サイトウさん | 三題噺Vol.8

冴月練

サイトウさん

📘 三題噺のお題(第8弾)

誤配達の荷物

消えかけた落書き

夏の終わりの音


🔍補足的なヒント(自由に無視してOK)

誤配達の荷物

 → 物理的な郵便・Amazonでも、感情・秘密・人間関係の“誤配送”でも解釈可。


消えかけた落書き

 → 校舎・トイレの壁・古びたノート、あるいは誰かの記憶に刻まれた“いたずら”の痕跡。


夏の終わりの音

 → 虫の声、遠くの祭囃子、蝉の死骸を踏む音、ラジオ体操、最後の花火――

  “何かが終わってしまう感覚”を喚起する音。


―――――――――――――――――――――


【本文】

 帰宅するとAmazonの置き配があった。

 我が家では、届いた荷物は慎重に確認してから開けるというルールがある。


「まただ」

 私はつぶやいた。

 玄関のドアを開けると、母がいることがわかった。

「お母さん、荷物届いてたけど、これお向かいの斉藤さんのだった。斉藤さんの部屋の前に置いてくるね」

 私は家の中にいる母へ向けて大声で呼びかける。

「あらやだ、また? お願いするわね」

 母が玄関に出てきながら、私に声をかけた。


 私はお向かいの斉藤さんのドアの前に箱を置いた。見た目は大きいが、軽くて助かった。


 何でこんなことになっているかと言うと、斉藤さんと父の名前に原因がある。

 斉藤さんは「斉藤二郎」、そして父は「斎藤二朗」という名前だ。次男らしい良い名前だとは思うが、こんなに近所に住んでいると問題も起きる。最も多いのが、この誤配達だ。


 私はため息を一つつくと、我が家に戻った。

「お母さん、夏彦なつひこは?」

 冷蔵庫から麦茶を取り出しながら、母に尋ねた。夏彦は5歳下の弟だ。

「塾の夏季講習に行ってるわ」

「あの怠け者も中3だからね。そろそろエンジンかけてもらわないと」

 私はごくごくと麦茶を飲むと、プハーッと息を吐き出した。


「夏彦、今日はお寺のお祭りだから、遅くなるって」

 母の言葉を聞いて、私は花火大会を思い出していた。あのクソガキ共は花火大会でハイになって、お寺の壁に落書きした。そして捕まり、父母が出かけてたから、なぜか私が謝りに行った。


「私もちょっとお祭り行ってくるわ」

「あら、そう? 浴衣着ていく?」

「着ないよ、一人で様子見てくるだけだもの。バカな弟が、何かしでかさないかのパトロール」


 私は楽な服装に着替えると、お寺に向かった。

 夏彦たちが落書きした壁を見ると、落書きは消えかけていて安心した。


 お寺の境内に入ると、浴衣姿の小さな子達が駆け回っている。まだ日も暮れていないし、ちょっと早い。

 私は、警察や消防の人達が集まるエリアをさり気なくチェックした。斉藤さんを見つけて嬉しくなる。斉藤さんは消防署員だから、いても不思議ではないけど。


 私は缶ビールを1本とたこ焼きを調達してきた。座って盆踊りを眺めつつ、晩酌を楽しむ。

「斎藤さんは踊らないんですか、盆踊り?」

 私はその声に驚いて、ビールを吹き出しそうになった。


 斉藤さんが私を見て笑っている。

「同じサイトウなのに、サイトウさんは変か。涼香りょうかさん」

 私は、斉藤さんが自分の名前を認識していたことに、自分でも驚くほど喜んでいた。


「いやー、弟がまたバカなことをしないか見張りにきただけなので」

 私は照れ隠しの笑顔で答えた。

「ああ。花火大会のときみたいに」

 そう言って、斉藤さんは思い出し笑いをしている。

 そう。弟たちを捕まえたのは斉藤さんだ。顔を知られてるのだから、逃げられるわけがない。本当に弟はバカだ。


 斉藤さんは仕事に戻って行った。

 私はもしもと思う。もしも私が浴衣を着ていたら、斉藤さんは可愛いと思ってくれただろうか? そんなことを考えている自分にうんざりする。


 ツクツクボウシの鳴き声が聞こえた。もうすぐ夏が終わる。

 好きな人の名前が父親と同じだから。

 そんなことを言い訳にして、何もしない女子大生。私、斎藤涼香の二十歳の夏が過ぎ去ろうとしていた。


―――――――――――――――――――――


【感想】

「消えかけた落書き」をどう扱うかで悩みました。

「恋人と親が同じ名前だったら嫌だろうな」というアイデアを盛り込みつつ作った作品。

 何も起こらない物語だけど、余韻は残せたのではと思っています。


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