第2話 管理者候補

 黒い影が本を丸ごと飲み込むのを見て、藤堂蓮の背筋は凍りついた。

 声を出そうとしても喉が乾ききっている。


「……マジかよ……ホラー映画のエキストラの死に方じゃん……」


 自分の軽口で心を誤魔化したその時、頭の中に再び声が響いた。


『影喰い――忘却の化身。

 人々が記憶を失うたびに現れ、知識を糧とする』


「忘却の……化身?」


『管理者候補よ。君の役目は索引カードを用いて記録を繋ぎ止め、影に抗うことだ』


 視線を落とすと、床に一枚の白いカードが転がっていた。

 拾い上げると、じんわり温かく光を帯びる。


「……なにこれ、図書館ポイントカード?」


 乾いた冗談を飛ばすと同時に、影の赤い瞳がこちらを向いた。

 低く耳障りな声が響く。


――ギィイイイイ……。


「やばいやばいやばい!」


 蓮は反射的にカードを胸に押し当てた。

 すると脳裏に言葉が流れ込む。


『心で願え。“守りたいもの”を刻め』


「……守りたいもの?」


 次の瞬間、影が棚から別の本を引き抜き、飲み込もうとした。

 蓮の口から自然に声が漏れた。


「やめろっ! 本は……記録は……忘れさせちゃダメだ!」


 その叫びに呼応するように、カードが光を放つ。

 近くの棚に収められていた『古代戦術集』が勝手に開き、光があふれ出した。


 光の中から兵士たちが現れる。

 槍を構え、盾を掲げ、赤い目の影へ一斉に突撃する。


「……召喚魔法……!? マジで異世界仕様……!」


 兵士たちの槍が影を突き刺し、黒い身体が一部霧散する。

 だが影はすぐに膨れ上がり、兵士を次々と押し潰していった。


 蓮の胸に焼けるような痛みが走り、膝が折れる。

 呼吸が乱れ、視界が白く霞む。


「……なんだ……俺まで痛みが……」


 影の赤い目が近づき、伸ばした黒い腕が今にも彼を掴みかけた、その時――


「――新人か」


 冷たい声が背後から響いた。

 振り返ると、銀髪の少女が立っていた。青い瞳が冷徹に光り、腕には分厚い本を抱えている。


 彼女は本を開き、指を鳴らした。

 ページから光の鎖が溢れ、影を縛り上げる。


――ギィイイイイ……ッ!


 影は呻き声を残して霧散した。


 静寂が戻る。

 少女は本を閉じ、冷ややかな視線で蓮を見下ろした。


「私はリィナ。この図書館に縛られた“司書”だ。

 ……お前が新しい“管理者候補”というわけか」


 冷たい宣告に、蓮はただ息を呑んだ。

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