トラブルメーカーからの依頼(1)


「ここのところ多いですね、お客さん」


カップを洗い損ねていたのを、ペチカがやってくれているのを見ながら、クッキーをもそりとかじった。

そう、数日おきにやってくる。

ビクトルのあの妙にぐいぐいくる感じが、いかにも人付き合いの上手い人種である。


「……売上を見てるから分かるだろうが」

「あ、はい」

「駄弁りにきてるだけだ、同じやつが」

「えっじゃあ初の常連さんじゃないですか!」


振り返って満面の笑みのペチカ。そんなに喜ぶことなのか。


「……何も買わないし置いていかないんだぞ?」


ビクトルが何度も来るので、お茶を出してみたら喜ばれて、今にいたる。


あまりにもマキアと人の種類が違いすぎるビクトルだが、不思議と一緒にいて苦ではなかった。

お行儀はあまり良くないマキアが、結構ペチカの言う意地悪をしているような気がするが、冗談と笑って流すビクトルの感性がよく分からない。

仕事は?というと、こういうのは休憩として認められているらしい。衛兵が入る店なら健全である証拠で、防犯にもなるという。


「いーえ、こういうお店ですし、分かってくださって来てくださってるのは、そう、大きな伝手です!」

「……よく分からないが」

「あまり大っぴらには出来ない商売だとは分かっていますが、そういうのこそ人は大事ですよ!その方の身の回りで何かあったら、うちを頼ってくださることがあるかもしれないんですから!」

「かも、だろ」

「じゃあ何も知らない人がこの店を知って利用してくれる確率と、どっちだと思います?」

「……」


たしかに、10年後くらいに新規客とビクトルの客を比べたら、ビクトルに軍配が上がりそうだ。


「どんな方なんです?」

「……前に小箱を置いていった、衛兵だ」

「衛兵さん!もっといいじゃないですかー!トラブルとかあればすぐに相談しますからね、このカイメは!」


キラキラと見ないほど笑顔が眩しくなったペチカ。

このカイメという街は人口のわりに治安がいいが、それは衛兵のおかげなのだということはこの少女の様子で分かった。

しかも人脈がありそうなビクトルだ……本当にありうるかもしれない、それなりのことが。


「そのうち私が正しいと証明されますよ!」


ふふん、と今から勝利を確信して胸を張るペチカに苦笑して、マキアは冷めかけたお茶を飲んだ。

その、翌日である。


「よお、ちょっと頼みたいことがあってな」

「ここが噂の古道具屋……!」


衛兵ふたりが、店を訪ねてきた。

……かなり不穏なものを持って。


「……何を持ち歩いているんですか何を」


たぶん、彼らは分からないのだろう。見た目なら小さな包みで、せいぜい布が高級品だから高いものだと見当がつくくらいか。

だが、それは……マキアには劇物だった。

思わず挨拶もせずそれに札を貼った。衛兵のひとりが抱えたままだった。


「えっ、なんかガタって跳ねたけど、えっ」

「っち、」


反応が強い。

ベタベタと見えるところにすべて札を貼り、それからそれを衛兵の腕から引き抜いて、さらに。

ようやく抑え込めた。

ほっとして汗を拭い……ようやく、状況を思い出した。

お客は、衛兵である。片方はもう見慣れた男だったが、もう片方は……


「あは、本当になにこれ!」


キャッキャと喜ぶ、女性の衛兵。

美人だ。文句はつけようがない。まばゆい金髪を頭の高いところで一つにまとめ、アーモンド型の目は宝石のようにキラキラと赤い。衛兵の制服だが、そのスタイルのよさで別の服にも見える。

