいた。彼の公言に拠ると、彼の将来の夢は「教員」ということになる。しかし、私は知っている。この前の六限目の道徳の時間、進路についてのアンケートで彼が

「Q:やってみたい事や、就きたい職種はありますか? A:政治家」

と書いたのを。

 彼は、いったいいくつ秘密を持っているのだろう?面白い話である。彼曰く、彼自身の情報は十段階に分けて整理しているらしいが、いったい私はどこまで知っているのだろう?そもそもその「十段階」が正しいかさえわからない。謎なのだ。わからないことは、いくつかある。

 一つ目は、彼の身内の話だ。彼は、絶対に彼の家族の話をしない。噂では、彼と同じ姓の人が小近所の学校にいるらしいが、兄弟姉妹がいるのか、いたとして何人いるのか、全くわかっていない。

 二つ目は、彼の住所だ。一つ目と同じく、彼からは絶対に話そうとしない。聞いても、方角を適当に刺されるだけで、どこかは全くわからない。一度、彼の「信者」の人と彼を尾行したことがある。しかし、私たちは彼に撒かれてしまい、迷子になって困っているとなぜか後ろにいた彼が、私たちを私たちの家まで送ってくれたことがある。結局、なぜ私たちの家を彼が知っていたのか、私は知らない。

 三つ目は、彼の小学校六年生〜中学校一年生の間、何をしていたのか全くわからないという点だ。聞いても、無視される。先生も、「彼が言わないで下さいっていうから」と教えてくれない。一つ分かったのは、その間にあった“何か”が彼を変えたということだ。

 私がこうして彼について考えているとき、周りの友達は「あんた、恋してるって顔してるよっ」とよく言われた。嫌なもんだ。高校入試の問題について熟考していても「恋してる」と言われないのに、人について良かれ悪かれ考えるだけで「恋してる」と言われるのだ。つまらない。

 確かに私は彼に対して庇護欲を感じて、よく色々身の回りの世話をしている。彼は、時間にルーズなところがあって、どこからか持ってきた三年ほど前の職員会議の議事録を読んでいて、移動教室の授業を丸々ひとつ欠席したことがある。だから、次の授業の予定を教えたり、放課後宿題を書き写す作業を手伝ったりした。(彼は基本的に頭が良かったので一度教わればたいていのことはできた。忍耐力もあった。そんな彼でも漢字練習など同じことを繰り返すものは苦手らしく、よく私に“増援”を頼んできた。)

 私は「あれ、私何やってんだろう」と思ったこともあるほど、自然に彼に世話を焼いていた。それも、彼のカリスマ性がなせる技なのだろうか?

 終始気持ち悪いながらも、なあなあな感じで結局卒業まで、彼とは一緒にいた。仲が良かったわけでも、一線を超えたことも(超えかけたことはあるけど)なく、なんとなくでずっと続いていた。私たちの関係。

 忘れもしない、中学校卒業の日。彼は当然のように卒業証書を破り捨ててゴミ箱へ押し込むと、人々が少し早めに咲いたサクラと記念撮影をするなか、私に午後の予定を聞いてきた。

「きみ、今日の午後暇?」

クラスの懇談会は卒業の次の日で、今日も特に友達とも遊ぶ約束をしていたわけでもなかったので、「空いてる」と言おうとして、私は口を止めた。私には、好きな人がいた。別々の高校に行くことになってしまったが、気の合う男友達。彼に、卒業式の放課後告白すると決めていた。

 皮肉なことだが、終始変なやつだった“彼”のおかげで“好き”という感情を学んだ。それがいいことだったのか、悪いことだったのかは今でもわからない。とにかく、私はただ「予定が、ある」とだけ言った。彼は、少し止まった後、その何が見えているかわからない目で私をみて、「分かった」と言った。そして、対して落胆した風でもなく、無言で手をひらひらと振ってから、一人で校門を出て行った。それで、終わりだった。


 中学校を卒業して、私が望んでいた高校に入れた。私の彼氏とは別の学校でも、家も近いから毎日会えた。高校では、中学校で試せなかったことに次々とトライして行った。純粋に、満足した日々だった。そんな中、音信不通だった“奴”の訃報が届いた。

 彼の葬式には、彼の信者が数人と、私が中学校から来ていた。逆に、私たち以外には夫婦が一組、喪服を着た老齢の男が一人しかきていなかった。空席が目立つ中、僧の淡々とした読経が妙に生々しくしく聞こえた。私は、そこで初めて彼の異常性を悟った。私は、気づけば泣いていた。

 彼の真の恐ろしさは、他人に無意識に彼への忠誠心を植え付ける点だということだ。そして、私はもう一つのことを悟った。人が他人に全幅の信頼を置くことは、他人からの信頼と忠誠心を勝ち取るための最も的確な手段だということを。

