第36話 月光草と苔牛モスゴア

「まずはこれからだな」

アレンは依頼票を掲げ、仲間たちに示した。

幻の魔力増強レシピの中で最も手が届きそうな料理――月影のクラッカー。

必要な素材は二つ。月光草の葉と、星屑キノコの粉。


「月光草は草原に自生している。花が咲くのは満月のときだけど……必要なのは葉だから、いつでも採れるわ」

リリアナが解説し、地図に印をつける。

「ただし、群生地は“モスゴア”の縄張り。下手に入ると突進されて地面ごと吹き飛ばされるわよ」


「モスゴア?」

ソフィアが不安げに問いかけると、カイルが得意げに答える。

「でっかい野牛だ。苔と蔓で体が覆われててな、螺旋の角で突っ込んでくる。地面が揺れるくらいの威力だぜ」


「……つまり、葉っぱを摘みに行くだけなのに命懸けってことね」

セレーネがため息をつくが、どこか楽しそうな表情だった。


――数日後。

一行は月光草の群生地へとやってきた。

緑に揺れる草原の一角に、ひときわ光沢を帯びた細長い葉が群れている。

風に揺れると、わずかに淡い光を帯びて見えるそれが――月光草だった。


「きれい……」

ソフィアが思わず呟き、腰をかがめて手を伸ばしかけた瞬間。


大地が、ぐらりと揺れた。

遠くで低い咆哮が響き、次第に近づいてくる。


「……来るぞ」

アレンが剣を構える。


草原の向こうから姿を現したのは、苔と蔓に覆われた巨牛――モスゴア。

螺旋状の角が太陽光を反射し、威圧感を放ちながら、こちらを睨みつけていた。


「葉っぱだけもらって帰る予定だったのに……」

リリアナが小さく舌打ちする。


モスゴアの蹄が地面を打ち鳴らす。

轟音を響かせて、モスゴアが一直線に突進してきた。

「うわっ、速ぇ!」

カイルが慌てて横に跳ぶと、巨体が通り過ぎた瞬間、地面が抉られ、草原が大きくえぐれた。


「動きは直線的……だけど、でかすぎる!」

アレンは咄嗟に土魔法で厚い壁を築いた。

しかし――次の瞬間。


ドガアアアンッ!


壁はものの見事に粉砕され、土の破片が雨のように降り注ぐ。

「嘘でしょ!? 土壁を突き破るなんて……!」リリアナが叫ぶ。


「正面から止めるのは無理だ!」

アレンは冷静に判断し、杖を握り直した。

「なら……目を逸らすしかない!」


彼の詠唱とともに、光が広がり、空気の屈折を利用して巨大な光壁が立ち上がる。

反射と屈折で像が歪み、実体の輪郭を覆い隠していく。

「光で……隠れる?」ソフィアが目を見開く。


「モスゴアは単純な突進しかできない。見失わせればいい!」

アレンの声に、仲間はすぐさま理解した。


モスゴアは光の壁に突っ込みかけたが、その向こうに映る虚像を追って、空振りの突進を続ける。

地響きが草原に鳴り響く中、一行は身を低くして月光草の群生地へと駆け込んだ。


「急いで摘んで!」

リリアナの合図に、ソフィアとセレーネが手際よく葉を刈り取る。

カイルは背後に目を光らせながら「早くしろ、あいつ気づくぞ!」と叫ぶ。


やがて、十分な量の月光草を確保した。

アレンは光の壁を崩し、仲間を促す。

「よし、撤退だ!」


彼らは一斉に駆け出し、背後ではモスゴアが苔まみれの体を震わせ、なおも咆哮を響かせていた。

だが、その巨体が再び突進するよりも早く、一行は草原を抜け、安全圏へと逃げ切った。


「……ふぅ……危なかった」

リリアナが汗を拭い、深く息をついた。

アレンは月光草の束を掲げ、笑みを浮かべる。

「一つ目の素材、確保だ!」

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