だがその楽しそうな表情――ビクトルと同類だったらしい。

ビクトルもビクトルで、「何か分からんがすごい!」と目で言っている。

……どうやら罪には問われなさそうである。


改めて中に通し、挨拶する。

明らかにお客だった。


「同僚のラインハルテ。前の小箱もこいつだ」

「お初お目にかかります、治安隊所属のラインハルテです」

「……どうも、店主のマキアです」

「店主!ほんとに!」

「おいやめろ」


ぷはーと笑うようなため息のような、微妙な息をするラインハルテに、ビクトルがちょっと怒っていた。

ビクトルに輪をかけてテンションが理解できない。

小箱がビクトルで本当に良かった。

そして、今日もだ。


「……こちらのご相談ですね」


さっきベタベタと封じの札を貼ったものである。

両手に乗るくらいの大きさで、箱型だ。高級な布で包まれていて、中身がそういう品なのは間違いない。

ただ……念がすごい。触れるのをためらうくらいだ。


「……これは、どちらから」

「えっと、名前は言うなと言われていてね」


女性の衛兵ラインハルテがしどろもどろに言う。

まあ、つまりけっこうなお家柄のところということだ。

ビクトルがため息をつく。


「……とある貴族の御婦人らしい。親族が亡くなられて形見にと貰い受けたらしいが……こう、だったんだと」

「なるほど」


それだけでも分かれば十分だ。今の段階でなら。

問題は……中を見るか、どうか。

あまりにも強い念……『呪』というものになると、実のところやっと術を使えるようになった下級のマキアには手に負えない。

そのまま意味は『呪い』でも間違ってはいない。別の意味もあるが。

即座に呪われるというほどではなさそうだが……覚悟を決めるか。


「しばらくお待ち下さい」


お茶を出し、奥へと引っ込む。

自室で、念のため置いておいた聖水を手に取り、それを少量頭にかぶる。

隅に置いてあるつづらを開けて、その服――式服を、手早く身につける。なかなか普段着ないものだからすこし不格好だが、仕方がない。


「……よし」


札と、書道具を確認して、応接間に戻った。

部屋に入った途端、ポカンとしたふたりの目が突き刺さる。


「……しばらく、はなれてい、」

「なにそれすっごー!」


ラインハルテが突然興奮した。ばっと立ち上がり、テーブルから回り込もうとして……ビクトルががっしと捕まえた。


「っと!悪い!見さかいないんだこいつ!」

「はあ、猛獣のようですね」

「はああ面白いな君!」


キャッキャと喜び、落ち着かないラインハルテは、じりじりとそのままビクトルに引きずられて部屋の隅に。

……そんなに、喜ぶことだろうか。

たしかに白一色の、見慣れない格好で、笑われるかとも思ったけれども。


中にキモノという袖が下に長いアウターにボトムスは末広がりのハカマ。さらには肩のところがせり出した貫頭衣を腰のところで縛り、下に裾が長い。すべて、白一色。さらには黒い山高帽子のようなエボシをかぶる。

大陸の西側ではまず見ない格好だ。道化と思われてもおかしくない。

だが、この衛兵ふたりは見慣れない服装に興味があるだけのようだ。勢いは、あれだが。


「そのまま、しばらく離れていてください」


都合が良かった。

テーブルを片付け、紙を目いっぱいに広げる。

墨は朝摺ったものを代用、硯からたっぷりと墨を含ませた筆を、紙に走らせる。数日に1回は必ず写しを作るため、覚えていて迷いはない。

五芒星、封じの禁言、呪、すべて書き終えて。


筆を置くと、とても強い視線がふたつ、マキアを見ていたのに気付く。

じぃ、と穴が空きそうなほどのもので、びくりとしてしまった。


「……あ、その、すまん、いろいろ面白くて」


ビクトルがマキアが怯えたことに気づいて、ようやく視線を和らげた。


「……いえ、まあ、見るだけならいくらでも」


あからさまにバカにされなければ構わない。見下す相手に仕事は出来ないから。

ビクトルはラインハルテの襟首を掴んだま、身を乗り出した。


「その服、何か聞いていいか?」

「ああ、方術の一派の、仕事着……か?」

「ええーそういうの着てやる?すっごーい」

「その……似合ってるな、マキアに」

「……そうか?」


まあ似合わないと言われるよりは良いのだろうけれど。

もう一度じっとビクトルの視線を感じるが、気にする必要もないか。

墨が乾いたのを見計らって、その問題のものを中央に置く。

呪……術式を唱えながら、札を剥がしていく。

布を取り払うと、平たい革張りの箱が出てきた。

……強い念。

見ているだけで鳥肌が立つするそれを、開けると――


美しい首飾りが、納められている。

青い宝石がいくつも連なり、パーツも銀色に美しく形作られていた。

まさに、これに込められた念だった。


「……っ、」


気休めだろうが、札を貼る。

気分の問題か、すこしだけ和らいだ気がする。

……分かる。

これは、マキアの手に負えない。


「もう、座っていただいても大丈夫です。紙には一切触れないように」


そろりと戻って来るビクトルたちは、目を白黒させている。


「ちょっと、分かる、なんか怖い」

「だな」

「……それほど強いものということです。いくつか質問したいのですが」

「ああ、……答えられるものは」

「いいでしょう。まず、この持ち主はいつ頃手に入れられたのですか」

「半年前……って言ってらしたかな」

「前の持ち主はその方の近親者でよろしいですか」


ビクトルとラインハルテは顔を見合わせた。

知らないらしい。


「では、異変とはどのようなものです?」

「……ひとりでに動くらしい」


ラインハルテがボソリと言う。さっきよりも元気がないのは、あてられたか。


「気がついたら蓋が勝手にあいて、首飾り……私は中身、としか聞いてなかったんだけど、それがどこかに落ちていて……いたずらかと思って家族や使用人に気をつけるようにと言った矢先に」


