第31話 伝説を紡ぐ職人
必死の逃走を経て、アレンとカイルはようやく森を抜け出した。
荒い息を整えながら振り返ると、月下の森は何事もなかったかのように静まり返っていたが、背後で響いた咆哮と遠吠えが幻ではなかったことを証明していた。
「……生きて帰ってきたな」
カイルが大剣を肩に担ぎ、にやりと笑った。
「糸も十分確保できた。これで文句なしだ」
入口近くで待っていたリリアナ、ソフィア、セレーネが駆け寄ってくる。
「無事!? 怪我は?」
リリアナが真っ先に問いかけ、アレンは笑顔で首を振った。
「大丈夫。ちょっと疲れただけだよ」
ソフィアはほっと胸をなで下ろし、セレーネは頬を膨らませて言った。
「危ないんだから、無茶しないでって言ったのに」
仲間たちと合流した一行は、夜明け前に町へ戻り、休息を取った。
数日後、満月の夜を終えた彼らはアレンの家に再び集まり、用意した素材を確認する。
棚の上には淡い光を放つ「イリシアの涙石」と、星の欠片のようにきらめく「星屑粉末」が並び、そして新たに加わった棒状の「月光シルク」。
三つが揃ったとき、部屋はひときわ神秘的な輝きに満ちた。
「よし、これで防具屋に持ち込めるな」
アレンが立ち上がると、リリアナが腕を組んで「ようやくね」と呟いた。
ソフィアは期待に目を輝かせ、セレーネは「三女神の遺産……楽しみですわ」と微笑んだ。
アレンは仲間と共に素材を大切に包み込み、王都最古の防具屋へと足を向けた。
扉の向こうには、伝説を形にする職人が待っている。
◇
王都の片隅、年季の入った石造りの建物。
「王都最古の防具屋」と呼ばれるその店の扉を押し開けると、鉄と油の匂いが鼻を突いた。
奥では白髭の職人が槌を打ち下ろしており、火花が舞う。
アレンが懐から包みを取り出し、カウンターにそっと置いた。
イリシアの涙石、星屑粉末、月光シルク――三つの素材が揃った瞬間、工房の空気が一変した。
「……おおっ! 本当に持ってきおったのか!」
職人の目がまん丸に見開かれ、驚愕の声を上げる。
「古文書でしか聞いたことのない素材じゃぞ。てっきり諦めると思っておったわい!」
リリアナが腰に手を当て、にやりと笑う。
「やると言ったらやるのがうちのパーティーなのよ」
職人は感慨深げに素材を手に取り、掌で撫でるように確かめると、深く息を吐いた。
「これなら……確かに“イリシアの魔導ローブ”を紡ぎ出せる。だがな、神代の遺産を形にするには相応の工程がいる。下手を打てば、せっかくの素材を台無しにしてしまう……時間をくれ。数日は槌を休めず打ち続けねばならん」
「構いません。最高の仕上がりを待ちます」
アレンは即座に答えたが、セレーネが一歩前に出た。
「ただし――」
王女の声が工房に凛と響く。
「もし素材を持ち逃げしようものなら、王族として断じて許しませんわ。覚悟なさい」
一瞬、職人は目をぱちくりさせたが、すぐに腹を抱えて笑った。
「はははっ! 持ち逃げだと? 冗談を言うな、王女殿下。わしの誇りは王都より古いんじゃぞ。己の手で仕上げることこそ、職人冥利に尽きるわい!」
重い槌音が再び工房に響き渡る。
その音は、伝説の防具が形を得るまでの道程を告げる合図のように、仲間たちの胸に強く刻まれた。
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