ショータイム(3)
「水持ってこようか」
貴族は毎回こんな重い衣装を着てずっと立って話しているのか……と思ったら、休憩室というものがあったらしい。
マキアが途中で具合が悪そうだったので、有無を言わさず引っ張ってきた。ふかふかのソファーに深く沈み込んでいるが、さっきよりも顔色は良くなった。
「……」
ただ、ビクトルへの態度は相変わらず硬くなったままだ――あの男爵に乗せられてマキアの護衛を仰せつかった日から。
言葉少なに、言わなければならないことだけ、聞かなければならないことだけ。
ほとんどこちらから話しかけても無視される。
ビクトル自身、なぜここまでされても愛想を尽かさないのかよく分からなかった。たぶんマキア以外にやられたら速攻縁を切った。
それに……おそらく、ナンリが言うことは間違っていないのだ。もしマキアにとってビクトルがどうでもいい人間なら、こんなに意識されていない。
マキアは人付き合いが下手で、けれどそれを覆い隠すほど取り繕うことができる。
ビクトルにはどうだ。あからさまに無視、会話をしない。つまり、ビクトルには取り繕えないのだ。
(可愛いよなあ……)
寂しくはあるが、こうやって近くにいられるだけでまあよしとする。
そうこうしているうちに、部屋にナンリがやってきた。
「おお、無事か」
「ナンリ。お疲れさん」
「うむ、君たちもよく頑張った。あと一息だ」
ほとんどパーティーは頃合いがいいのだが、主催が雲隠れしたため誰も解散を言い出さない。
まあ、こういうのは貴族の暗黙の了解で、一番の権力者が帰ると言い出したら終わりらしいのだが、我らがボスのクレイトスがせっせといじめを続けていて、皆帰るに帰れないというのが今の状況だ。
いじめる相手はもちろん王都から来た魔法士たちだ。彼らはほとんど放置で、それでも根性で居座っている。
「マキア、疲れと酒酔いかな」
「……ぁぁ」
「声が小さいぞ」
ビクトルの手前、ナンリに元気よく返事するのもおかしいと思っているんだろう。その中途半端な気遣いはなんだろうか。
「最後のだけは打ち合わせになかったが、本当に視たようだな」
「……嘘は言わない。それこそ余計な災いになる」
「うん、よくやった」
「最後のって、あの男貴族の……」
「ああ、霊視したんだ、マキアが」
「……幽霊?」
「うむ、俺も気配だけは分かったが、彼で父親が言いたかったとは分からなんだ」
「うお……」
「……悪いものじゃない、今だったら」
マキアが身をソファーに預けたまま。
「どうも死ぬ間際にすれ違いか何かでおたがい気を病んだままだったらしい……たった一言伝えたかっただけで、もう帰った」
「そう、か」
あとで息子の方がお礼を言いに来たくらいだ。
それだけが不思議だったのだ、他は、計画通り打ち合わせ通りだ。
パーティーまで1ヶ月の間、マキアは店をほとんど閉じて修行に明け暮れていた。
今までマキアができるのは、モノの念を読み取ることと、簡単な祓い、封印程度で、店をやる際に叩き込まれたと言っていた。
井戸の件で霊視の精度が上がり、今話した通りナンリすらあやふやなものをはっきり見ることができるまでになり、そこはひと通りで済んだようだが……
「よかった、占術だけはまだお前も不得意であるのだな」
「……なにがいいんだ……力の消費が激しいんだ」
「師匠としての立場がないのでな、ひとつくらい出来ないのは可愛げがあるではないか」
「……師匠じゃない……」
マキアは呆れたため息をつく。
そう、占いがマキアにはまだ難しいらしい。
それでも基本はできているというので、今日はお披露目となった。
やはり、食いつきが良かった。
占いというのは、ビクトルもちらりと聞いたが、対象の人間のことを正しいプロフィールとほんの少しの勘で状態を見る、という術というより書類仕事のようだった。
今回は招待客リストを裏から手を回したクレイトスからもらって、全員のプロフィールを覚え込むという荒業に出た。
あとはその時になってそれっぽく聞いたり話したりして、術で見ていって最後に合っているかどうかを確認する。
マキアはそれが苦手だったらしい。
「でも、みんな満足そうだったじゃないか」
そばで見ていたが、みんな半信半疑で聞きに来て、最後には笑顔でお礼を言っていくので、かなりいい反応だっただろう。
「……いいことしか言ってないからな」
「それで良い。真面目な顔をしてアドバイスなど受けん。パーティーにはそれらしく、ぱっと良さげなことをかいつまんで話せばよいのだ。嘘ではなければ」
「……不真面目っすよね」
「大いに真面目だよ、俺は」
ナンリはしかつめらしく言った。
「重要だよ、場の空気と話題の選択は。今日のここは、そういう場であったのだから」
