第18話 飛翔する竜
もしそのレオナルドという人がいたら、きっと叔父は侯爵にはなっていないはず。だからもうこの世にいない人なのではないかと、アイリスはそう思ってはいたのだけれど……。
「こ、殺された……ってどういうことですか?」
病気や事故ではない、予想外の大公の答えにアイリスは声を上げる。
「すまない。驚かせてしまったな」
瞬間、余計なことを言いすぎたという顔をして、大公は軽く頭を下げた。
「その話は追々話していくとして、まずは俺の屋敷に戻ろう。リシャールもそろそろ自分の家に帰らないといけないだろうからな」
その言葉にリシャールは肩をすくめて頷く。
「色々気になりますし、帰りたくはありませんが……仕方ありませんね」
***
その後、アイリスはびっくりするような体験をすることになった。大公と一緒に黒竜ゼラルドにのって移動することになったからだ。
それまで変体後のティファと変わらないくらいの大きさになっていたゼラルドたちだが、一斉に人が乗せられるほどの大きさに変わった。
そしてティファもまた、ゼラルド達の助けを借りて、同じ大きさに体を変えた。
「……ティファ、大きくなったね」
「うん、こんなに大きくなれるなんて、ちょっと自分でもびっくりだよ」
普段からまんまるな目を、さらに丸くしているティファは相変わらず変体したという実感がないらしく、そんな様子もティファらしくて、なんだかアイリスは嬉しくなってしまった。
そんな二人を見て、大公は話し掛ける。
「まずはその大きさで飛ぶのに慣れることだ。そうしたら今度はアイリスを乗せて飛ぶ練習をしたらいい。今はとにかく自分だけである程度の距離を飛べるようにならないとな」
そう言われティファはバタバタと大きくなった翼を動かしてみた。アイリスは大公に抱き上げられ、ゼラルドに乗る。
「では行くぞ!」
黒、金、白。四匹の竜が一斉に飛び立つ様子に、アイリスの心は熱く燃え上がる。
「わぁ~」
アイリスは思わず歓声を上げていた。
竜は羽ばたき一つでふわりと空に上がり、一気に上昇すると、景色がぱあっと開けた。
その壮大な景色に言葉を失う。
雲一つない空は、遠くまで見渡せた。青い空の下、辺り一面の森は端の方が少し丸くなって見える。
それに風がすごい。口を大きく開けていたら声が出せなくなるほどだ。
「ほら、興奮すると落ちるぞ」
そう言うと大公はアイリスをしっかり抱いて落ちないように支えてくれた。
ぎゅっとお腹に回してくれる手が、照れくさいけど何だか嬉しい。こんな風に誰かに抱きしめられたことなんて、生まれてこのかた一度も記憶にないのだ。
(お父さんがいたら、こんな感じだったのかな……)
大きな体に包まれて、竜と空を飛んだ高揚感と共に、そんなことを思ってしまう。するとその言葉が聞こえていたかのように、大公は笑い声を上げた。
「娘はいいなあ。どこもかしこも男子と比べて柔らかい。俺も妻も、ずっと娘が欲しいと思っていたのだが、結局生まれたのは男ばかりだ。……アイリス、やっぱりうちの子にならないか?」
突然の提案に、思わず目を見開いてしまった。
「え、私……?」
当然、今すぐ決められるわけもない。
(家族って、こんな私の家族になってくれるの?)
それでもそう言ってくれた瞬間の喜びは、愛情に飢えていたからこそ、アイリスの胸にまっすぐ突き刺さるような気がした。
「悪い、突然こんなことを言ったから驚かせたな」
耳元で聞こえる声は低くて穏やかだ。
「だが、もしアイリスがレオナルドの子なら俺にとっても大切な親友の子供だ」
風がぼうぼうと音を立てる。その音に負けないように大公は声を張り上げた。
「だから侯爵家に隠された子供がいるらしいと知って、その可能性があるんじゃないかと思って、俺は王宮に呼び出しをさせたんだ」
(王様が私を呼んだんじゃなくて、大公が私を呼んでくれたんだ!)
