プロローグ(後編)「デウス・エクス・マキナ」



ハンクは考えた






今回のルビー家邸宅での出来事は一貫して一つの結末に収束するはずだ、でなければこれは小説としての形を失ってしまう、そしてこれがしょうせつである以上ヒントはどこかにあるはずだ。しかしずっと考えていても仕方がない、今日の出来事を最初から重要そうなところだけかいていこう。






ルビー家の殺人のうわさ


ルビー家は家業に心血を注ぎ、誇りを持っている


貧乏人をいたぶる趣味ではないはず


貴族が平民を許す?


緒にご飯は食べない


若い女ばかり


ルビーの産出量が減っている?


睡眠後にスムーズに助手をさらっていった


助手は若い女に見える


豪華な食事


睡眠薬か?


なぜ俺は起きた?吐いたからだ


助手はケーキを食べた


睡眠薬入りの食事をあまりとっていない


客間の外から閉めれるカギ






これらのヒントをもとに得られる過程と結末…


小説に必要なのは実際にどうだったかではない、納得とつながりだ。


この能力が動いてる限りこの出来事は小説にのっとっているはず、されば才能のない俺はこじつければいい。そして俺はフィクション作家だ、でっち上げたっていいんだ


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真実


ルビー家は平民に興味はなかった、あるのは惰性の生存本能、貴族として生き残ることしかしない。ルビー家をルビー家たらしめるのはルビーの生産だけ。


町から半れた邸宅と、外から閉めれる客間、スムーズな誘拐と隠ぺいの雑さ。つくづく平民が自分たちをどう思うが関係ないのだろう、豪華な食事と若い女、睡眠状態でさらう新鮮な血、きっと血をつかんだろう。ルビー家はルビーが取れなくなり血で石をルビーにしようとした。


血の結晶のように。


心血を注ぐ、文字通り人の心と血を注ぎルビーを作った


助手は睡眠薬をしっかりとれていない。ルビー家は食卓にいなかったから知らないだろう。






「彼女は悲鳴を上げながらルビーになって死ぬ。」これが結末だ




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書き終わった、あとはこの小説がデウスのお眼鏡にかかるか祈るだけだ






きっと彼女はこれから大きな痛みを味わう、俺はきっとそれを聞き終わってから。


結末を書き換えなくてはならない。


今から一度彼女が死ぬと考えると、恐ろしい。悲鳴を聞いて、書き換えて。俺の小説が破綻していたら?、いったいどうなってしまうのか。悲鳴を聞いた俺も殺されるだろう。この小説が成り立っているかどうかで俺たちはハッピーエンドがバットエンドかが振り分けられる。


彼女は俺が巻き込んだのだ、俺が救わなければ筋が通らない、生き返らないかもしれない、生き返ったとしても一度死んだ彼女は本当の彼女なのか。この部屋で気持ち悪い考えが繰り返し再生された




そして____________




9時を知らせる鐘が鳴る、鐘が鳴ったら処刑される、とてもありえそうだ


8時の鐘の時は悲鳴はなかった、9時もそうであってほしかったが、目を背け悲鳴を聞き逃すわけにはいかなかった、その本来バットエンドが確定してしまう悲劇が聞こえないことを祈りながら、静かに耳を澄ます。それがクソみたいな物語を覆す方法だったから…邸宅に笑い声や怒号、会話らしきものは存在していなかった、あるのは薄い壁と耳が痛くなるほどの静寂だった。


