壊れるまで走る

シオン

壊れるまで走る

 人は生きている限り働かないといけない。昔はそう思っていた。

 そう思い勤労に励んでいたが、私の属する職場では人間関係があまり良くなかった。いわゆるお局様という存在が支配していて新人はいびり倒されていた。私はその人とそれほど険悪ではなかったが、それが他の人には面白くなかったらしい。

 いつからか私は後輩のちょっと攻撃的な人から威圧されるようになった。言動がこちらを軽んじたものが増え始め、面倒な仕事を押しつけるようになる。

 そして極めつけは些細ないさかいだった。その人の仕事のお願いを断ったら急に怒りだし、周囲の物を蹴り出した。その場は騒然とし、上司が駆けつけるとその人は急に泣き出した。

 詳細は個人情報保護のため省くが、私はこの事件を機にこの職場を退職することになる。その後、私はろくに就職活動をせず雇用保険を食い潰す生活を送る。


 私はその日二十八歳になった。仕事を辞めて半年が経過し、今もただ雇用保険の手続きのためにハローワークへ通う日々を送っている。

 本当は資格を得るなどして勉強した方がいいが、そんな気も起きず不規則に起きてゲームをして、眠たくなったら寝る生活を送っている。仕事をしていた頃からしたら夢のような生活だが、今はどこか虚しい。

 その日は高校時代からの友人から誘われて誕生日祝いのご飯を奢ってもらった。珍しく寿司などの高い物(しかも回らない寿司屋だ)を奢ってくれたのでちょっと不安になった。

 その後も街をぶらぶらして散策し、色々話をして夜に解散になった。


 その別れ際、友人はある漫画をくれた。


「お前のためになると思って」

 返さなくて良いと言われ、特に考えずに私は受け取った。友人は「読む気がなかったらここの話数だけ読んでくれ」と言い残しその場から去る。

 家に帰ると早速指定された話数を読み出した。結論から言えば、読まなければ良かったと後悔することになる。

 その内容は、三十路の男性が闇金に手を出す話だ。学校を中退し、その後も夢だけ見てアルバイトする毎日で、そのアルバイト代すらパチンコですってしまう。その後金がなくなって闇金に手を出し、結果として追い込まれる。

 これは未来のお前だ・・・・・・と友人は言いたかったのかもしれない。そうだと思う。だって似たような生活をしているんだから。

 だが私はそれ以上に友人からそう思われていたことが嫌だった。そんな可哀想な存在として見られていたことが私の心を沈ませる。ただ黒い思考だけがぐるぐる回って私は漫画を読んで数時間何も考えられず、衝動的に玄関を開けて家を飛び出した。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!」


 ただ衝動に任せて走り出す。普段走らないのにその時だけは永遠に走れる気がした。深夜三時の暗い田舎道をただ咆哮するように走る。胸に溜まった気持ちを吐き出すように、苦しさを苦しさで紛らわす自傷行為のように、夜明けまでずっと走っていた。

 とうとう体力が尽きて誰もいない道で倒れてしまったが、悪くない気持ちだった。


 翌日、私は就職活動を再開・・・・・・はしなかった。本来なら友人の警告を聞き入れて行動を改めるべきだと思う。しかし、私は厄介なことに人の言うことを聞くのがこの世で一番嫌いなのだ。

 なら何をしたかと言えば、家に帰った後はただひたすら寝た。どうやら三時間近く全力疾走で走っていたからか、家から百キロは離れていた。しかも財布もスマホも持ち合わせていなかった私は一日かけて歩いて帰ることになり、家に着いたのはさらに翌日の四時だった。本当に丸一日かけて歩くことになった。

 気怠げに起きると更に日付は跨いで朝の八時で、起き上がると身体中が痛かった。こんなに動いたのは学生の頃以来なので身体が悲鳴を上げているみたいだ。

 しかし、少し余裕が生まれると三日前の暗い気持ちが蘇る。自分は生きる価値のない存在であるかのように世界から見られている気がして苦しい。苦しくて苦しくて苦しくて、私は朝食を手短に済ませるとまた外へ走り出した。

 私はリストカットが何故気持ちいいのかはインターネットの知識でしか知らない。自分を責めているから、その自分を傷つける行為をすると楽になれるとか。

 私は今その気持ちが少し理解できる。私が今走っているのは気持ちをすっきりさせたいとか、弱い自分と決別するとかそんな前向きな理由ではない。

 ただひたすら自分をいじめているんだ。自爆するように自分を壊しているだけで、この行為に意味はない。本当は就職のために勉強したり求人を探したりした方が良いって分かっているのに、そんな行儀の良い行動に一ミリも魅力を感じない。

 壊れるまで走って、その結果私はようやく楽になれる。これはただの自傷行為だ。願わくば、そのまま塵にでもなれればと思う。


 数日が経ち、私は走るだけでは満足せず筋トレをするようになる。金はないので二リットルのペットボトルに水を入れてダンベル代わりにして、できるだけ道具を使わない方法をインターネットで調べて実践した。

 その頃になると衝動的に走ることを辞めて効率の良いランニングコースを自分で見つけて毎日二十キロ走るようになる。どこか理性的で、でもどこか破滅的なペースでこなすので今でも壊れることを願っているのかも知れない。

 筋トレは初めのうちは筋肉痛に悩まされていた。インターネットの知識では軽いジョギングやストレッチなどをして血流を良くすると筋肉痛が改善されると書いているが、私は痛みをあえて味わうようにペース激しめに走る。

 私が求めているのは壊れることだ。そうやって自傷してちょっとでも気持ちを楽にしたい。だから筋トレのセオリーなんて無視してなんぼだ。


 その数ヶ月後、私は倉庫のピッキングの仕事に就いた。今まで面接で上手くいかなかったのに、いつからか周囲の私を見る目が変わったように感じる。

 それからある日、私は街を歩いていると前方から声をかけられた。その声の主を目視すると前の職場で私をいじめた社員だった。

「おーい、久しぶりじゃない・・・・・か・・・・・・?」

 その社員は私を見るとだんだん困惑を隠せなくなる。まるで知り合いに声をかけたら別人だったみたいな。

「えっと・・・・・・○○君・・・・・・だよね?」

「・・・・・・はい、そうですが」

「そ・・・・・・そうだよねっ。いやぁなんかイメージとちょっと違っていたからさ」

「・・・・・・別に変わらないと思いますけど」

 私はその人の身体を見た。

 あれ、この人こんなに細かったっけ?

「いや・・・・・・なんというかさ・・・・・・体型?変わりすぎじゃねって思って」

「・・・・・・今は暇さえあれば動いてますからね。・・・・・・もしかしたら・・・・・・今の私ならあなたをへし折ることもできるかもしれませんね」

 私はちょっと冗談を言ってみるとその人は「ひっ!!」と何故か怯えたような表情をした。

「ご、ごめんっ。私ちょっと急用思い出しちゃった。また後でねっ」

 その人は視線を彷徨わせた後、逃げるようにその場から去った。私はその様子を眺めて、ふと気付いた。

「そうか・・・・・・今の私ならできちゃうんだ」

 私は用事を済ませて帰宅する。その後もやることは変わらない。

 私は今でも人からどう思われているか気になってしまい、そのストレスと不安をずっと抱えている。

 この暗い気持ちが私を自傷行為に動かす。仕事が決まっても私の運動や筋トレの原動力は変わらない。きっとこの習慣は壊れるまで続く。

 私にとって運動とは自傷行為であり、世の中が理不尽で溢れている限り私はずっと自傷行為を続けるだろうから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

壊れるまで走る シオン @HBC46

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