月は真ん丸、橋も真ん丸
平井敦史
第1話
人間たちの間では、
四年ほど前、この近くでも大きな
彼女のねぐらである
その祠が取り壊されることとなったのは、まったくのとばっちりであった。
千数百年の昔、海の向こうから伝わった仏教は、この国に元から存在していた神道と混じり合った。
仏教のお寺に神道の神が
徳川幕府にとってかわった明治政府は、神仏を分離し国家神道を仏教の上に置こうとした。
その政策に、これまで仏教の下風に立たされていたと考える神職者の恨みや、徳川幕府の下で既得権益化していた仏教への民衆の反発、さらにはこの機に寺の財産や寺宝を手に入れようという個人的欲望など、様々な思惑が入り混じり、
その背景には、強欲で鳴らしていた住職への反感も大きかったのだろう。
その巻き添えでねぐらを失うこととなった
ねぐらを失った
この寺が破却を免れたのは、住職の人徳の差なのか、あるいは他の事情があったのか。
もちろん
――何かむしゃくしゃするわぁ。
新たなねぐらを得たとはいえ、鬱屈した思いを
彼女が長年暮らしていた寺に染みついていたにおい。
誘われるままにそちらへ行ってみると、人間たちが小川をせき止め、干上がった川底を掘り広げて、石を敷き詰めているところだった。
そこで使われていた石のいくつかが、
寺のすぐ前を、一本の街道が通っている。
この街道に架かるいくつかの橋を、木の橋から石橋に架け替える事業が進められていたのだ。
この事業を中心になって推し進めたのは、当時京都府副知事であった
彼は、
彼の
そして、そこに破却された寺の廃材が再利用されていたのだ。
「わ、狐か? 魚のにおいにでもつられて来たんか? しっしっ!」
立ち働いていた男の一人が、
それを別の男が制した。
「やめとき、やめとき。狐はお稲荷さんのお使いやで。いじめたら罰が当たるわ。ほれ、おにぎり食うか?」
そう言って、男は握り飯を差し出した。
「
握り飯をくれた若い男は、
年の頃は
それ以来、
――何をやってるんやろ。
川に橋を架けるということ自体、
川を渡りたければ多少濡れても浅瀬を渡っていけばいいし、それができないほどの大きな川なら、そうまでして向こう岸に行く必要もないだろうに。
彼は京の町の北東にある
この架橋事業の、いわば現場監督的立場にある石工は三人。白川村の
彼らの指揮の
元々白川村は、
今、男たちは
時おり木枠を押し当てて調整しながら、正確な円弧を描くように、石を積み上げていくのだ。
「どや、すごいやろ」
「普通の石橋は、上の方だけ
無論、
ただ、自慢話がしたいだけだ。
「京の
年が明ける頃になると、
そこへ
その上へ
手をかじかませながら石を積んでいく
やがて
これが上手くいかなければ、これまでの苦労は水の泡だ。
門弟たちが
――上手いこといったみたいやな。
自分にはまったく関係のないことながら、
そして最後に、石畳を敷き詰めて路面を形作り、
そうして橋が完成したのは、桃の花が咲き始める頃。
ちょうどこの年、明治六年に実施された
「お前ともお別れやな。今、
思い返せば、彼には随分と食べ物を分けてもらった。
「わしもいつか、親方になってこんな橋を建ててみたいもんやなぁ」
しみじみと呟く
やがて春が終わり、夏が訪れる。
石で組み上げられた管の中を走り回る。
川の土手から駆け下りて、管の中を螺旋状に走り抜けると、天と地がひっくり返る。
そうして、蛙たちを驚かせる。
いつしか日が暮れると、
空にはまん丸い月が輝いている。
――あの人間、元気にしとるやろか。
ふと、
この時
川に対して直交していないことが名の由来だ。
世界的に見ても珍しいこの真円アーチ橋の技術は、しかしこの後受け継がれていくことはなかった。
鉄筋コンクリートといった新しい技術が導入され、あまりにも手間暇のかかる石積みアーチ橋は
しかし、
――了。
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参考文献
『明治の橋:近代橋梁の黎明』京都市文化市民局 文化芸術都市推進室 文化財保護課
鴨東様note記事『京都における明治石造アーチの謎(中間とりまとめ)』,『(用語解説)石橋各部の名称について』
月は真ん丸、橋も真ん丸 平井敦史 @Hirai_Atsushi
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