「うーん、けっこうナンリのこと誤解していたな」
「修行だけはまじめにやっている。国でも似たようなことをやらざるを得ん立場でな、いや応なしに覚えたのだ」
「え、お貴族様なんすかもしや」
「いや、お貴族様に混じってこうやって愛想に揉み手をする立場だ」
「……大変すね」
「変に官職などもらうもんではないぞ、青年」
ナンリがしみじみつぶやいたところで。
ドアが急に開いた。
部屋にずかずかと入り込んできたのは、薄水色の集団だった。
「……どうなさいましたかな」
ビクトルだけは万が一のために立ったが、ナンリはゆったりと腰掛け彼らに顔だけを向けた。
二級魔法士は怒り心頭といったふうに指を差してくる。
「力をあのように軽々しく使い、人々を惑わすでない!」
「惑わす?何をおっしゃるやら……」
「あのように見世物にして、プライドがないようだな東の者は!」
ナンリは肩を竦めた。
「ああ、見世物だ。児戯に等しい」
「な……じ、児戯と」
「西の方々に東洋の術がどんなものかなど、そうそう知る機会もないだろう。だから、これでいいのだよ、わかりやすく、簡潔に。これで今日来てくださったカイメの貴族の方々は明日から噂をするであろうな……東の術はたいそう面白かったと」
「お、おもしろ!?」
「特別なことなど何一つない、児戯だ。秘術は腐るほどあり、それこそ死ぬ間際まで口伝しない二千年の奥義などもある。それらは守るが……さて、すべて秘すれば何か良いことがあるのか?たった指先ひとつで起こせる術など、もはやただの自然現象と区別はない、どこにでもある」
「魔法が自然と何の関係がある!」
「魔法は、ですな。それを我らに問答するとは……一度、じっくり書物を開いてみなされ」
「なにを……」
「これで、終わりにしましょう、二級魔法士殿。あいにく精進の足らんため酒に酔っていてな」
「……後悔するぞ」
負け惜しみか、恨めしげに唸るハーマンに、ナンリはうっすらと笑う。
「ああ、数日前から我が国から使節団が王都にお邪魔していると思うが」
「な、なんだ」
「いや、たしか同僚が来ていたはず。もし見かけたら彼をよろしくお頼み申す」
「……っ」
ビクトルにはナンリの言葉の意味は分かるはずもないが、何に思い当たったのか顔を赤くしたハーマンは、ザッと背を向けた。
部屋を大股で出ていく彼に、次々と追う魔法士たち――
「そこの、黒髪の三級魔法士さん」
黙っていたマキアが、突然声を上げた。
そのセリフにぎょっとして、ビクトルは思わず身構えてしまった。
――部屋を出ようとしていたロウドが、マキアを振り返る。
その、温度のない目。
対して、マキアは唇にだけ笑みをのせる。
「……水難の相、水の事故の未来が見えます。せいぜいお気をつけください」
「……」
憎悪の目だ。
ロウドの瞳が激しい色に染まって、それから部屋を出た。
扉が閉まった。
「呪をかけたか……」
「え?しゅ?」
「言霊の一種だ」
ナンリは苦笑している。
「今で言うと、占いだ予言だと散々していた人物に、水の事故と言われれば、信じていなくてもどきりとするだろう。そして、心になんとなく引っかかる……ずっと、その時まで」
そして、例えば手に水をひっかけただけでも恐怖するという。
「まあ、嘘ではない」
しれっとマキアは言うが、水の事故とは、またなぜ。
「知らない。そこまで精度がいいわけじゃない半人前だから。だが、確実に水に何か難儀する……」
「マキア」
「おい!?」
とつぜん、マキアが口を閉ざしたと思ったら……光り始めた。
体中、うっすらと白い光をまとっている。
ぱっぱっ、とたまに粉のように光が散り……きれいだ。
ぼうっと、見惚れていたビクトルの横で、ナンリが慌てて懐から札を出した。それをマキアに握らせると、彼の光が消えていく。
「……強がるな。まだ怖いのだろう」
ナンリの呆れた声に、マキアは俯く。
「え?なんだ……?」
「マキアの魔力の暴走だ」
「ナンリ」
「ビクトル君も心配するだろう」
「関係ない」
「……」
ナンリは無言でもう一枚マキアの頭に貼った。
「疲れていたところに、一番心的に負荷がかかる相手を占った。治ったと思った魔力の暴走だが、たまにこうやって起こるのだ」
「今の光って魔力……?」
綺麗だった。
「あれは魔力が不安定な時に放出される余剰……みたいなものだ」
「じゃあ、やっぱりよくないんすね」
「ああ。……あやつらも帰ったし、そろそろクレイトス殿に合流しよう。マキア、店に帰ったらすぐに休め」
「……」
やはり、疲れているらしい。
言葉にするのも億劫だったらしく、マキアはこくんと顎を落とした。
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