 彼に対する無意味な感情が落ち着いた頃、私は彼の死因について疑問を抱いた。葬儀への招待状には、何も書いていなかった。病死だろうか?事故死だろうか?せめて、それくらいは知る権利があるはずだ。

 私は周りに人がいなくなる時を見計らって席を立ち、彼が眠る棺に向かって歩き出した。実際に見て、確かめるために。棺の蓋を開けると、ふわっと防腐剤の匂いがしてくる。私は顔を顰めた。棺の中には、彼が静かに眠っていた。白装束を着た彼は、奇妙にも美しかった。

 そのとき、私は異変に気付いた。彼の、首に一枚の布が巻き付けてある。タコ紐のようなモノで、キツく巻き付けてあった。私は、息の詰まるような不安感と、興奮を感じながらタコ紐を解いた。布が、はらりと外れる。

 そして、彼の首が落ちた。

「は?」

 私は絶句した。彼の首は、喉仏のあたりで綺麗に切断されていた。傷口には、さらにガーゼが巻いてあった。私は、それを取る気にはなれなかった。

 ふと、後ろに人の気配を感じた。私はバッと振り返る。そこには、あの読経の時に彼の棺に一番近い席に座っていたおじいさんがいた。ふとかれの襟元を見ると、金色に輝く議員バッヂ。

「彼は、優秀なボディーガートだった」

おじいさんはポツリ、と語った。

「彼は、優秀なボディーガードと共にこの国を良くしたいという強い思いを持っていた…それは、私と同じだった」

「彼は、どうして死んだんです」

「私たちは、革命を起こそうとしていた」

議員は、直接的には答えなかった。しかし、“革命”という危険な香りのするワードから、彼らが何をしようとして、なぜ危険な目にあったのかがわかるような気がした。

「彼は、国に殺されたんですか?」

「いや、違う。私たちは、革命を起こすために武器を集めていた。そのためには、金が必要だった…彼には、さまざまな組織や組を潰してもらったよ。その中で、恨みを買ったんだろうね。彼は卒業式の日の後、自宅で誰かに襲われ、命をおとした。制服を脱ぐ暇すらなくね。最も、私は彼が制服以外を着ているのを見たことはなかったが」

おじいさんの目に涙はなかった。しかし、彼の目はガラス玉のように生気がなかった。

「彼には私の跡を継がせるつもりだった。むしろ、政界に行かせるべきだった」

「なら、どうしてそれにもっと早くしなかったんです!」

私は、気づけば声を荒げていた。

「あいつは、確かにいつも何を感じているかわからなかったし、何をしたいのか、何を考えてるのか、わからないやつだった。でも、少なくとも死のうとは思ってなかったんだ。あいつは、私にまた会う気だった!」

涙が頬をつたる。

「あいつが!あいつが!あなたがあいつを殺したんだ。革命なんて手伝わせたから…」

「黙れ!」

おじいさんが一喝した。私は息を呑んで顔を上げる、お爺さんは決して怒ってはいなかった。ただ、目には生気が戻っていた。まわりには、葬儀に出ていた人がみんな集まっていた。棺の中の、首の落ちた彼の死体に全く驚かないことだけが異常だ。

「いや、すまない。怒鳴ってしまって。しかし、ひとつ言わせてもらうと私は彼の行動を手伝っただけだ。私は、彼の指示で参議院から衆議院に移ったし、政党も作った。彼の、意思だったんだ」

文面だけ見れば言い訳のように聞こえるが、彼の声色はそれを真実と告げていた。

「それに、彼に会いたいというならまた、すぐ会えるさ」


式場を出ると、すでに日は翳っていた。西陽が眩しい。堪えきれず、暗く静かな裏路地に入ると赤色の自販機が目についた。そういえば、朝から何も飲んでいないな…そんなことを考えながら財布を探してポケットを弄った。

ふと、後ろから私を呼びかける声がした。イラつくほど、求めたあの声。

なんでこう、嫌にロマンチックに……。

「***!」

私は振り返りもせず、自販機の品揃えを物色しながら奴の名前を叫んだ。

「あんた……やっぱり生きてたか。そうだろうと思ったさ」

「いや、死んでるよ?」

足音もなく、奴が私の隣に並んだ。まさに幽霊か何かみたいに。私はオカルトは嫌いだ。しかし、一種の魔術的恐怖心を掻き立てるような現象が起きた。背筋がゾクっとする。視界の端に、奴の上半身が映り込んだ。首は……繋がっている。視線は私と同じ、自販機に向いていた。

