第31話 伝説を紡ぐ職人

必死の逃走を経て、アレンとカイルはようやく森を抜け出した。

荒い息を整えながら振り返ると、月下の森は何事もなかったかのように静まり返っていたが、背後で響いた咆哮と遠吠えが幻ではなかったことを証明していた。


「……生きて帰ってきたな」

カイルが大剣を肩に担ぎ、にやりと笑った。

「糸も十分確保できた。これで文句なしだ」


入口近くで待っていたリリアナ、ソフィア、セレーネが駆け寄ってくる。

「無事!? 怪我は?」

リリアナが真っ先に問いかけ、アレンは笑顔で首を振った。

「大丈夫。ちょっと疲れただけだよ」


ソフィアはほっと胸をなで下ろし、セレーネは頬を膨らませて言った。

「危ないんだから、無茶しないでって言ったのに」


仲間たちと合流した一行は、夜明け前に町へ戻り、休息を取った。


数日後、満月の夜を終えた彼らはアレンの家に再び集まり、用意した素材を確認する。

棚の上には淡い光を放つ「イリシアの涙石」と、星の欠片のようにきらめく「星屑粉末」が並び、そして新たに加わった棒状の「月光シルク」。

三つが揃ったとき、部屋はひときわ神秘的な輝きに満ちた。


「よし、これで防具屋に持ち込めるな」

アレンが立ち上がると、リリアナが腕を組んで「ようやくね」と呟いた。

ソフィアは期待に目を輝かせ、セレーネは「三女神の遺産……楽しみですわ」と微笑んだ。


アレンは仲間と共に素材を大切に包み込み、王都最古の防具屋へと足を向けた。

扉の向こうには、伝説を形にする職人が待っている。



王都の片隅、年季の入った石造りの建物。

「王都最古の防具屋」と呼ばれるその店の扉を押し開けると、鉄と油の匂いが鼻を突いた。

奥では白髭の職人が槌を打ち下ろしており、火花が舞う。


アレンが懐から包みを取り出し、カウンターにそっと置いた。

イリシアの涙石、星屑粉末、月光シルク――三つの素材が揃った瞬間、工房の空気が一変した。


「……おおっ! 本当に持ってきおったのか!」

職人の目がまん丸に見開かれ、驚愕の声を上げる。

「古文書でしか聞いたことのない素材じゃぞ。てっきり諦めると思っておったわい!」


リリアナが腰に手を当て、にやりと笑う。

「やると言ったらやるのがうちのパーティーなのよ」


職人は感慨深げに素材を手に取り、掌で撫でるように確かめると、深く息を吐いた。

「これなら……確かに“イリシアの魔導ローブ”を紡ぎ出せる。だがな、神代の遺産を形にするには相応の工程がいる。下手を打てば、せっかくの素材を台無しにしてしまう……時間をくれ。数日は槌を休めず打ち続けねばならん」


「構いません。最高の仕上がりを待ちます」

アレンは即座に答えたが、セレーネが一歩前に出た。


「ただし――」

王女の声が工房に凛と響く。

「もし素材を持ち逃げしようものなら、王族として断じて許しませんわ。覚悟なさい」


一瞬、職人は目をぱちくりさせたが、すぐに腹を抱えて笑った。

「はははっ! 持ち逃げだと? 冗談を言うな、王女殿下。わしの誇りは王都より古いんじゃぞ。己の手で仕上げることこそ、職人冥利に尽きるわい!」


重い槌音が再び工房に響き渡る。

その音は、伝説の防具が形を得るまでの道程を告げる合図のように、仲間たちの胸に強く刻まれた。

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