ひとりでに動くところを夫人が見てしまったらしい。


「怖くなって、金庫……小さな箱で頑丈なやつに、入れたらずっと中でガタガタ物音がして。そのうちに、今度は人影を屋敷で見るようになって」

「……ふうん」


この首飾りの感じと合わせて、どうして念がこもったのか、予測は立つ。


「これを神殿に持っていったことは?」

「ああ、あるらしい」


ビクトルが答えた。


「ただ、そういうものは引き取って処理をすると言われて、それで……」

「……つまり、お手元に残したいというのですか、先方は」


無茶だ。

顔に出ていたのだろう、ビクトルとラインハルテはうろたえた。


「そんなに難しいのか?」

「ええ、こればかりは神殿の言い分は間違いありません」


強すぎて、浄化は難しい。

浄化とは、清めて昇華すること。これは比較的弱い時にならできる。

けれど、強い呪だと浄化には抵抗される。無理やり引き剥がして滅するという手段しか取れない。

今の場合、強制的に祓うことになるが、首飾りがその力の拮抗に耐えられるとは思えなかった。

そして、本来ならもう二度と呪に染まらぬよう、破棄する。


「……私では、無理です」

「そんなぁ……」


がっかりとしたラインハルテは、よほど親しい相手なのかと思ったら、


「絶対大丈夫ですって……」


思わず、頭を抱えた。

ビクトルも同じような格好だ。

貴族相手に、自分の責任も持てないことを約束するな。

……希望は、あるには、あるのだが。

それでも不確かすぎる。


「……かなり、賭けではあるのですが、方法はないこともないです」

「え!?」


ぱっと顔を明るくするラインハルテに、すこしイラッとした。


「ですが、本当に賭けです。私が見積もっても万が一のものです。それでも良いのでしたら……」

「ああ!」

「それを決めるのはお前じゃねーだろ!」


さすがに怒ったビクトルが、ラインハルテに拳骨をお見舞いした。

……すっきりした。

ふっと笑っていると、今度はラインハルテの頭を押さえて下げさせる。荒業である。


「悪い、この通り。その方法とやら、できないか?」

「……まずは、先方にご説明をしたい。できる限り直接お会いできるようにして欲しい」


最悪、伝手はあるからそちらでもいいが、ことの発端の衛兵にこれくらいはしてもらわなければ。


「分かった。おい、ラインハルテ」

「はい……すみません……がんばります」

「でしたら、一度これをお預かりします。あまりお持ちでないほうがいいでしょうから。封印……保管は出来そうですので」

「ああ、それも説明してくる」

「……頼みます」


相手は貴族だ。

ヘマすると、ここの全員の首が飛びかねない。そのままの意味だ。


封印を丁寧に施し、再び布で覆う。

魂が抜けたようなラインハルテと、気疲れでぐったりしたビクトルに、休んでいくように言い残して、倉庫の方へ。

封印の間というものがある。清められ、結界を張られたそれは、こういった厄介なものを一時的に保管するために作ってもらった。

その安置する棚に首飾りを置き……


「そろそろ来てもらえると助かるんだが」


自室に戻り、着替えをする。

気を引き締めるにはいいが、あまり長く着ていたくない。

まだマキアが半人前という気後れもあるし、単純に重いというのもある。

本職はこれを着て、何時間も祈祷をするというのだからそれだけでも尊敬する。


お茶を淹れ直し、応接間に戻る。

すこし顔色が戻ったふたりに、ペチカの母が焼いたというケーキを出すと、涙を流された。


「……こんな大ごとになるとは思わなくて……」

「すこしはこれで懲りたか?」

「うん……これおいしいね」


あまり、反省はしていないように見えるが。


しばらくして、ふたりは店を出た。

挨拶をして、すこしだけ歩いて、ビクトルが戻ってきた。


「その、すまなかった。俺も事情をよく聞いていれば……」


申し訳無さそうなビクトルの表情に、こちらもどうすればいいのか分からないのだが……


「……仕方がない部分もある。これについては成功するかは賭けだとは念を押しておくが、まあ、持ちかけられた以上、やれることはやるさ」

「お前、いいやつだよな」


そんなことを、初めて言われた。

しみじみと言うビクトルから、思わず目をそらす。

だから、どうすればいいのか分からないのだが。


「ラインハルテだが、その、あんなんだが根は悪いやつじゃない。言って聞かせておくから、嫌わないでやってくれないか」

「……嫌うほどじゃない。悪いやつじゃないのは何となく分かるし」


そうでなければ、こういう品を自ら引き当てないだろう。

考えなしだが、素直ということにしておく。表裏もなさそうだ。


「そうか。ありがとう」


ホッとしたように笑うビクトルが、じゃあまた、と軽くマキアの肩に触れる。


「……」


触れられたそこが、何となくこそばゆかった。

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