そっと頭を撫でてくれるその人の顔を見上げると、大公はなんともいえないような切ない表情をして笑う。
「今まで散々苦労してきたのだろう? 本当ならそんな苦労をする必要もなく、誰にだって自慢できる素晴らしい両親に愛されて、アイリスは幸せに生活できていたはずだったんだ」
透き通るような優しい声に、今までの苦しい生活が、本当に不等なものだったのだと認めてもらえたみたいで、どうしてだか涙がこみ上げて、うるっとしてしまう。
「だから……うちの子になったらいい。なってくれたら、もうアイリスに苦労はさせない。いや、絶対に幸せにする」
そんな風に誰かに言われたかったのかも知れない。けれどふと恐ろしい侯爵の顔が思い浮かび、顔を左右に振る。
「でも、そんなことしたら大公様にご迷惑が……」
侯爵は王宮から呼び出されて以来、アイリスに価値があるのかと探るような顔をしていた。
大公が突然こんな形でアイリスを引き取ると言いだしたら、騒動を巻き起こして、大公に面倒を掛けてしまうかもしれない。
「子供はそんな心配をしなくていい。大人が上手くやるから、アイリスはしっかり食べて子供らしく遊んだり学んだりするのが仕事だ」
大公はクックッと身を震わせて笑う。そして大公のお腹とアイリスの背中がくっついているから、その震えが彼女に伝わってくる。
なんだかアイリスまでその震えで不安がなくなって、クックッと笑いたくなる。
「もちろん、今すぐに判断しろとは言わない。屋敷に帰ってうちの家族や、大公家で働く人間達を見て、それから決めてくれたらいい。でも、少なくともアルフォルトにアイリスとティファを帰したくはないんだ」
大公の言葉になんて答えるか迷っていると、ティファが口を開いた。
「ねえ、大公。アイリスのこと、本当に守ってくれるの? 守ってくれなかったらボクが大公をやっつけちゃうけどいい?」
偉そうな言葉の割に大きくなった体で飛ぶのが慣れないらしく、少しふらつきながらも、ティファは必死にゼラルドに併走して飛ぶ。
太陽の光にピカピカ輝いて、真っ白で大きな羽を伸ばして飛ぶティファはすごく綺麗だった。
「ティファ、前も可愛かったけど、今はすごく綺麗ね。……大公様、もしかしたらティファも、色々な人に狙われるようになるのかな?」
「ああ、白い女王竜だ。欲しがる奴は多いだろうな」
「大丈夫、ボクは自分のことは自分で守れるし、アイリスだって守るから」
(でもティファはまだまだ変体したばかりで、大人の竜に比べて弱い。だから私だってティファを守りたい)
大公は今すぐ考えなくても良いといったではないか。だったらアイリスはティファと一緒に、二人が一番幸せになれる方法を考えたらいい。
「私を守るって言っているけど……まだまだ飛ぶのは下手っぴだけどね。でも思ったよりはどんどん上手に飛べるようになっている気がするよ。急にこんなに体が大きくなったのに」
「飛べるに決まってるじゃん。ボク竜だよ!」
わざと明るくからかうような声を上げるとティファの拗ねたような声が飛んでくる。
ティファが女王竜になると言われてもピンときてなかったアイリスだが、太陽の光を受けて飛翔するティファは、その名にふさわしいと思った。
(灰色竜だったときも今も、変わらず私はティファが大好きだけど)
でも大公が言うように、これだけ美しい竜になったのだ。ティファが欲しくなる人はたくさんいるだろう。守れる力がアイリスにも欲しい。
「でもさ、こんなに立派に成長したのに、ティファ、中身全然変わんないのね」
「変わったのは、体の大きさと肌の色だけ~」
楽しそうに会話をする二人を見て、大公はアイリスの養育に関する話は後にすることにしたらしい。
「さあ、もう少しで屋敷だ。予定外に二日も家を開けたから、クリスがうるさいぞ」
森が切れ、その向こうに白くて立派なお城みたいなお屋敷が見えてきた。大公はそれを指さすと、また楽しそうに笑った。
(クリスって誰だろう?)
そう思いながらも、明るく笑う大公のお腹の震えを、アイリスはなんだか嬉しくてたまらない気持ちで感じていたのだった。
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