「いや、少し油断したね。まっさかあんな簡単にやられるとはおもわなんざ」

彼が、着ている中学校の制服のズボンに両手を入れた。彼のくせだ。やっぱり、こいつは奴で間違いない。

「一発で首をすっ飛ばされたね。多分避けても無駄だったんじゃないかな。そーゆー能力」

「ふーん」

私は興味なさげに呟いた。本当は、聞きたいことが色々あった。けど、圧倒的な超自然現象の前に声が出ない。体もこわばっている。

「あんたはいま……生きてるの?死んでるの?」

「死んでるよ。しっかりと。でも、生き返った」

事も無さげに奴が答える。その声は確かにあいつの声だ。しかし、どこかアメジストのような声。

突然、ほおに冷たいものが当たった。みずみずしげな水滴も感じる。思わず、情けない声を出してしまうような。

その時、初めて奴の方を見た。奴の顔は、全く見えなかった。いや、見えなかったというか……。本来目や鼻や口があるべきそこには、真っ赤な一輪の花が咲いていた。

「ほら、これ。あげる。気にすんな、俺の奢りだよ。好きなんでしょ?」

奴の手には、缶コーヒーが握られていた。確かに私の好物。しかしどこで知ったんだ……

何も言えずに、逃げるようにして視点を缶のプルタブに移す。

指先を引っ掛けて軽く力を入れる。プシュッという缶コーヒーに似付かぬ破裂音がした後、私の目に細かなコーヒーの雫が飛び込んだ。思わず目を瞑る。

次の瞬間、奴はいなくなっていた。跡形もなく。

まるで、白昼夢か何かのように…奴は消え去った。これで、おしまい。そういう声がしたような気がした。

私はコーヒを口に含んだ。絶妙な微糖。私は口を顰めた。

「また私だけ……」


それから数ヶ月後。北九州で大規模な暴動が起こった。ニュースキャスターは、ただ避難指示を出しているだけ。

『北九州市で、大規模な武装蜂起が発生』

『被害は不明。防衛省は陸上自衛隊の派遣を決定』

『犯行声明は未だなし』

『北九州市との通信は完全に遮断』

空虚な妄想。非現実な現実。そんな感じがした。ふと、ポケットに入れていた携帯が鳴った。見知らぬ番号だ。しかし、私はその番号の主を知っている気がする。

「***でしょ」

『そうだよ。よくわかったね』

相変わらずおどけたようで、人を小馬鹿にしたような、冷静な声。

『テレビ、見た?流石に俺は画面に映れない体になっちまったけど、センセイはそろそろ声明を出すはずだよ。見てね〜』

一方的に電話を切られた。折り返ししようにも、全く繋がらない。

『おかけになりました……』

感情のない機械音声が同情しているように聞こえるレベルで、私は動揺していた。

「は?」


政府は、折れた。

日本救国会と名乗る勢力は、公安にも、警察にも、どうしてバレなかったのかと人々を驚かせるような量の武器を隠し持っていた。

事件発生から三月後、九州は日本から独立した。

そのまた1ヶ月後、九州は日本への復帰を条件に、ニッポンを動かす権利を得た。


私は、二児の母になった。彼との子だ。後悔はない。ただ、幸せな毎日だ。

あの事件からすでに十七年経った。日本は幸か不幸か、テロリストの治世でV字回復を遂げてしまったのだ。

首謀者は、もちろん葬式であったあのお爺さん。

一度だけ、あの人が私に会いに来たことがある。


彼と、入籍した翌日だった。家のインターホンがなった。見ると、忘れもしないあのお爺さん、いや、革命が起こってからの我らが日本元首。そんな彼が、我が家の玄関先にいた。

「結婚おめでとう」

そう、お爺さんはいった。そうして、私に一輪の大きな赤い花をくれた。

そして、去っていった。

後から来た彼が「誰だった?」と聞いてきたけど、私は答えられなかった。適当な、生返事しかできなかった。


下の子が京都に進学してから、家はまた静かになった。

夫は、もうそろそろ定年退職が近づく年になってきたが、まだまだ元気だ。

「これでまた、二人でゆっくりと過ごせるな」

そう言って、私を抱きしめてくれる。シンプルに嬉しかった。気分が良かった。円満な、しかし少し退屈な人生。でもこれでいいのだ。常人は。

ふと思い立って、押入れに入れていたあの花を取り出す。あの日、お爺さんがくれたあの花。不思議とそれはいつになっても枯れなかった。造花かとも思ったが、それも違う。微かに脈打っている。

思い立って、その花の香りを嗅いでみる。はちみつとバラの中間点のような、そんな匂いがした。

「やり直すかい?」

ふと、花の奥からそんな声がした。それは、奴の声。

私は少し悩んで、微笑んだ。

「いや、いいよ」

私は、花をちぎった。花びらが、ひらひらと舞い落ちていく。それは、床に落ちる前に赤い粒子になって消えた。

それで、おしまい。私の不思議な、不思議なお話。(完)

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私たち二人だけで。 照川 重 @Sigeru-Terukawa

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