鐘の音が響き終わり、どこかで鳥が一声鳴く、ついにその時は来てしまっていた


遠くで、小さく、しかしはっきりと、初めて聞く彼女の悲鳴が、不気味で静かな邸宅にエコーし反響する。




俺は半ばパニックになった、なぜ俺はあの意味不明のメモに従っていたのだろう、と思う。彼女は死んだ、目を背けたいがわかってしまった。




あのメモはいつの間にか、どこかに消えていた、きっとあれは脳の見せた錯覚、幻覚。耐え難い絶望の中で心を守るため作り出した、かなわぬ願望の具現だったのだろう。




「はは、ははははははははは…」




乾いた笑いをこぼし、いつの間にやら顎から涙がしたたり落ちる、


涙は黒色の本に落ち、俺が書いた妄想の結末をにじませる。


俺は自分を嘲笑するように、結末に線を引き。ありえないはずの未来をつづった。


期待はしてはいなかったが、やるしかなかった。もう手がなかった。




―二人は生きて脱出した―




何の脈絡もなく唐突な、さながら打ち切られた連載小説のような、その結末に、再び本を濡らす。かなわないはずの望みが震える字でそこにあった。




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瞬刻の後、現実は静かに、しかし急激に歪み始めた。




元からあったかのように、邸宅を覆う ドーム状の柱 が立ち上がる。




赤いカーテンが柱の間を滑るように広がり、邸宅はすべて闇のヴェールに包まれた。




夜の明かりはすべて、もうすでに灯ることはなかった、闇は深く方向感覚さえわからない。




暗闇の中で、突如 光が瞬き出す。




カーテンの中を照らし、窓から邸宅も照らす。決して明るくはなかったが、めまいのするような光だった。




そしてそれは、1秒に60回、閃光のごとく点滅した。


窓の外には不気味な巨大時計が現れ、カーテンの四方に吊るされ、時の歪みを告げるように秒針の音を刻んでいる。


カーテンの天井には大量の電球がつるされており、一斉に点滅していた


フラッシュの光が消えるたび、城の内部はゆがみ、空間がねじれ、現実が溶けていく。


ハンクが異変に気づくころ部屋の鍵は開いていた、何が起きたかを確認するため邸宅の外に出る。


大勢いいた使用人たちに一切出会っていないことに疑問を持ちながら。




玄関を開く




空はなく、その異様とも異形ともいえる光景に、ハンクは恐怖した。ドームの天井には巨大な目玉があり、ハンクをぎょろりと見ていた。











我に返り、いや何もかもが正気ではなかったが…助手を探す。


邸宅には、死体も、血も、叫びも、何もない。ただ、壁や床に残る かすかな痕跡 が、ここにかつて何かがあったことだけを示していた。邸宅をめまいのする照明の中、時間を忘れ、いるはずのない助手を時間を忘れて探し走る。




カギのあいた地下室に入った時には、おおよそ察しはついていた、いつか嗅いだ懐かしい濃厚な死の香りがした。


奥の祭壇にはしばりつけられ腹を裂かれ大量の血を流した、助手がいた。きっともう息絶えていた。はずだった


215999回のライトの点滅の後、長い暗転が入る


ハンクはこれが運命の分かれ道だと感じた、緊張








光が点くとそこには、彼女がいた。


傷一なく血まみれのこの拷問部屋にはふさわしくない、いつも通りの可憐で、きれいなワンピースを着て穏やかそうな顔で彼女は寝息を立てていた。


気づけば壁の燭台には再び火がともっていた


きっとこの小説は完成したのだろう。




ハンクは自分の手元の本を見下ろす。ふとどうなったか気になり本を開く。


書き換えた結末の文の下に、自分が書いた記憶のない、不気味なほどきれいな字で、こう記されていた。


「なぜなら人は誰一人いなかったからだ」




なぜ一人もいなかったのか、何があって人は消えたのか、ハンクが知ることは来ないだろう。


小説には解決されない謎を残しておくべきなのだから。




物音すらしない邸宅でハンクは彼女を抱え控えのベッドへ運ぶ。


明日帰りの馬車で町まで帰る。ハンクは今日は寝ることができなかった。


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「デウス・エクス・マキナ」


劇で用いられた演出技法で、物語が行き詰った時、機械仕掛けの神が現れ。都合のいいように状況を解決する




プロローグ終了、一章「天文台の聖女」へ続く






追憶



作家は覚醒を果たした、これよりハンクはこの物語の主人公となる。しかし主人公に平穏は与えられない、次々と事件や陰謀に巻き込まれていく。主人公でありたいなら、覚悟と成長を示し続けろ。それがハッピーエンドへの条件

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