第11話 堕ちた管理者
広間を満たすのは、光と闇の軍勢だった。
藤堂蓮が呼び出した兵士たちと、影のリィナが繰り出した黒い兵士たち。
まるで鏡を見ているかのように、動きも布陣も同じ。
剣と槍がぶつかり合い、火花が散る。
均衡は崩れない。互いに同じ動きを繰り返すだけだ。
「……くそっ、これじゃ泥仕合だ!」
膝に力を込めながら蓮は叫んだ。
胸の痛みは治癒の代償。立ち続けるだけで精一杯なのに、戦場はまるで膠着していた。
影のリィナが口を開く。
――無駄だ。お前は守れない。
――お前も私と同じ、忘却に呑まれる。
赤い瞳が蓮を射抜くたびに、心臓が冷たく凍りつく。
頭の奥で記憶が揺らぎ、母の顔が霞みかけた。
「……やめろ……!」
叫んだつもりでも声が掠れている。
だが、その肩に冷たい手が置かれた。
リィナだ。
壁越しに閉じ込められていたはずの彼女が、必死にこちらを見ていた。
「蓮! 惑わされるな! 本物はここにいる!」
その声に、胸の奥で小さな炎が灯る。
影の囁きよりも、彼女の言葉の方が強く響いた。
「……そうだ。俺は……もう迷わない!」
蓮は索引カードを床に押し当て、震える手で文字を描く。
『証明』
光が爆ぜ、兵士たちが声を上げた。
「進め!」「仲間を信じろ!」――英雄譚から紡がれた言葉が、戦場に轟く。
黒い兵士たちが一瞬揺らぎ、赤い瞳が怯んだ。
「よし……押し込め!」
兵士たちが突撃し、盾で壁を作り、槍で黒い軍勢を貫く。
影のリィナの体にひびが走った。
――やめろ……声など無意味だ……!
「違う! 声があるから人は忘れられない!
記録も、意志も、繋がるからこそ本物なんだ!」
蓮の叫びとともに光が強まり、黒い兵士たちが霧散していく。
影のリィナの身体に大きな裂け目が走り、赤い瞳が苦悶に歪む。
霧が弾け、広間に散った。
静寂。
膝から崩れ落ち、蓮は肩で息をした。
全身が痛みに悲鳴を上げているのに、胸の奥は不思議と澄んでいた。
「……やった、のか……」
リィナが駆け寄り、青い瞳で彼を見つめた。
冷徹な瞳の奥に、確かな光が宿っている。
「愚か者……」
その声はいつもの冷たさを保ちながらも、わずかに震えていた。
蓮は苦笑した。
「またそれか。でも……悪くない」
リィナは言葉を返さず、ただ彼の肩を支えた。
そして――
広間の奥で再び重い音が鳴った。
闇の向こうに、新たな扉がゆっくりと口を開けていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます